第22話

 気分も弾んだところで夜遊びに繰り出そうと、つい声を掛けそうになり慌てて取りやめた。もちろん一番の理由はその行き先である。さすがに梨絵は連れて行けないし、そもそも今日は一人だけで出掛けたかった。だから適当な口実で梨絵には帰ってもらった。


 一人で待つとなると遅く出た方が退屈しないで済む。そう思った私は前回よりも二十分出発を遅らせた。話し相手がいないのはちょっと寂しいが、歩を進めるに従い足取りも軽くなっていく気がする。心もウキウキだ。ここでも一つ梨絵にごめんと呟く。


 ぼんやりと夜空に見える星などを眺めていると、どうでもいい扉の音が私の心を刺激する。車に歩み寄る影に「ワン!」と吠えてみた。



―――「ネコの次は犬か」


 小気味よくシフトレバーを動かしながら今村さんはチラッと助手席の私に笑いかける。


「それで次は・・・・カァか?」


 黒い服装にカラスでも浮かんだらしく、からかいながらも楽しそうだ。私も自然と笑顔がこぼれる。初めての助手席も理由にあるだろうか。


「今日は一人だけ?」


「ええ。梨絵も連れて来た方が良かった?」


 怪しげに睨んで訊ねると、今村さんは顔を左右に振った。


「どこへ行く?」

「どこへでも」


 それがまるで合言葉のように車は先週と同じホテルに向かった。どうせなら違う部屋を見てみようと駐車場に乗り入れたまでは良かったが、私も今村さんもはっきりしたことは覚えてなかったようだ。だからなんとなくいう感じで選んだ。結果的には違う部屋だったので良かった。ここも洒落た横文字のネーミングが付けられていた。


「ここで二度目?」


「そうよ。今村さんは?」


「俺だって二度目だよ」


 冗談とも本音とも取れる会話にも、互いの浮かれた気持ちが混じっていて嫌味にも聞こえない。もう何ヶ月も付き合っているような気分だ。


「今日はせっかくだから俺も風呂に入ろうかな。ラーメン屋にいるとけっこう匂うって言われるんだよ」


 ただならぬ緊張感でこの間の時は気にする余裕もなかった。暑さのせいで車の窓は両方とも全開だったことも理由にあると、私はいそいそとバスルームに向かって手際よくレバーを捻る。それを横目に今村さんは冷蔵庫にお金を入れて冷たい飲み物を取り出していた。訊かれたので私もその中にある一本を選んだ。


 お風呂へは今村さんが先に入った。先に入るかと訊かれたけど、あとから入って来られてもまだ恥ずかしいので譲った。いずれは一緒に入ることになるだろうし、その時は身体や頭も洗ってあげようと思った。


 髪をタオルでゴシゴシしながら浴衣姿の今村さんがソファーに腰かける。さっぱりしたのか気持ちよさそうだ。あらかじめ浴衣に着替えていた私はガラス張りのバスルームに向かう。ただし今回は二人きりということもあって電気は消した。仕切っているのはガラス一枚なので、僅かに差し込む光でも周囲は見える。


 一応、こんな恥じらいも見せておかねばと大きい浴槽で思いっ切り足を延ばす。家のお風呂もこんなのだったらいいなと思いながら。

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