第5話 <修行編>金髪ハッカーと美少女テキスト
ロボットを作ったあとの課題は、ワイングラスとトランペットだった。どちらも形が簡単で、CGの「基本技」を使って作るものだった。マテリアルの勉強にもなる。ガラスの透明感やピカピカの金属の光沢も、アナログの絵で描くのは大変だが、CGでは簡単にできてしまう。
だが、訓練校はたった3日だけで、すぐ連休に入ってしまい、しばらくお休みになってしまった。ゴールデンウイークだ。
三重苦に悩まされながら、ようやく少し慣れてきた私は、
「ちょっとやっただけで、お休みになってしまった。ここで休んで、せっかく覚えたこと、また忘れてしまったら、どうしよう?」
と、ちょっと不安になった。
なんせオバチャンの記憶力はアテにならない。CGはいろいろ覚えることが多すぎる。3日間せっかく勉強したことも、連休中にぜんぶ忘れてしまったら?
さて、その3日間で、わかったことは、両隣だけではなく、どうやら前の方の席はなんだかんだと「達人ぞろい」だったということだった。左側にいる例の「謎のイケメン」は、どの課題も、ほんの数分でさっさとやってしまい、ずっと寝ているばかりだったし、そのすぐ後ろの席に座っていた若い男性も、毎回さっさと課題を終わらせてしまって、ずっとネット動画を見ている。あきらかに「達人」だ。
初心者向けのコースにもかかわらず、どうやら、すでにCG経験のある強者ばかりで、とくに前の方の席には「強者」ばかりが揃っているようだった。
うーん。やばい……このまま足手まといにならへんか?
オバチャンは、基本的にはあつかましいが、実は、内心けっこう気が小さい。若い人たちの足手まといになるのはイヤだなあ。いや、こっちは別にいいが、あっちがいやだろうし……。
だが、後ろの方の席には、講師にしょっちゅう質問をしている若い男性がいた。あきらかに初心者っぽい。それを聞いて、
「まったくの初心者は、どうやら私一人ではないみたいや」
と安心した。
ま、若かろうが、オバチャンだろうが、初心者は初心者である。ま、どうせこの先、半年間もあるんやし。なんとかなるやろ。
大阪のオバチャンの特技は「ええかげん」だ。細かいことは気にしない、それがオバチャン最大の武器である。
そんなわけで、連休はのんびりすることにした。それよりも、帰省するハッカー息子を迎える準備を考えなくては。私は、まだ彼の「高性能パソコン」の「おさがり」をもらうことをあきらめてなかった。
「さっそく、お好み焼きの準備や!」
オタクの彼は、そもそも日頃からたいして食べ物に興味がない。だが、そんな性格だから、お好み焼きでも作ってやれば、それだけで「久しぶりに帰省する息子を大歓迎するオカンっぽさ」が醸し出されるはずである。。
うんうん。まだあせってはいけない。作戦を考えよう。きっと彼は、
「また、うちのオカンが、ワケのわからんこと始めたみたいやけど、ま、どうせすぐ飽きるやろ」
……たぶん内心そう思っているはずだ。
幸い、訓練校に通っている半年間は、まだ高性能パソコンの必要がない。初歩のモデリングだけなら、今あるノートパソコンでも十分できる。つまり高性能パソコンが必要になるのは、訓練校を修了した後、つまり半年先だ。
そのためには、まずはこの半年間、まじめに勉強をしているところを見せておかなければ……。
とはいっても、まだ3日しかやっていないから、とくに彼に見せる作品も何もない。どうしよう。仕方がないので、テキスト2冊を見せることにした。分厚いテキストだけでも熱意が伝わらないかな。伝わるといいな。けっこう高かったしな。
入学時に購入させられた指定テキストで、どちらも「本体価格3980円+税」。なぜか表紙にはどちらにも「美少女キャラ」が描かれていた。
実際、そのうち1冊は「美少女キャラクター」を作るためのテキストなんだが、なぜかもう1冊には「美少女」の作り方はどこにもない。その代わり、サンプルデータはついていて、アニメーションの練習に使える。それだけだった。それだけで、こっちのテキストにも、なぜか蛍光ピンクの表紙に、堂々と剣をふりまわしている美少女が描いてあった。
しかし、たとえば「クラシックの音楽ファン」でも、まずは聴きやすい初心者向けの『モーツァルト』から入門して、そこから色々聴いたあげく、最後には「やっぱ、モーツァルトはええなあ」となるそうである。
なんでも、Vtuberも、男女問わず、アバターは8割が美少女だそうだ。どんな美少女でも、中身はオッサンかもしれないのがバーチャル世界。ってことは、CGもよくわからんが、たぶん「『美少女』に始まって、『美少女』に終わる」のが常識、なのかもしれない。いや、そうに違いない。
もちろんオバチャンだって、オッサンがいいか、それとも美少女がいいかと言われると、そりゃ美少女がいいに決まっておる。むさくるしいオッサンの姿を「CGで作れ」と言われても(そんなこと誰も言わんが)、そんなんムリじゃい。
美少女バンザイ。てなわけで、東京から帰省したハッカー息子に、その分厚い(美少女の表紙つき)テキスト2冊を手渡して見せてみた。
彼は、先日オンラインの画面越しに見た時は青い髪だったのだが、なぜかその日は「金髪」になっていた。どうやら脱色して青く染めたのを放置していると、そのまま色が抜けて、勝手に「金色」になるらしい。
彼は、子供の頃は、ずっと女の子と間違えられていた容姿だった。20代後半になった今でも、金髪だと顔だけ見たら「ホスト」に見えなくもない。でも服装と中身からどうしようもないほどオタクが滲み出てる。これじゃプラスマイナス打ち消しあって、やっとゼロかな……。
彼は、焼きあがった、お好み焼きを箸でつつきながら、「ふーん」とパラパラとめくったが、さっと見ただけで飽きたらしい。
「まあ、入門書だね」
「ほら。これ見ると、美少女キャラもつくるみたいなんだけど」
「キャラクターモデリングだな。まあ、キャラクターをつくって動かすのは楽しいと思うよ」
「6ヶ月もあるから、たぶん作れるようになると思うけど」
「ふーん。これが訓練校のカリキュラムか」
「そう」
「このカリキュラムをみると、やっぱ、モデリングにずいぶん時間とってるな。専門学校のカリキュラムでも、CGだけならこれと同じくらいだよ。まあ、専門学校の2年分のカリキュラムを短期間で集中してやるみたいな感じかな。専門学校だとIllustratorとかPhotoshopとか他のこともやるからな」
「そのへんは前に少し使ってたことあるから……」
「まあ、専門学校や大学のゲーム学科でも、CGの授業時間だけなら、たぶんそんなもんだよ。あとはネットに動画とかあるから、それを見ればいいよ。たぶん日本語のチュートリアルもけっこうあるから。YouTubeとか、最近だとColosoとか」
「ネット? Coloso?」
「Colosoは有料だけど、割引とかあるから……だけど、これじゃUnityがたった2ヶ月しかないなあ。これじゃ、ぜんぜん時間足らないな。Unityってすごく便利なんだけどな」
「Unityって何? ゲームを作るソフト?」
「そう。便利だよ。ま、Unity使わなくてもゲームは作れるけど」
「ふーん」
「ゲーム作りは楽しいよ。ある意味、あんなコスパいい創作物ない」
「コスパいい創作物?」
「ほら、マンガや小説とか、同人活動って、いろいろあるだろ?」
「うん」
「マンガや小説って、いくら時間かけてせっせと描いても、読む人は一瞬で読んでしまうだろ」
「まあ、そうだけど……」
「ボクが知ってる創作物の中で、唯一、作り手とユーザーが費やした時間が逆転するのはゲームだけだ。だって、ボクが短時間で作ったしょぼいクソゲーでさえ『面白かったです! 百時間も遊びました!』ってコメント来たことがあるからね。そういう意味では、ゲーム作りは、だいぶコスパいいよね」
「はあ」
「ボクが1週間くらいで適当につくったゲームでも、わざわざ数十時間かけて遊ぶ人がいるのがゲーム。でも、同人マンガや小説は、いくら書き手がどれだけ時間を費やしても、そんなコメントはなかなか来ないだろ? 何十時間もかけてマンガは読まないもん」
……ゲームづくりが一番コスパいい? なんじゃそれ。
うーん、なんか、わかったようなわからんよーな。
ま、ハッカー息子の話は、あいかわらず意味がわからんことが多いので、いちいち気にしないことにしてるから、そこは聞き流しておく。
でも、やっぱ、私が作りたいのはCGアニメで、べつにゲームじゃないんだよな……。
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