第40話
梨絵が来たのはその週の日曜だった。その表情はすこぶる明るい。きっと何も知らないのだろう。私も出来ればこんな顔で梨絵を迎えたかった。
「先輩、その後どうです?今村さんと話しました?」
「連絡‥‥出来なくなっちゃったの」
一度、息を整えてから言葉を吐き出した。
「出来なくって、なんでです?」
「‥‥‥‥死んじゃったの」
悪い冗談だと思ったのか、ちょっとだけ笑いを浮かべたものの、深刻そうな私の表情に何かを察したようだ。私は黙って新聞を梨絵に差し出した。
「ここんところ」
ポツリと呟いて指を差す。途端に梨絵の目が大きくなった。それから少しして涙を溢れさせた。梨絵も知らない人じゃない。ましてや処女を捧げた相手なのだから無理もない。
「‥‥そんな」
やっと声を絞り出した。
しばらくして「お葬式は?」と梨絵が訊ねた。私は頭を振る。
「のこのこ出掛けたって変な誤解を生むだけだから」
梨絵も納得したようだ。
「代わりに浅城まで行けたらって考えたけど、自転車じゃ無理だよね」
「行ったことないけど、遠いだろうし山だから‥‥‥」
梨絵もすぐに無理だと続けたが「もしかしたら先輩なら行けるかも」と涙目に笑いを浮かべて私の足に目を向ける。
「もぉ~」
気にしていることをと思いながら、私も同じような顔になった。良い後輩。
そういえば順ちゃんの夢って聞いてなかった。ラーメン屋で働いていつか独立でもするのかな。でもまだ十九歳。これからだよね。ううん‥‥これからだった。
アルバイトは休まず続けた。元気が無いことを雪子叔母さんに指摘されたので、隠すことは無いと正直に話した。
「そう‥‥‥そんなことが」
叔母さんも声を落とした。
「辛かったら無理して来なくてもいいんだからね」
「ハイ、大丈夫です」
お客さんが来ると私は残った元気を振り絞って、いつもと同様に明るく振舞った。それでも常連さんには違って見えるのか、
「あれ?看板娘がいつもと違うように見えるのは気のせいかな~」
「別に何も変わらないですよ」
私はそう言って作り笑顔で応える。
「そうかな~。テストで赤点だったとか?」
「もう~それならテストの度に落ち込まなきゃならないじゃないですか」
これはやられたと下柳さんは声を出して笑った。明るい人で優しい感じのオジサンだ。
「赤点ばっかりだったら勉強しなさいってクビにしますから」
雪子叔母さんも笑いながら追い打ちをかける。
「それも困るな~。最近は看板娘を目当てに来てるんだから」
「あら?看板娘なら昔からおりますけど?」
下柳さんのジョークにすかさず雪子叔母さんが反応する。常連さんならではの呼吸を感じる。年齢的には中年になるのだろうが、髪も脂っぽくなくてお腹も出ていない。どことなく爽やかな印象もあって、きっと女子社員からも人気がありそう。
こんな大人の会話の中に混じっているだけでも多少気分は紛れる。ただそれもバイトを終えて店から足を踏み出せば、たちまち気分の針はガクンと落ちる。自転車の脇を白い車が走り抜けて行った。
私はそれを目で追った。順ちゃんのと同じ車だった。
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