第41話
あの車の下敷きに‥‥。などと悲惨な光景を想像している時、後ろからクラクションが聞こえた。うっかりして車道の方に出ちゃったのかなと左の方に寄ると、すぐ右側の車の窓がスーッと開いた。
下柳さんだった。左に寄せた車の脇で五分くらいお喋りをした。下柳さんは車に乗ったまま。ハンドルは左に付いていた。名前は知らないけど外車だということは分かった。
家に着いた私は、友達とちょっと出かけてくるという置手紙をテーブルの上に残し、順ちゃんと初めて待ち合わせた場所まで歩いた。
―――「そう‥‥そんなことが。それじゃ落ち込むわけだ」
私の左側から胸の奥で吐き出されたような声が聞こえる。順ちゃんの車と違って車内はとても静かでため息だけでも後ろの席まで届いてしまう気がする。
「そうとも知らずテストで赤点なんて茶化して悪かったね」
「‥‥いえ」
様子が変だというので気分転換にドライブでもしないかと帰り道に下柳さんから声を掛けられたのだ。家に帰ってもすることもないし、お喋りでもすれば気も紛れると迷った末に私は首を縦に振る。車は道路の上をすべるように走っていく。初めて右側に座ったので妙な感じ。ここに座れただけでも気分転換になりそうだ。
「十九歳ってのは若いな‥‥‥というか若すぎる」
兄貴の友達で家によく遊びに来た人だと嘘をついた。それでも身近な人の死には違いない。
「そうだ。どこか行きたいところはあるかな?」
順ちゃんとこんな会話もしたっけと記憶を辿ったら、とある場所が頭に浮かんだ。
「浅城山?」
「ええ、実はさっき話した人がそこで亡くなったんです」
「浅城山で‥‥そういえば新聞に載ってたような。わかった。ドライブに誘っといてダメっていうのも変だからね」
山道に差し掛かる頃には薄暗くなりヘッドライトが灯された。日曜の夕方とあって上って行く車の数も少ない。私はじっと明かりの照らされた道を眺めていた。勾配がきつくなっても車が騒がしくなることも無かった。力があるのだろう。スイスイと余裕で上っていく。
順ちゃんはしきりにレバーを操作していたが、この車の場合は同じところに入れたままだ。カーブを曲がる。そしてまたすぐにカーブ。記憶に辛うじて残る映像と照らし合わせるように道路を見つめた。
新聞には事故を起こした詳しい場所までは書かれていなかった。あるいは花でも置いてあるかと思ったが、無かったのか夜だったからか確認は出来なかった。それでも心の中で呟いた。
順ちゃん‥‥‥来たよ。
いつか順ちゃんと歩いた湖の近くに車を止め、仕事や学校についていろいろと話をした。しんみりした気分が紛れ、いつしか車内に笑いが広がりだす。来て良かったと思った。
遅くなるといけないからと、山道を下り始めて十分くらいした時だった。スムーズに走っていた車のスピードが落ちて下柳さんが声を出した。指を差したその先にぼんやりと何かが見える。
花だった。
「ここらしいね」
下柳さんは一言呟いて車を脇に止めた。カーブが終わった直後の左側だった。上っている時にはまったく気が付かなかった。
私は車から降りてゆっくりと歩み寄った。もしかしたら順ちゃんがお別れを言おうと呼んでくれたのかもしれない。花の置かれた先は薄暗くて良く見えなかったが、ヘッドライトに照らされた場所は明らかに周囲との違いがある。私は手を合わせた。
気が付くと下柳さんも傍に来ていて一緒に合わせてくれた。
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