第6話 <修行編>コスパの悪い創作活動

 ゲームはコスパがいい?

 なんやわかったようなわからんような。


 しかし、あいかわらず、変わった息子やなあ……。


 お好み焼きを食べている、息子のボサボサの金髪を見ながら、オカンはそう思った。久しぶりに見ると、また、えらい雰囲気が変わった気がする。テレワークで、毎日ずっと家にひきこもっているらしいけど、何年も東京に住むとこんなふうにじわじわと顔つきが変わるんやろか。


 社会人になってもう数年たつが、週末は、まだ「CTF」や「ハッカソン」を続けている。

 「CTF」というのは、情報セキュリティの技術を競うコンテストのことで、パスワード解読などの問題をやったり、早い話、いわゆる「ハッカー大会」のことだ。彼は、学生の頃からずっと趣味でやっていて、国内ではかなり上位の成績をとっている。パスワード解読なんて何が楽しいのかわからない。どうやらプログラマーのクイズ大会みたいなものらしい。ただし、知り合いのベテランプログラマーに言わせるとプログラマーの多くは、とくに「CTF」をやらないそうだ。彼らから見ても変わり者なんだそうだ。

 なぜ、そんなものにハマっているのかよくわからないが、10年くらい前はたしかアノニマスとかが世界中で大活躍していた時期だから、それで興味をもったのかもしれない。

 とにかく、そんなわけで、彼のことを「ハッカー」と呼んでも、けっして間違いではない。


 本業はセキュリティ系の仕事でなく、ただのネットワークエンジニア。ただそ

れとは別に、時々「システムのセキュリティーホールを見つけてほしい」という依頼を受けたりして、なぜかそんな「副業」だけでも月に数十万あるらしい。本業でもかなりの高給だから、毎日ひきこもりでも、金まわりはめちゃくちゃいいのだ。オカンの私がねらっているのは、その「お下がり」だ。


 彼は、大学の頃はゲーム系の学科にいた。だから、CGやUnityの授業も受けたことがあったのだ。そういや、たしかゲーム開発もしていた。インディーゲームだ。しかも、大学の頃は友だちがいなかったので、一人でかなりの数を作っていた。今もどこかで公開されてるみたいだが……。

 どんなゲームなのかはオカンは知らない。

 でも、ゲームづくりのコスパがいい……ていうのは、もしかして彼の実体験かな?


 彼は、子供の頃から絵を描くのが好きで、高校生の頃も美術部だった。美術系に進学する気なのかなと思っていたが、高3の夏になって、なぜか急に「情報系の大学に行きたい」と進路変更を言い出した。

 (物理を履修していない文系コースだったのでむちゃである)

 そして、1浪したあげく、大学受験にぜんぶ失敗し、結局、専門学校に進学したのだった。そして、毎日、CTFやハッカソンなどをやっていて、とくに就活もせず、そのまま、大学の3年に編入した。


 突然、情報系に志望を変えた理由はよく知らないが、彼はコミケから帰ってくると「いくら才能があっても、あんな競争が激しいところで、ずっと続けていくのは大変だ。ボクにはそこまでやりつづける覚悟がない」と言っていた。たしかに小説家もマンガ家も、プロ志望ではライバルがめちゃくちゃ多い。


 最近は、そんな絵もやめてしまったが、たしかコロナ禍の前までは、まだコミケにもコミティアにも、毎回通っていた。たぶんピクシブにまだいくつも作品を載せている。どんな絵なのかオカンは知らない。

(絵にしろ、ゲームにしろ、オカンにはハンドル名を教えてくれない)


 「コスパがいい」ってのは、こういう意味なのかな。彼が、わりと適当に作った同人ゲームは、なぜかそれなりに人気があった。だが、マンガの方はまったく人気が出なかった……とか。そういうことかも。


 「いや、きっと、そうに違いない」

 コスパの意味がピンとこなかったので、オカンは、勝手にそう決めつけた。


 そういえば、彼がつくった中で、ひとつだけ知っているゲームがあったっけ。学生の頃、たしかハッカソンで作ったとかいうやつだ。どんなのだったっけ。なんか『3Dテトリス』みたいなやつだったような……。


 そのときは帰宅するなり「今日、ハッカソンで、こんなのを作ったんだ!」とめずらしくうれしそうに教えてもらった。さっそくダウンロードしてプレイしてみたが、けっこう難しくて、私はすぐにゲームオーバーになってしまった。でも、たしかにけっこうハマりそうなゲームだった。それなりに人気もあって、ダウンロード数もかなり多かったようだ。彼が作ったゲームといえば、それしか見たことがない。まあ、ハッカソンだから3人とか複数でつくったものだ。大学の頃は、多い時は月に何本も作っていると言っていたが、そっちはぜんぶ一人で作っていた。


 しかし、「N天堂」とか、大手ゲーム会社の学生インターンにもあちこち行っていたので、てっきりゲーム系の会社に就職するつもりだろうと思っていたのに、結局、ゲーム会社ではない大手ネット会社に就職した。今思うとなんかもったいない気もするが、結局、ゲームづくりは、ただのプログラミングの腕試しだったらしいからしょうがない。彼は、こういう話をしていた。


「ゲーム会社のインターンにあちこち行って、それでわかったんだけど、よく考えたら、ボクは、ゲームはそこまで好きじゃなかったんだ。それに人生の大半をかけるほどの覚悟がない」

「へえ」

「だって、ゲームって、どこまでやっても、ゲームの中から出られないだろ」

「はあ?」

「途中でそう気づいちゃうと、もうゲームに何十時間もかけることができないんだ。どうしても飽きてしまう」

「なんだそれ。ゲームの世界が、ゲームの中で閉じてるってこと? でも、それならオープンワールドのゲームだってあるやん?」

「それだって、どこまで行っても創作者の作った世界からは出られないんだよ」


……世界から出られない? どういう意味かな。

 お釈迦様の手から逃げられない孫悟空みたいなもんかな。そういや、『レディプレイヤー1』という映画で、ゲームの裏側に行くみたいなシーンがあった気もするが、あれも創作者がひそかに設定してたという話だったし……。


 とにかく彼は、それでマンガもゲームもやめちゃったのか?

 やっぱ、ハッカーは考えてることがイマイチよくわからん……。


 でも、私の作りたいのは、ゲームじゃなくてCGアニメだ。そりゃ、アニメは、一人で作るなら、ものすごく手間がかかる。もっとずっと「コスパ」は悪いだろな……。小説や同人マンガよりも、もっと確実に手間がかかるだろう。


 CGの勉強はまだ3日しかやっていなかったが、そう考えて、オカンはちょっと不安になった。はたして、あと半年間で、CG修行をやりとげ、ハッカー息子からパソコンをゲットし、それから手間のかかるアニメを完成できるのか……。


 結局、そうして連休は終わり、パソコンをくれるそぶりもないまま、ハッカー息子が東京に戻って行くと、CG修行が本格的にはじまった。

 






 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る