第12話

 男性の名前は関根晃せきねあきら。歳は三十二歳だと話した。


 秘密にしようと思ってたけどと打ち明けてくれたのは奥さんが居ることだった。私もそんな予感はした。でもなぜか嫌な気持ちにもならなかった。


「正直言ってあまりというか、ほとんどうまくいってなくてね。別れるのも時間の問題って感じなんだよ」


 数日後に入った別のホテルで関根さんはそう言って、煙草の煙を天井に向かって吐き出した。


「欲求不満解消なんて思われちゃうと困るんだけど…」

「いえ…そんな風には――」


 関根さんとは週に一回ペースでデートした。ブティックに立ち寄った時、好きな服を買ってやろうなんて言われたけど、こんな服を家に置いていたらお母さんに怪しまれると私は遠慮した。その代わりと言って関根さんはお小遣いをくれた。普段お母さんからもらったことのない金額だ。後ろめたさを喜びが打ち消した。


 互いの家には連絡が出来ないので、会ったその日に次の時間と場所を決めた。行けそうにないときもあったけど、私はなんとか時間を都合する。関根さんは必ず待っていてくれた。


 セックスのノウハウを教えてくれたのは関根さんだった。快感はもとより関根さん自身の愛撫の仕方も何度目かには教わった。初めて触った時の衝撃は忘れられないほどで、同時にこんなのが入ってくるのかと驚いた覚えがある。


 それでも慣れというのは恐ろしい。見ても触っても驚かなくなった。関根さんの舌が侵入するのはキスの時だけではなかった。これも初めての経験だ。思わず身体が拒んだ。だけど得体の知れない快楽には勝てず、私はされるがままになった。


 そして私も関根さんに尽くさねばと、固くなったものを咥えた。どうすればいいのか関根さんは優しく教えてくれ、私もそれに応えようと懸命になった。


「上手になったよ」


 そう言われるのが嬉しかった。


 デートの時は生理の日もあった。特に残念がる素振りも見せない関根さんに私は手と口で応えた。うめき声を漏らした後で、私の口内に関根さんがリズミカルに広がり、すぐさま私の家の近くに生えている樹木の香りが届く。その瞬間、なぜだか大人の女になった気がした。コーヒーが苦いなんて言ってるうちはまだまだ子供。私はそのまま飲み干した。


 三ヶ月くらいした時だった。


 私は学校で使う文具を買うため賑わいのある市外へと電車で出掛けた。地元の町でもそれなりの店はいくつもあるが、大きい街だと売っているものもたくさんあるし、新鮮な気分にもなる。次はどこへ行こうかと周囲に目を向けた時、私は思わず目を疑った。関根さんが居たからだ。おまけにあろうことか近くには女性と小さい子供が居て、三人は笑顔の輪の中に包まれている。


 ‥‥‥奥さん。


 誰が見ても明らかだ。咄嗟に隠れたからか、あるいは幸せの渦の中にいたからか、私のことには全く気付いていないようで、そのままどこかへ歩いて行ってしまった。それから私はどこをどう歩いたのだろう。手にも力が入らず買ったばかりの文具の袋を落としてしまった。


 もう終わりなんだ。私は拾い上げた袋を目の前の川に投げ捨てた。

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