第14話 <修行編>東京ビックサイトとハッカー息子の部屋
「CG展」は、3日間、開催だった。
私は、3日とも参加することにした。業界セミナーもたくさんあるので、これも事前に予約をしておく。
業界向けの展示会だから、ふつう学生はお断りなのだが、訓練校の生徒は学生ではない。
てか、この歳じゃ、どうみても学生には見えんけど。
さて、展示会で、いろんな資料をもらったり、企業ブースに立ち寄って色々と業界の動向を聞こうと思っていたら、名刺をたくさん持っていく必要がある。展示会は、商談をする場なので、名刺交換ができないとブースでもちゃんと話をしてくれない。
せっかくなので、「CGクリエイター」という肩書きで、カッコイイ名刺でも作ろうかと思ったが、たまたま古い名刺が一箱ほど余っていた。それを持っていくことにした。今は使ってないデザインのものだが、アドレスは変わってないし、バラまくのにはちょうどいい。
そんなわけで、夜行バスで、東京ビックサイトへ。
広い会場を走り回って、あちこちのブースをめぐり、いろいろ質問をしたり、業界セミナーをいくつも聞いた。「CG展」だけではなく、「クリエイターズEXPO」などの他の展示会も同時開催だったから、いくらでも見るものには困らない。最新のVRゴーグルを使ってみたり、バーチャルアイドルのデモを見たり、見るものはたくさんあった。
初日の見学を終わって、夜は、ハッカー息子のマンションへ。
彼の部屋は、駅から徒歩1分の新築マンションだった。半年前に引っ越したばかりで、デスクとベッドしかない殺風景なせまいワンルームだ。どのみち寝るだけだから、エアベッドを借りて、そこで寝ることにした。おしゃれだが、けっこうせまい。来客用のベッドを出すともう歩ける空間がない。
彼は、毎日リモートワークで、ほとんど出社していない。通勤がないなら、駅前じゃなく、どこに住んでいても困らないだろう。駅からどれだけ離れていても、さほど困らないだろうに。実際、長野や北陸など、関東ではなく、かなり遠方に住んでいるような同僚もいるという。
「もう少し郊外に住んで、広いマンションを借りればいいのに」
「部屋なんて、せまくていいよ。デスクとベッドとパソコンとネットがあれば、ボクは生きていける」
「でも、なんで、わざわざ駅前に住んでるの?」
「駅前だったら、電車で出かけなきゃいけなくなっても、面倒にならないんじゃないかと思って」
「でも、めったに出社しないんでしょ?」
「うん。みんなテレワークだから」
「会社にはほとんど行ってないの?」
「月1回くらいは行くよ。行っても誰もいないけど。サッカーができそうな広さのオフィスに一人だけ」
「会社どこだっけ、六本木ヒルズじゃなかったっけ? 会社も家賃もったいないなそれ」
夜、近所の店に行って、だらだらとそんな話をしながら、一緒に夕食をとった。夕食もおごってもらう。彼は、まだ20代だが、エンジニアとしてはだいぶ優秀らしく、転職のたびに年収もアップ。さらに本業のほかに副業もやっていて、一体いくら稼いでいるのか私はよくわからない。ただ、どうも年収1000万を少し超えているみたいである。20代のエンジニアにしては、あきらかにだいぶ多い。
彼の部屋はすっきりかたづいていた。というか殺風景すぎるくらいだ。学生の頃、彼の部屋は、大量のマンガや正体不明のパソコンの部品などが積み重なっていて、床に地層ができていたほどだった。が、そんなものはどこにもなかった。
マンガやパソコンの機材などは、一人暮らしを始めた時にぜんぶ処分してしまったらしい。今あるのは、いわゆる「薄い本」だけだ。高校生の頃からコミケなどで買い集めたやつである。マンガやパソコンは捨ててもまた買えるが、「薄い本」は捨てたら、もう手に入らない。かなり大量に持っているみたいだから、それだけはクローゼットにしまっているらしい。今は、マンガや本はすべて電子本を買っているそうだ。
マンションの部屋は、Google Homeで、照明やカーテンを連動していた。夜は「グーグル、照明を10%にして」というと、ライトがすっと薄暗くなる。朝は、起床時間になると、カーテンが自動的に開いて、部屋が明るくなった。
スマートウォッチで、睡眠時間や運動量も、24時間ずっと管理しているらしい。モニターが大きいのが2つと小さいのが1つ、あわせて3つあったが、つないでいるパソコンはMacBookだけだった。
学生の時は、パソコンの筐体を複数つないで使っていた。いったい何台あるのかと聞いたら、こんな返事が返ってきた。
「ノートパソコンなら何台か数えやすいけど、デスクトップをつないで使っているし、サーバーもあるから、どれを数えていいかわからないや。知りたいのはCPUの数なのか、それとも使っているOSの数なのか。どの数を答えていいかわからない。とりあえずOSは3つ使ってるけど」
高校生の頃から自力でサーバーを立てていて、当時はルーターだけでも何台か持っていた。大学生の頃もなぜかいつもリュックに「はんだごて」を入れて持ち歩くような変わった子だったが、今は、都会の多忙な社会人プログラマー。そんなゴチャゴチャはすっかり卒業したらしい。まあ、部屋がすっきりしていい。
私は、彼の高性能のパソコンの「おさがり」をあきらめておらず、内心ひそかにねらっていた。だが、今はまだそのことは言わないことにした。
おねだりをするにも、ちゃんと作戦が必要だ。
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