第9話 <修行編>Blenderとスカルプトの女王
そうして1ヶ月が、あっという間に過ぎていった。さすがにBlenderというCG制作ソフトの扱いにも少しずつ慣れてきた。
先生から用意された課題には、「三面図」があるものと「写真」だけのものがあった。初心者は「三面図」に合わせて作った方がラクらしいので、「三面図」があるものの中から選んで、わりと簡単そうなデスクやイス、自動車、人形などを作っていった。
CG制作には、いくつかの手順があるが、まず「モデリング」ができなければどうしようもない。モデリングでは、右手でマウスを操作して形を作っていくのだが、「拡大縮小」「回転」などの操作は、いちいちプルダウンメニューから選ぶより、ショートカットキーを覚えて、左手で操作した方が早い。だが、初めのうちは、マウス操作にも慣れていない。作りたい部分にカーソルをあわせるのも大変だし、頻繁によく使うショートカットだけでも数十もあった。
オバチャンである私には、これがなかなか覚えられない。
「アカン。めちゃくちゃイライラする。カンタンな形でもいざ作るのは大変や。こんな調子で、この先、私、大丈夫やろか」
こうして私が、ごく簡単な課題にも悪戦苦闘をしているうちに、左隣の席にいた謎のイケメンは、さっさと課題をいくつも完成させてしまった。さらに時間があまったようで、自分の好きなものを作りはじめた。
ちらっと画面をみると、いつのまにか農家を作り上げており、家の横には枯れ草が積んであって、畑があり、すっかり農場の景色ができあがっていた。
「いつのまに……」と驚いたが、見たら、その家の前に「トラクター」が置いてあった。
その「トラクター」だけは、課題の中にあったものだった。三面図が用意されていたものだが、複雑そうだったもので、私が後回しにした課題だった。
つまり、彼は、先生が用意した課題の中でもっとも複雑な形をしていた「トラクター」をさっさと作ってしまい、さらに時間があまったので、そのトラクターにあわせて、ついでに農家とか農場とかを勝手に作ってしまっていたというわけである。余裕すぎる。経験者と初心者では、それくらい差があるのだ。
それでも、よほど時間があまっていて退屈なのか、あいかわらず、しょっちゅう居眠りをしていた。いつもよほど眠いらしく、毎日2〜3時間くらいウトウトしている。ちょっと寝過ぎなくらいだった。
「しかし、よく眠れるな。きっと夜型の人なんだろうな。いったい夜に何をやってるんだろうな。無口そうだし、やっぱ、ゲーマーかな。でも、あの両手の黒色のネイルとピアスだけ見ると、なんとなく、ゲーマーっぽくないけどなあ。なんだろう。あるいは、毎晩、スパイ活動でもやってるのかな」
イケメンの寝顔を見ながら、私は、いろいろ妄想した。
一方、その頃、また反対側の隣に座っていた美女は、先生に「自分のペンタブをつないで使っていいですか?」と聞き、翌日から、家から持参したペンタブを使って作業をするようになっていた。
CGモデリングには複数の作り方があるが、総合ソフトであるBlenderでは「モデリング」モードとは別に、「スカルプト」モードも使うことができた。
「モデリング」モードでは、頂点や線、面で形を作っていくが、「スカルプト」では、画面にある立体をたたいたり、丸めたり、ひっかいたりして、まるで彫刻とか粘土でフィギュアを作るみたいに作っていく。感覚的には、かなりアナログに近い。
どちらの方法でも作ることができるが、スカルプトの方が細かい造形がつくりやすいので、より複雑な形を作るのに向いている。機械や建物というような決まった形ではなく、人の顔や動物の形など、やわらかい形状のものが得意である。 スカルプトは、マウスでもできるが、やはり「ペンタブ」の方がより作りやすい。彼女のペンタブは「スカルプト」で形を作るために必要だった。
イケメンだけでなく、彼女もさっさと課題作品を切り上げ、「スカルプト」の技術をつかって、自分の作りたいものを作るようにしたようだった。
それからは、連日、ペンタブをたたく音が続いた。彼女は、カシカシとペンを使って、根気よく、かなり細かい造形を作っていた。
見ると、それはドラゴンのうろこだった。
「それって、ドラゴン?」
私が聞くと、彼女は、少し照れたように「ええ。どうしてもこれが作りたくて……」と微笑んだ。
聞くと、おとなしそうな彼女は、筋金入りのドラゴン好きだった。
美大出身で、学生だった時も、日本画専攻なのに、ずっと「ドラゴン」ばかり作っていたという。
「日本画なら、西洋的なドラゴンというより『龍』じゃないの?」
「それも好きなんですが、私、やっぱり、こっちの方が……だから、卒業制作の時も、こんな感じで……」
「日本画の題材にドラゴン? それって、日本画の先生には何も言われなかったの?」
「とくに何も言われませんでした。まあ、ずっとこればかり描いてたから、先生も何も言えなかったんじゃないかしら……ふふっ」
スカルプトの女王は、ドラゴン好きの「ドラゴン女子」なのだった。
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