第9話

 もちろん私が高校一年で彼女が中学三年生なんて言ったら、家に送っていくなんて言われそうだから隠すのが一番。他愛も無い話を続けながら私は梨絵にどちらを選ぶとばかりに、左右に指を向けた。右は運転席だ。


 こういう時は自分からではなく後輩に先に選ばせるのも先輩としての務め。すると梨絵はリーゼント風の男性が良いと助手席に指を向ける。ならば私は運転手に決まったと運転してる男性の肩を指先でクルクルと悪戯した。一瞬だけ指先に反応を感じたけど、あとはされるがままって感じ。何も言わない。やっぱり大人って思っちゃった。


 年上と思ったのは話し方以外にもあって、運転がとにかく丁寧だった。けっこう前に梨絵とナンパされた時には、いきなり山道とか連れていかれて適当に調子を合わせていたけど、あんなのと心中じゃ適わないって後で話したことがある。


 そこへ行くと今日の男性はやっぱり大人。と言っても車はスポーティーな感じだし、音もなんだか迫力がある。実際のところいくつなんだろうって、後半になるとそればかり考えていた。



 車のライトだけが浮かび上がらせていた景色が、時間の経過とともに広がっていくのが分かった。左右の窓から入る風にも爽やかさが溶け込んでいて、私達四人を乗せた車はすっかり朝に包まれていた。夏の朝は早いんだと車の中の時計に目を移す。時刻は四時半になろうとしていた。


 知らない町が見覚えのある景色に変わり、やがて道路沿いにあるお店の敷地らしきところに入って初めてエンジンを止めた。それを合図に両方のドアが素早く開いて二人の男性が駆けていく。私達もレバーを操作して車から降り、男性たちが向かった方へ歩いていくと、二人揃って壁に向かって立ちションをしてる最中で、よほど我慢していたのか派手な模様が壁に描かれている。


 それがちょっと面白くて梨絵と一緒に笑っちゃった。ついでにホースにも目を向けたけど遠すぎて良く見えなかった。男性たちも笑い声に気付いたようで、こちらを見たまま慌てて腰を捻る。一応、レディの前では恥じらいがあるのかと思いつつ、指をクルクルした男性を見て私は驚いた。


 思っていたよりも遥かに若かったからだ。



 若いから体力があるなんて言っても寝ずに遊び回ればそれなりには疲れる。早朝に帰宅した私は何事も無かったかのように布団に潜り込んだ。少しでも寝よう。お母さんには夜中も勉強してたってことにすればいい。などと目を閉じては見たものの、さっきまでのドライブの余韻からかなかなか寝付けなかった。


 話し方や運転だけじゃない。にじみ出るような優しさが印象に残る。あんな人だったら梨絵の処女喪失には打って付けかもしれないと、頭に過らせてはみたけど、梨絵はリーゼント風の男性が良いって言ってたから、そもそも無理か。


 あの子の初めてもらってやってください、なんていくら先輩だってそんなこと頼めないし、また会えるのかもわからない。


 そこまで考えた時に、あの敷地での会話を思い出した。



―――「俺達、この店で働いてるんだよ」


 私達を乗せた場所から一キロと離れていないその場所にあるのは、深夜十二時までやってるというラーメン屋だった。


 名前は『ラーメン一直線』


 私は行ったことがないけど、山盛りのもやしが高く聳える『アンデス登頂ラーメン』と、激辛の『イナズマスパークラーメン』が有名だと人から聞いたことがある。なんだか店名にしろメニューにしろ、面白いって笑ったのは夢の中だっただろうか。

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