第10話

―――「え…俺なんかで良いの?」


「…ええ」



 優しい表情の中に緊張を漂わせている。気のせいか私は震えていた。以前は結婚する人に捧げるなんて今では笑っちゃいそうな思いを抱いていたけど、早く女というか大人になりたいと思っていた私は時々家に遊びに来ていた兄貴の友達にお願いすることにした。


 私は中三に進級したばかりで兄貴や友達は高校三年生だった。彼女が居たことや、最近になって別れたって兄貴から聞いたことも理由の一つにあった。童貞の人じゃ不安だったからだ。時折見せる穏やかな笑顔も決め手にあったけど、友達の妹だからと断られる心配もあった。


 兄貴の部屋を後にした彼を気付かれないように呼び止めたのは良かった、何をどう話していいものかしばらく言葉が出なかった。心臓が口から出そうって意味が初めて分かった気がした。でも最後は半ば開き直るように言っちゃった。


 女は度胸よ。


 言う方も言う方だけど、聞かされる方も驚いたはず。ちょっと固まってたから。それから私は彼の部屋に招かれた。リラックスでもさせようと、歩きながらいろいろ話してくれたようだけど、何を話したのかほとんど覚えていない。聞こえるのは心臓の音だけ。彼にも聞こえるんじゃないかって焦るほどだった。


 家には誰も居なかった。両親は共働きで夜まで帰らないのだと言う。彼は一人っ子だった。


 ベッドに横たわると彼が優しく唇に触れて来た。当たるか当たらないか。とにかく優しいキスだった。ほんのり煙草の匂いがした。私の身体は既に火照っている。ホントのこと言うと二人で歩いている時から感じているのが分かった。自分で慰めながら想像していた世界が現実になるのだから当然だ。



 処女喪失って日本語はなんだか気恥ずかしい。やっぱり初体験かな。気が付くと私は全裸になっていた。たぶん彼も同様だろう。たぶんと思ったのは頑なに目を閉じていたからで、とても開けている余裕などない。


 期待半分。でも実際は怖さが九割かもしれない。ズキリとした感覚が脳に伝わる。何か異物のようなものが体内に侵入して来たと思った瞬間、私はその激しい痛みに顔を歪めた。何も考えられなくなるほどの激痛の中で辛うじて感じたのは彼の体温だけだった。


 不意に何かが頬を伝わって落ちた。嬉しかったのか悲しかったのか、私は涙を流していた。本で読んだことのある光景だ。大袈裟に言ってるんじゃないかって疑った時もあったけど、その時は書いてあったことを素直に信じた。兄貴にも迷惑を掛けられないと、友達の彼との関係はその一回きりだった。



 受験を控えて勉強に専念しなければならないのに、夏休みになると羽を伸ばしたくなるのか、私は夕方の街を一人で歩いていた。すると、一台の車がすぐ脇に止まってスッと窓ガラスが下がって道を訊ねられた。


 私も知ってる雑貨屋なのであれこれと説明したが、今一つうまく伝わらない。どうせ暇だったこともあるし、乗って案内してあげた方が早いと助手席に乗り込んだ。


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