第14話

 男性は数分で戻って来た。椅子に腰を下ろすなりタバコを吸い出した。


「私も行きたくなっちゃったんだけど」


 そんな台詞でも待っていたかのように男性はチラッとこちらを見た。


「どこへ?」

「どこへって‥‥‥‥オシッコ」


「じゃ~降りてその辺でやれ。俺が見張っててやるから」


 そう言うなり何かを取り出してスイッチを入れた。一瞬、目の前が真っ白になり視界を失った。どうやら懐中電灯のようだ。


「だったらいい。私我慢するから」

「ダメだ。そこでションベンしろ。しないんだったらここで降ろして帰るから」


 とんでもないやつの車に乗っちゃったってその時思った。ただの変態じゃない。ゴムなしでやられることを考えれば、オシッコの一つくらい安いもんだけど、ハイどうぞというものでもない。


 車のドアを開けて車外に出ると男性も一緒に車から降りて来た。懐中電灯のスイッチを入れたり切ったりして、その都度周囲が明るくなったり暗くなったりする。


「ここも照らしてみて」

「え?どこ?」


 言われるまま私の指先に明かりを向ける。そこは車のナンバープレートだった。


「ここがどうした?」


 私はスルスルッとスカートを少しだけたくし上げると、すぐにそこへ明かりが当たる。


「オシッコ見せてあげる。でもこのことはうちの兄貴に全部話しておくから。ナンバーもしっかり覚えたし」


 ついでに地元では名の通ってる暴走族の総長の名前も付けくわえた。たくし上げショーツに指が掛かった時、男性は慌ててそれを制した。


「ちょ‥‥‥‥ちょっと待て。わかった。トイレのあるところに連れて行く」


 私を拾った場所に着くまでほとんど男性は言葉を発しなかった。総長の友達なんて、もちろん嘘だけど、伝手がまったくないわけでもない。恐らくドアを蹴り飛ばしたことが、より悪い印象を与えたのかもしれない。



 私は家に帰ってから布団に寝転んでいた。一晩でいろいろありすぎた。モヤモヤしてた時だったから、優しくしてくれれば一回くらいやらせてあげてもって思ったけど、あんな変態野郎じゃ願い下げ。私だって誰でもいいわけじゃない。


 それこそ『ヤリマン』で噂になっちゃう。


 多少、関根さんの一件も紛れたものの、なんだかスッキリしない。時間と共に寂しさも込み上げて来る。気が付いた時には私の手は下半身に到達していた。買い物になんて行かなければ良かったと自分自身を慰め続けた。


 賑やかなセミの声で起きたのはお昼近かった。



「また、休みだからって由佳理はいったい何時まで寝てるつもり?」


 パートがちょうど休みの日なのか、私はお母さんにたたき起こされた。やっとの思いで目を開けると呆れたような顔でこちらをじっと見つめている。


「だって、昨夜は朝方まで頑張って宿題してたんだから」


 そんな台詞にお母さんも驚いた表情を見せて部屋から出て行ってしまった。けっこうこの台詞は効果絶大。それにしてもあんな昔の男たちの夢を見るなんて、と身体を起こした後でため息をついた。



 夢…だったのかな。


 もしかしたら寝られずに記憶でも回想していたのかもしれない。この身体の重さが何よりの睡眠不足の証だ。もうちょっと寝たいと思ってもお母さんがさすがに許してくれないだろうと、私は洗面所に立った。


 鏡には疲れたような女が映っている。老け顔がさらに老けた感じだ。思わず顔を洗ってごまかした。

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