第39話

―――道路から転落。運転の十九歳の男性死亡―――。

 

 私は息を止めるように小さい字を追った。


 七日夜未明‥‥浅城道路から崖下に転落‥‥車外から投げ出された男性‥‥車の下敷きに‥‥スピードの出し過ぎが原因とみられる‥‥死亡したのは‥‥今村‥‥順一‥‥十九歳。



 今村‥‥‥順一‥‥‥死亡‥‥‥死亡。


 握ってた箸が畳の上にポトリと落ちた。まるで生気を抜かれたようになっていたのか、お母さんが声を掛ける。


「なに?由佳理‥‥知ってる人なの?」


 私の口はパクパク動くだけで声が出なかった。あまりに衝撃的過ぎて涙も出なかった。


「お店に‥‥来るお客さんかも」


 やっとの思いで声を絞り出すと私は夢遊病者にも似た足取りでトイレに向かう。


「由佳理?ご飯食べないの?」

「なんだかお腹が痛くなっちゃったから要らない」


「何よ、さっきはお腹空いたって騒いでたのに」


 パジャマのまま便座に腰を下ろす。頭の中は真っ白のままだ。

 死亡‥‥死亡って生きてないってこと。生きてない。頭の中に呪文のように言葉が回転する。


「由佳理?具合はどうなの?」


 どのくらい経ってからだろう。扉の外からお母さんの声が聞こえた。


「なんだか今日はダメみたい。学校休む」


 いつもなら見え透いた仮病には敏感なお母さんも、この日は分かったと言って、その後電話を掛ける声が耳に入った。お母さんが仕事に出掛けた後、私は布団に包まって声を出して泣いた。枕カバーもシーツもビショビショになった。順ちゃんと何度も叫んだ。そして、知らない間に眠りについた。



―――(由佳理っ!コースレコードを塗り替えたよ!)

(悪かった。もう二度と由佳理以外としないって約束するから)

(水着はやっぱりビキニが良いよな)


 優しく微笑む順ちゃんが居た。目覚めた途端に再び目が潤んだ。あれだけ泣いたのにまだ涙は枯れていない。潤んだ目を擦ってから私は紙袋を開いた。順ちゃんへのプレゼントだ。中には小さなキーホルダーが入っている。順ちゃんの車のカギに付けてもらおうと思ってたのに、これも渡せなくなっちゃった。私はそれを力強く握りしめた。



 翌日のお悔やみ欄に葬儀の日程などが掲載されていた。せめて最後のお別れとお葬式くらいには行きたいと思ったが、見ず知らずの私が出掛けてもおかしなことになる。付き合っていたことすらほとんど誰も知らないのだから。


 こんなことなら順ちゃんのお母さんにでも会っておけばよかった。そうすれば遺影を前にして泣いても不思議な目で見られない。結局最後の最後まで会えないのかと、私は肩を落とした。私の前からこんなに早く消えてしまうなんて思っても見なかった。コースレコードを追いかけるように人生もあっと言う間に駆け抜けて行ってしまった。



 急ぎすぎだよ‥‥順ちゃん。


 落ち着くまでそっとしておこうと思ったらしく仕事から帰ってもお母さんは何も訊いてこなかった。


 その翌日も‥‥次の日も。


 あまり迷惑を掛けられないと休んだ翌日には学校に行った。そして何事も無かったかのように時を過ごした。それでもショックは大きくて私の翼の一つが折れてしまった気がした。



 でもまだ一つある。きっと順ちゃんの分まで飛べるよ。

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