04 明善寺

 宇喜多直家がいつの間にやら築き上げた明善寺城。

 それにまず反応したのが、三村元親である。

「おのれ」

 元親は父・家親を暗殺された時から、下手人は誰かと、八方手を尽くして探していた。

 そして、どうやら宇喜多の浮田――つまり遠藤兄弟らしいとの情報を得た。

 元親が、宇喜多に兵を以て問おうかと考えていたところ、このような侵略の橋頭保の出現である。

「許せぬ」

 三村家の軍、動く。

 家親狙撃の意趣返しだとばかりに、それは夜間に――夜襲により、明善寺城の宇喜多勢を撃破した。

 宇喜多勢はうのていで、城から退く。

「根矢与七郎と薬師寺弥七郎に城を預ける」

 三村元親は、兵百五十を残し、明善寺城から備中松山城へと帰った。元親としては、この勝ちに満足する気はなく、明善寺城を取り返しに来るであろう宇喜多直家を、完膚なきまでに叩きのめすため、備中松山城にて兵を糾合するために戻ったのだ。

「父の仇、必ず」

 元親は復仇の想いに燃えていた。


 一方で。

「明善寺城を取られた?」

 直家は驚いたが、それも一瞬のことで、すぐにこれからのことを考えた。

「岡山城と中島城を調略する」

 そう宣言した直家は、即座に岡山城主・金光宗かねみつむねたか、中島城主・中島元なかじまもとゆきと密かに会い、いかなる手段を用いたのか、彼らを籠絡し、宇喜多のがわにつけた。

 明善寺城より「備中松山城に近い」岡山、中島の両城が宇喜多につく。

 それは、明善寺城が宇喜多の勢力圏内で孤立することを意味した。

 取られたはずの城が、いつの間にやら熟柿のごとく、宇喜多に落ちようとしている。

 その恐るべき策の切れ味に、宇喜多の家臣たちは震撼した。

 しかし、明善寺城の根矢与七郎と薬師寺弥七郎はそうではなく、むしろ岡山城と中島城の返り忠こそ「嘘」と言い張り、兵を率いて来た直家からの開城の誘いを拒否した。

「備中松山城に、はよう知らせよ」

 根矢と薬師寺は、早馬を走らせ、三村元親に出陣を乞うた。


「時こそ、至れり」

 宇喜多直家に、備前に引きこもられるのではないか、と懸念していた三村元親だったが、明善寺城からの早馬に快哉を叫んだ。

 兵は集めた。

 二万からの軍勢は、意気盛ん。

「進め!」

 元親は自ら陣頭に立ち、明善寺城へと、文字通り驀進ばくしんしていった。



 岡山城の金光宗高、中島城の中島元行からの、三村家進軍の知らせを受け、宇喜多直家もまた備前からさらなる将兵を召喚し、全兵力を糾合する。

 しかしそれは五千足らずであり、三村家の軍の四分の一に満たない。

「これで、勝てるのか」

 直家の弟にして腹心の忠家ただいえは疑念を呈した。

 だが、直家はとんとんと指で額を叩きながら答えた。

「勝てる」

「何故」

「あいつら三村家は、受け身だ」

 何をするにしても、相手からの行いを受けてから動く。

 直家は、元親の、否、三村家の行動原理を看破していた。

「ついていけないぐらい、受けられないくらい、こちらが素早く動いてやる」

 直家は金光宗高に命ずる。

「三村家の連中に、元親の軍と、明善寺城の根矢・薬師寺の軍で、この直家を挟み撃ちにせよ、と進言せよ」

 この時点で、金光宗高と中島元行は、まだ三村家の側にいると思われていた。

 ほかならぬ、明善寺城の根矢と薬師寺が「嘘」と断じたのだ。ましてや元親が信じるわけがない。

 その心理を利用した策に、宗高は舌を巻いた。

「しかし」

 宗高は直家に反問した。

「挟み撃ちにさせる、として、何とするのです」

「何とする?」

 直家は笑った。

「あの元親のことだ、その進言を受けて、兵を分けるだろうよ。そう……分けるのさ」

 できれば三つくらいに分けてもらいたいものだ、いやそれは贅沢かと呟く直家に、宗高は空恐ろしいものを感じつつも、これから起こるであろう、鮮やかな勝利への予感を禁じえなかった。

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