第32話

「ハイ!お待たせっ」


 お許しが出た以上、畏まることもないと、私は普段通りの口調でアイスコーヒーと

トーストをテーブルに置き、反対側の席に腰を下ろした。


「ちょっと話してもいいって」


 その言葉に今村さんは雪子叔母さんの方に顔を向けて軽く会釈をした。


「知り合いだって話したん?」

「ううん。でもバレちゃってた」


 喉が渇いていたのか、今村さんはすぐにストローを咥えた。


「いきなり来るからびっくりしちゃった」

「ちょっとどんな感じなのかなって」


「どんな‥‥‥‥。お店?それとも私?」

「両方かな」


 バターが程よく溶けたトーストを頬張りながら、今村さんは店内に三割、私の顔を七割眺めていた。ガムシロよりも甘そうなひと時に話しそびれるところだったと、私は慌てて口を開いた。


「月曜日?」


「そう、遊びに行けるのは今度の月曜が最後になっちゃうの。その次だと学校が始まっちゃうから―――」


 一瞬考える素振りを見せたが、予定は午後からだからと今村さんは首を縦に振った。


「ありがとうございました」


 扉のところでお辞儀をしながら見送ると、後ろから声が届いた。


「常連さん、一人獲得かな?」


 意味ありげに雪子叔母さんは笑って、お姉ちゃんには、と言ってから人差し指を口に当てた。



 兄貴が岡山の大学に向かったのは日曜日だった。短い間だったけど三人顔をそろえるとやっぱり楽しい。またこれでお母さんと二人だけの生活だ。


 ピンポーン♪


 約束した十一時に私は一番奥の住宅のチャイムを鳴らした。扉はすぐに開いた。開いたのは扉だけではなく、ほぼ同時に目も大きくなった。



「こんにちは~っ」


 何事もなかったかの梨絵の声に、今村さんも予想し得なかったような戸惑いを見せている。実はこんな反応を見るのも梨絵を連れて来た理由の一つで、二人のわだかまりを少しでも和らげてあげたいとも思っていた。


 奥の部屋に招かれると、私と梨絵をベッドの上に座らせ、今村さんは丸い缶のような椅子に腰かけた。梨絵がいるから今日はベッドでのひと時はお預け。でもそれは最初から承知の上なので、会話を盛り上げようと努めた。物置にも似た状態の部屋に梨絵も目を丸くする。それでもなんだか楽しそうだ。友達のような弾む会話に私も安心を覚えた。


「バイトがあるから私は行くけど、梨絵ちゃんはどうする?」


「友達と図書館で待ち合わせなんだけど、三時だからどうしようかなって――」


 梨絵の家も私の家同様、駅のずっと南だ。図書館は駅の西の方角になるため、一度帰って戻るとなると面倒だ。


「だったらここで時間潰してれば?今村さんは平気?」


「俺もカーショップ行くのは三時くらいだから――」


 話は決まったと私は二人の見送りを受けて自転車に跨った。今日はどんなメニューを教えてもらえるだろうかとペダルに力を入れ掛けた時、不意に梨絵の自転車が視界に入る。  



 その映像が自転車を漕ぎながら何度となく頭に浮かんだ。

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