第33話
カランコロン♪
前回と同じ時刻に今村さんが扉を開ける。水曜日の二時頃だった。仕事に行く前の腹ごしらえか、それとも私に会いに来たのか、訊ねれば両方だと言うに違いない。
「初心者マーク」
雪子叔母さんがそっと呟いたので、何のことかと首を傾げると、すぐに常連さんと続けた。なるほどと吹き出しそうになるのを抑えて、私は頼まれたアイスコーヒーとトーストを持って窓際のテーブル席に腰を下ろした。
「毎回、油売ってて大丈夫なのか?」
私の行動に今村さんは心配して口を開く。これも雪子叔母さんの心遣いだ。あとでちゃんと仕事で挽回する。
「そんなことよりもどうだった?」
「どう?‥‥‥‥あ~、だいたい狙った車高になったよ」
どうやら質問の意味を取り違えているらしい。
「そんなことじゃなくて、梨絵ちゃんのこと――」
「梨絵ちゃん?別にどうもこうもないけど」
今村さんはそう言ってアイスコーヒーを啜る。私はその表情をじっと見つめる。特に変わった様子はない。変に気を回し過ぎか。
「これは何の部品だなんて、あれこれ訊かれたよ。それでこれがなんだとか説明してやったんだけど、車に興味がなければ見てもさっぱりだろうな」
会話でも弾んだのか今村さんも楽しそうだ。
「それで二時半ごろに帰ったよ。帰ったというより図書館か」
一応、念のために昨夜、梨絵にも電話して訊いている。話に矛盾はないようだ。このところご無沙汰しちゃってるから変な心配でも沸き起こったのだろうか。
今度の日曜日で夏休みは終わる。月曜から二学期。当然、日曜の夜遊びや月曜の昼間に遊びに行くことも出来なくなる。土曜日は半ドンだからその帰りに今村さんの家に寄ることも出来なくはないが、土日はバイトに入るって雪子叔母さんに話してる。
こうなるとご無沙汰なんて悠長な話じゃない。どうすればいいのだろう。まるで答えが浮かばない難しい問題を眺めているような気分。
「今度の月曜の夜って会えない?」
「月曜!?‥‥‥。確か学校が始まるって」
「ドライブとかじゃないの、ちょっと会えないかなって」
咄嗟に思いついたことを告げると、それならと今村さんは快い返事を残して仕事に向かった。とりあえず二人だけになる時間は出来たと私もホッと息を吐いた。
そんな約束をしたせいだろうか。その日の夜は電話が鳴らなかった。そして、次の日の木曜も、次の金曜日も今村さんからの電話はない。ようやく掛かって来たのは日曜の夜九時だった。
「もぉ~、ずっと待ってたんだから」
素早く受話器をあげて相手も確かめずに私は口を開く。ちょっとイラっとしていた。
《悪かった。最近店長が店の電話使うなってうるさくなっちゃってさ。だから今日もダメかなって思ったんだけど》
「そうなの。今は大丈夫なの?」
《今、ちょうど裏に一服しに行ったから》
心なし内緒話でもしているような感じで、声のトーンにも落ち着きがない。
《だから話の続きは明日ってことで―――》
店長の気配でも感じたらしく、そこまで話すと一方的に電話は切れた。ちょっとでも話せた安心感もあるが、どこか不完全燃焼だ。
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