第7話 <修行編>Blenderは、タダで使える夢の技術だ
訓練校で使ったのは、Blenderというソフトだった。オープンソースのソフトウェアで、無料で使えるソフトである。
CGアニメを作りたいと思っていたが、さすがに、たった半年間の訓練中にすぐ思うように作れるようになるとは考えていなかった。
半年は、あまりにも短い。だから、修了してからも、CG制作が続けられなければダメだ。
CGアニメ制作は、実際、やりはじめたらやたら時間がかかるってことくらいはわかっていた。
何年かかるかわからない。また、年齢から考えて、このまま仕事がみつからず、ずっと無職ということもありうる。
私は、もともとフリーランスをしていたが、数年前から仕事が減ってしまい、とうとう昨年は、事務員のパートをやっていた。だから、たとえCG技術が身についたところで、ゲーム業界にしろアニメ業界にしろ、こんな50代後半のオバチャンの「新人」などを雇ってくれる会社などない。
世の中そんなに甘くない。でも、いきなりフリーランスでやっていきたくても、すぐには仕事がない。
そのためには、節約しかない。だから、大事なのは『タダ』ってこと。
「とにかく節約せなあかんわ。なんせ最近、Adobeのソフトもけっこう高いもんなあ……」
最近、Adobeソフトなどは月に数千円かかるサブスクが使われるようになっている。しかし、無職の私には、その数千円の出費すらも痛い。実は、10年くらい前に購入した古いバージョンを自宅ではまだ今も使っていた。もちろん最新バージョンを使えば、いろいろ便利な機能があるのは知っているが、今、それを毎月払えるだけの注文がない。
「それだって、仕事になれば、そんなに高くはないはずだけど……」
仕事になるかならないかはわからない。だが、とりあえず、Blenderはタダだった。しかも半年間、タダで訓練校に通える機会を得た。これはラッキー。
さて、連休明けからは、色々なモデリングをやっていくことになっていた。
まず、テキストを見ながら、簡単な『剣』を作った。ゲームに出てくるような両刃の剣だ。サイコロ状の「立方体」を引き伸ばしたり、切ったりして、変形をして形を仕上げていく。
そのあとは、講師が用意した課題のうち、各自で好きなものを選んで、作っていくことになっていた。ベテラン勢が多いせいか、とても1ヶ月では作りきれないほど、いろんな課題がいっぱい用意されていた。
「これ以外にも、自分で作りたいものがあれば、自由に作ってください」
講師はそう言ったが、初心者の私はそれどころではなかった。月末までに作った作品を課題として提出しなければいけないが、1ヶ月でどれだけ出来るかわからない。また不安になった。
とりあえず、「ランタン」「イス」などの簡単な課題を講師が作り方を見せながら細かく教えてくれたので、そのあたりから作ることにした。
「ランタン」は、ガラスの中にライトが入っている形だった。丸い土台をつくり、筒状のガラスの形をつくって、上部に持ち手の形を作ればいい。形状としては簡単だが、初心者にはけっこう大変だった。
だが、作ってみると、どんなに不恰好な形でも、マテリアルを設定すると、それなりにピカピカと光って、ガラスもキラキラと反射した。
「わあ、CGって、こんな簡単に光るんや」
と私は喜んだ。最初は難しくて、何時間もかかったが、次の日にも全く同じものを作ってみたら、30分もかからなかった。
「ふーん。まだ、ぜんぜん慣れてへんけど、CGって、これなら、ある意味、水彩画や油絵よりはずっとラクかもしれへんな。これなら私でもやれそうや」
ガラスの表面の反射や透明感などは、透過率とか照明の強さなどを指定すると、あとはコンピュータが計算して、勝手に表現をしてくれる。デッサンなどで、ガラスの「透明感」とかを表現するのはかなり難しい。なのに、CGでは、数値を調整しただけで、一瞬で簡単にできてしまう。
そうか。『絵を描く』ってことは、「3Dで見えている世界を2Dに変換して表現する』ってことやったんや。
絵では、光の具合とか反射なども2Dで表現する。だから、ガラスや金属などは、表面の反射や透過などを描くのは難しかったんや。
CGなら、3Dの世界を3Dのまま作ればいい。だから、操作に慣れたら、ある意味、アナログで写実的な表現をすることより、ずっとラクなのでは?
「私らが住んでる世界は、もともと『立体』やもんな」
CGでは、形を作っていく「モデリング」という作業と、色とか光沢とか表面の材質をつくっていく「マテリアル」という作業は、まったく別々の作業だった。また、表面に細かい凹凸や模様をつけるのも「テクスチャ」といい、また別の作業だった。さらに「レンダリング」という出力作業もまた別だ。
「レンダリング」とは、CGで作ったものに照明を当てたり、カメラの焦点を合わせたりして撮影するような作業だ。
手順が多いので、それぞれの作業に慣れていく必要はあるが、逆にいえば、ぜんぶ別々の作業だ。なので、形でも色でも材質でも、あとからいくらでも変更ができる。
実際の撮影だったら、スタジオを借りて、照明やカメラマンなどを雇って撮ってもらわなきゃいけない。が、それもコンピューター内で全部できる。
「広告代理店にいた頃は、カンタンな商品撮影でも、けっこう手間も金もかけてたもんな……」
CGでは、どんな修正もカンタンにできることが気にいった。広告屋だった私は、クライアントの無茶な修正依頼や高額な撮影費用に悩まされ続けた経験を思いだした。
やっぱ、CGは、夢のような技術や。そういや、最近のテレビ広告も、CGだらけだもんな。
そりゃそうなるよな……。
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