第11話 <修行編>2週間で「美少女」を作ってみた
2ヶ月目。次の課題は、美少女モデリングだった。
2冊目のテキストは、先生からのまとまった講義はなく、各自、テキストを見ながら、自分のペースで作っていくことになっていた。わからないことがあれば、その都度、先生を呼んで質問をする。
分厚いテキストには、一体の美少女を作る方法が細かく載っている。テキストにしたがって、顔を作り、髪を作り、体を作る。それから、動かすための骨(ボーン)を入れていく。一冊まるまる、美少女を作る方法。
「こんだけ『美少女』にはニーズがあるんやろうな……」
2ヶ月目に入ると、講師からは「自分のペースで作業を進めればいい」と言われていた。ベテラン勢と初心者では、やはり進み方にかなりの差があった。早い人は、美少女も1週間以内で仕上げてしまって、それから自分の好きなものを作っている。
私は、そんなに早く作れなかった。たとえば、「手」を作るだけでも、指の形をつくり、爪をつくり、手首の曲線を整えていく、という作業がある。何日かかってもうまく作れず、何度もイライラと作り直した。
ただ、幸いなことに、こういう手順は、いったん覚えてしまうと作業が早くなる。2日間かかった作業でも、その翌日にもう一度、同じことをしてみるとたった30分でできてしまった。テキストを見ても意味がわからず、いちいち先生にたずねて何時間もかかってやっとできたような作業でも、また同じことをもう一度繰り返してやってみると、ストレスなく、短時間でできる。しかも形がキレイ。
これって「料理」に似てるよな……。
料理を作るのも、ちょっと慣れが必要だ。誰でも最初は、包丁のにぎり方もわからず、野菜もうまく切れない。肉の焼き加減や味付けもわからない。さっと作れるようになるまでには、それなりに色々と苦労する。
そんな私は、主婦歴30年。結婚前にレストランで働いていた経験もあったし、今ではたいていの料理をさほど苦労なく作れてしまう。今までつくったことがない料理でも、今は「レシピ」を見れば、だいたいは作ることができる。
そんなふうに考えたら、スポーツをするにも文章を書くにも練習が必要だ。
だったら、CGだって、すぐうまくいかないのはあたりまえだ。まずは慣れるのが大事なんやろな。
そんなわけで、私は1週間ほどかかって、美少女キャラの顔や三つ編みの髪などを作りあげ、さらに2週目に、ボディやフリルの多いスカートなどを仕上げた。でも、これで終わりではなかった。
CGでは、キャラクターのボディを完成させたあと、動かすためのボーン(骨)を体に入れていく。
アナログでいえば、ちょうど「人形」の中に針金でできた「骨」を入れるようなものだが、CGのそれはべつに体を支える役割はなく、あとでアニメーションをつけるためのものだ。それぞれの骨ごとに、体のどの部分が動くのかを決めておくことによって、中の骨を回転させたりするだけで、上腕や腰などの部分を動かせることができる。
動き方の違いも、細かく設定できる。たとえば、わきであれば、肩と腕の両方の影響を受ける。だから、どちらが動けばどれくらい動くかをそれぞれ決めておく。このように「重み」は、骨を動かした時にどこが動くかを決めるものだから、わりと細かく微調整しておかないと骨を動かした時に体のラインがくずれてしまう。
「自動で重みつける」方法もあるが、これをやると腕を動かした途端、最初は、お腹の部分まで動いて、引っ張られてのびてしまった。腕の「骨」なのに、なぜかお腹の部分も動くようになってしまっていたからだ。こういう時は、そこが動かないように調整しなくてはいけない。これを調整するのは、コツコツと微妙な作業がいるので、けっこう面倒くさい。教室の中でも「これって面倒くさい」という声が聞こえてきた。
ネットでは、すでに骨を入れてあるヒューマンタイプのキャラがいくつも販売されていて、中には「無料」のものもあった。調整が面倒なら、それらを変形して使うことも可能だった。
だが、私は、だんだん楽しくなってきた。
CGでは、この「骨」を入れてやれば、どんなものでも動かすことができる。キャラクターだけでなく、電信柱やポスト、ビルや家など、どんな形でも自由に動かせることができた。また骨はたくさんも作れる。実際、いろいろ使えるので、たとえば、目玉を動かしたり、髪の毛やスカートを揺らせたりするのも、「骨」で動かすことができた。
首や顔も一つじゃなく、二つとか三つあっても、自由に動かせる。べつに着ぐるみじゃないから、中に人間が入らなきゃいけないわけでもないし、首や手足だって何本あっても、いくらでも自由に動かせる。
ん? 首や手足がいくつもある人間?
いやいや、それはちょっと気持ち悪いか……。
でも、私は、美少女ではなく、そろそろ何か別のものを作りたくなっていた。
やっぱ、つくったものを動かせるのは楽しいな。キングギドラを作って、3つの首をうにょうにょと動かしてみたい!!
でも、キングギドラって、かなり形が難しいよなあ。
ふと私は、隣の席でペンタブを叩きながら、毎日ドラゴンをせっせと作り続けている美女を見た。
あかん。初心者の私には、さすがにいきなり『キングギドラ』はいくらなんでも難易度が高過ぎる。あんな複雑な頭はムリ。作って動かすどころか、たぶんお腹のウロコを数枚つくるだけで挫折しそう。
ゲームでいえば、『スライム」にも殺されかねない貧弱な「経験値」しかないのに、いきなり『ボスキャラ』に挑むくらい無謀なチャレンジや……。
だが、私はふと気がついた。怪獣じゃなく、顔が三つある人間ならいるじゃないか。ほら、三面六臂の阿修羅だ(いやまあ、あれも人間ではないが)
仏像の中でも絶大な人気を誇る「国宝・阿修羅像」
……あの美少年のようなお姿。あれを作ってみたい。ネットで検索してみると、さすが人気のある国宝。どうやら「正面」「左右」「背後」から撮影した写真も存在するようだった。これなら「三面図」があるのと同じこと。そういや、近くの図書館に大型の写真集があったよな……
考えれば考えるほど「国宝・阿修羅像」を作るのは楽しそうだった。2週間で「美少女」が作れたんだから、たぶん次の2週間で「美少年」を作るのも不可能じゃないだろう。
ふと私は、隣にいるイケメンがキャラクター制作をほぼやってないのに気がついた。彼は、早々に課題を作るのをやめてしまい、瓦礫がゴロゴロところがっている「廃墟」の風景をつくっていた。
「アクションゲームのイメージかな?」
ゲーム業界では、求人でも「背景モデラー」と「キャラクターモデラー」と分けて募集されていることがよくあり、作業でも「背景モデリング」と「キャラクターモデリング」と分業していることが多いらしい。彼は「背景モデリング」を志望していて、キャラにはほとんど興味がないようだった。
求職活動のためには、その方が効率がよさそうだった。職業訓練校だから、わずか半年しか時間がない。その間にさっさと自分の専門を見つけて、その技術を早く磨いた方がいいんだろう。
料理でも、プロの料理人なら、フランス料理とか、中華とか、寿司やラーメンとか、ぜんぶ専門が分かれている。ゲームのモデラーも分業していることが多い。すべての技術をやるよりは、何かにしぼった方が早いのだ。
だけど、そもそも私は、ゲーム志望ではなかったし、今更、『プロの料理人』になるには、あまりにも歳をとり過ぎていた。だったら、やっぱ、自分の好きなものを自由に作っていいんじゃないかな。
「たとえプロの料理人になれなくても、『たこやき屋』のオバチャンになったらええんやないかな」
つまり、近所の子どもたちがたまに来てくれるような、そこらへんにある、小さい「たこやき屋」だ。
私は、さっそく阿修羅をつくり、それで数秒ほどのショートアニメを作ってみることにした。
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