第34話
お母さんが寝ていることを確認したあと、私は音を立てないように窓から外に出た。時刻は夜中の十二時。約束した場所まで歩いていくと白い車が既に止まっていた。自然と速足になる。
「家は大丈夫?」
「うん。もうグッスリ寝てる」
車に乗る早々、私は今村さんに車を移動するように言った。待ち合わせ場所からすぐ目と鼻の先にある建物の敷地で、言われるまま今村さんは奥の倉庫らしき場所の裏に車を止めた。照明もなくライトを消すと今村さんの顔すら見えないほど真っ暗だ。
「どこかの会社?」
「だいぶ前に倒産したみたいで、昼間も誰もいないの」
互いに何かを待っていたように唇を合わせた。真っ暗でも感覚で分かるのでピタッと合った。舌が絡みだすと今村さんの右手は私の胸をまさぐり始める。つい鼻息が漏れる。やがてその手がスカートの中へと延びた。
「川島さん。そういえば、あれって…持ってきた?」
「あれって?」
「‥‥ゴム」
「私そんなの持ってないわよ。それに持って来てたらやる気満々みたいで嫌じゃない」
もっともらしいことを呟いてはみたものの、本音はちょっと違っていた。
「それにあったとしても、こんな狭い車の中じゃ無理だし嫌よ」
言われてみればと、今村さんも納得したようたが、納得したのは顔だけだったらしい。触れた途端、異物のような固さが伝わり、私はつい口元を緩める。このまま帰すのもかわいそうだという気持ちと、私への思いをより強くしておきたい。そう考えて耳元で一言呟くと、今村さんは素早くズボンを下ろし始める。
それからそっと手に取り、ゆっくりと動かすと今村さんは声とも言えない声を出した。
顔を近付けて口を開きかけた時、私は言おうと思って言えなかったことを口にした。
「ねぇ‥‥順ちゃん」
暗がりの中でも顔が傾くのが分かった。
「おかしい?」
「ちょっとびっくりしたけど、悪くないよ」
ドキッとしたのは私も一緒。とりあえず掴みは良いみたい。
「そう、だったら順ちゃんも由佳理って呼んで」
「なんだよ急に」
「だって、こんな関係で川島さんなんて嫌よ」
「別に苗字だっていいだろ」
「呼ばないんだったら帰る」
生殺し状態は辛かったようだ。今村さんは呟いた。
「由‥‥佳理」
「ダメよ。そんなんじゃ」
「由佳‥‥理」
握った手を思わず放した。
「わかった‥‥由佳理」
「もう一度!」
「由佳理!」
クスッと一度笑ってから再び口を大きく開いた。もうこれからは順ちゃんって言おう。私はじっと目を閉じたまま何度も頷き続けた。
新鮮であり刺激的でもあったらしい。次の日も学校の私には、ほんの僅かという時間で助かった。
「そうだ。来年の夏休みには海にでも行かないか?」
チャックをあげた途端、気分爽快という声で順ちゃんが話し始める。思いがけないお誘だったせいか、明日の学校がサッと頭から消え去る。
「行く!日帰り?それとも泊まりで?」
どうせならと順ちゃんは泊まりを提案する。
そして、「それまでには下りのレコードに迫れるようにしておくか」とハンドルを撫でた。
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