第16話 <修行編>オタクは1日にしてならず

 CG展では、いくつもセミナーを聞いたり、企業のブースをのぞいたり、クリエイターからも直接、話を聞いた。

 3日間で、色んなことが勉強になった。

 具体的な業界動向。どんな仕事があるかがわかった。また、仕事にするにはまだだいぶ時間がかかりそうだということもよくわかった。

 

 でも、焦りは禁物、と私は思った。


 どんなことでも、それなりの技術を手にするのには2〜3年はかかる。しかし、逆に言えば、それだけ続けば、それなりにできるようにはなりそうだ。たぶん。ま、千里の道も一歩から。


 私は、急にCGをはじめたばかりだ。あれからまだ2ヶ月しか経ってない。一方、展示会で会った人たちは、専門学校や大学で、数年間勉強してから、さらにプロになって朝から晩までずっとやってるような人たちだった。まだまだ次元が違っている。


「石の上にも3年ともいうもんなあ。とりあえず修了までがんばって、それからしばらく一人でやってみて、それから考えようっと」


 私は、すでに「就活」はあきめていた。ゲーム業界にしろ、アニメ業界にしろ、50代後半のオバチャンを雇いたがる会社はない。とは言っても、いきなり実績もなく「フリーランス」をめざすのはもっと難しい。


 だが、私には、以前、フリーランスの経験があった。広告代理店などで働いてから独立して、長年コピーライターとしてフリーランスをしていた。今は、広告の仕事はやっていなかったが、シナリオも書いたことがあった。だから、ネット広告の動画制作とかなら、まだやれそうな気がしていた。そういう仕事をやりながら、オリジナルCGアニメを制作……っていう方向は、そんなに間違ってないだろう。


 まずは、とにかく、どうやって続けるかだ。コツコツ3年ぐらいの長期計画だったら、さして不可能でもないはずだ。

 ただ、そうなるまでに「お金」と「気力」をもたせないと。


 そのためにも、とにかく、焦りは禁物だな。


 ふと、私はまた小説講座のことを思い出した。小さな講座だが、もう20年以上も続いていて、卒業生の中には、ミステリやSF、時代小説やライトノベルなどで、プロ作家になった人もわりといる。


 講座は1年間のコースで、卒業後は専攻科で、しばらく作品指導を受けられるのだが、半数くらいは最初の1年だけで辞めてしまう。プロになる人は、だいたい2年に1人くらいの割合だ。プロにならない人は、わりと単純だ。ひとつは「書かない」か、もう一つは「書けなくなる」。


 実際、見る限りでは、うまい下手の問題はそれほど関係がなかった。作品指導もあるので、たいてい1年もすれば、皆、ある程度うまくなる。


 20代から50代くらいの社会人が受講生なので、もともと独学で「小説」を書いていた人も多い。だから、文章的にはとくに問題がない人が多く、入学前からうまい人もかなり多かった。


 ただ「なろう」などのジャンルだと、ネットからのデビューもけっこうあるのだが、それ以外のジャンルでは、いわゆる「新人賞」に応募するのが作家デビューの王道で、これは一見、遠回りのようで、やっぱり近道なのだった。で、課題は、新人賞への応募だった。


 だが、プロの作家たちに言わせれば、一番、書店もよく売ってくれて、商品価値が高くなるのが受賞作なのだった。


 「やっぱ、新人賞って、賞金もくれて、帯に『受賞作!』って書いてもらって、平置きして売ってもらえる貴重な機会なんだよね……」


 卒業生の中には入学してすぐ新人賞をとり、そのままそれが直木賞候補になったような人もいるのだが、その人の場合も、他の教室で何年もかけて勉強して、そこではなかなかデビューできなかったので、うちの講座に入ってきたという人だった。どっちかというと「長い作品も書いたが、ちゃんと完結させたことがない」とか、「コンテストに何度も応募してずっと一次通過くらいだった」という人がふつう。まあ、ネットとか同人で書く分には、とくに完結させる必要もないが、小説の新人賞には応募できない。


 社会人が多いせいか、プロから指導を受ければ、1年くらいで誰でも技術的にはそこそこ書けるようになる。ただ、それでも新人賞でも1次通過止まりくらいになってしまう。それが2〜3回続くと、それだけで挫折してしまう人もいる。 


「作家って、うまい下手の問題じゃなくて、どっちかというと、精神的な問題なんだろうな。まあ、CGも「とりあえず作る」くらいなら、できるようになる気がするんだけど……」


 家庭料理も、毎日やれば、それなりにできるようになる。

 でも、「商売」として、料理で「稼ぐ」となると、ちょっと違う別の何かが必要になるわけで……。


 「とりあえず、動画のポートフォリオを作ろう」


 すでに訓練は、自主課題を作るための時間になっていて、どんな作品を作るかは、自分で決めることができた。私は、残りの期間をできるだけ、そっちの技術習得に費やそうと決めた。

 訓練校のカリキュラムは、ゲーム業界へ就職をめざすモデラー向けで「モデリング」が中心だった。だが、いくらモデリングを丁寧にやっても、それだけでは動画にはならない。講師もモデラーなので動画のことを聞いても、教科書以上の知識は得られそうになかったし、アニメーションやエフェクト、動画編集などの授業はほとんどなかった。


 それらは、自力で本格的に勉強するしかなさそうだった。


 

 






 

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