第8話
「そういえば、梨絵ちゃん。『青い珊瑚礁』ってテープに録った?」
「あ~レコード欲しいなって思ってるんですけど」
「良い歌よね。聖子ちゃんも可愛いよね。録って、って兄貴に頼んでるんだけど、なかなか帰って来ないからさ~。でも梨絵ちゃんのも、って言ってあるから」
大声でもなく、囁き声でもない中間のトーンで私達はごく在り来たりの会話をしながら蒸し暑い夜をあてもなく歩き続けた。東京にでも行けばいろんなお店があるのだろうけど、そんなところに行けば一発で補導されてしまう。
だけど地方だとこの時間にやってる店はほとんどない。あるとすれば自販機程度で、その日も途中で喉を潤した。
少し離れた通りをすさまじい音の車が通り過ぎていく。ここまで聞こえてくるような車内から知らない音楽が届いてきた。あっと言う時にはもうすでに遥か先へと行ってしまっている。
「タイミングが悪かったね」
そう言って消えかけた車の後ろの赤いランプを見つめた。夏休みと言っても世間は日曜の夜だ。明日から仕事とみんな家に帰って寝ている時間だろう。ナンパに出てる車など滅多にない。
今夜は収穫無し、と一時間ほど歩き回って家に向かいかけた時だった。一台の車が走りすぎずにゆっくりとスピードを落として、開け放った助手席の窓から男性が声を掛けてきた。
「何してんの?」
第一声は何度となく耳にした台詞でこの地域では定番のナンパフレーズだ。暗いのでよく顔は見えないけど、ちょっと尖った頭からしてリーゼントっぽい感じだ。不細工じゃないけどカッコ良くもない。それでも収穫無しの私達には暇つぶしにはなりそうな気がした。
「ちょっと散歩」
「散歩?」
助手席の男性が素っ頓狂な声をあげて笑う。掴みは悪くないみたい。
「もし暇だったらさ、どこかドライブでも行かない?」
慣れていないのか、緊張でもしているのか、どこか喋り方にぎこちなさを覚えた。意外と悪い人でもなさそう。そう思った私はどうするという感じで梨絵に訊ねた。梨絵も同じようなことを思ったようだ。控えめにこくりと頷いた。
「じゃ~、ドライブだけなら」
「よし決まった!」
男性は手を叩いてすぐにドアを開けて降りて来た。ドアは二つしかないので一旦降りないと後ろに乗れない。やや手間取りながらシートを前に倒すと私達はその間をすり抜けるようにして後ろに乗り込む。
私が先に乗ったので座ったのは運転席の後ろ。ちょっと狭い感じもする。一応、礼儀正しく失礼しますと運転する人に挨拶をした。こういうちょっとしたことが女性のポイントアップに繋がる。梨絵も同様に続く。さすが妹分。
「さて、じゃ~どこへ行こうか?」
走り出して間もなく、ハンドルを握る男性が訊いてきた。落ち着いた感じの声で私達からすればオジサンの領域かもしれない。モアッとした頭の雰囲気からパーマでも掛けているのだろうか。
「ネオンがチカチカしているようなところじゃなければどこでも」
いきなりホテルでも連れ込まれてはと、私は遠回りで運転してる人に伝えると「ネオンがチカチカか~」と愉快そうに笑いだした。対してリーゼント風の男性は何のことかわからないのか反応が悪い。
やっぱり運転手の人はだいぶ年上みたい。
ドライブだけって言って乗ったら文字通りだった。どこへ行くともなくただ走り続けていて、そこがどこなのかもさっぱりわからない。年齢の当てっこなんかもしたけど、互いにのらりくらりで不明のまま。
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