第3話 <修行編>教室には、種族のちがうオタク族

 教室の席は、アイウエオ順に決められており、私は真ん中の奥の席だった。デスクは、入り口側を背にして奥のホワイトボードの方に向かっており、私は、一番前の真ん中の席だ。

 前の方の席なのは、講師に近いからラッキーかもしれないが、これでは誰のモニターものぞくことができないな。後ろの席からは、私の背中とモニターは丸見えだろうけど。


 一番前からじゃ、隣の席しか見えないよ。どんな人がいるのかな。ま、見なくても、年齢的にはダントツ私が一番上なんだろうけどさ……。


 右側の席には、のちに私が「スカルプトの女王」とひそかに名付けることになった、メガネをかけた長髪の美女がいて、左側の席には、謎めいたイケメンが座っていた。実は、この美女は「スカルプト」だけでなく、筋金入りの「ドラゴン女史」でもあった。「ドラゴン女史」って何だ、と思われるかもしれないが、まあ、それが判明するのは、まだもう少しあとの話である。


 ふと、彼女のカバンが開いていて、その中をのぞくと、ふくらんだクリアファイルが目に入った。パッと見ただけだが、サイズはあきらかにA4版より大きめで、たぶんB4版か、それより大きいA3版か……。


 しかも、ほどほどに少し膨らんでいる。ふーん。こりゃポートフォリオかな。だが、コピー用紙の薄さだけなら、あのようには膨らまない。つまり画用紙かケント紙……?

 でも、どうみてもコミケとかに通っているようなタイプには見えない。たぶんマンガ描きじゃないよなあ……なぜか私はそう思った。

 いや、どこに違いがあるのかと言われれば困るんだが、なんつーか見るからに落ち着いた感じで、とりあえずマンガというより、美大なら洋画科かそのあたり、というような感じだったのだ。


 ちなみに、長年「吹奏楽」をやっている友人に言わせると、ブラバンでも長年やっていると、顔をみただけで、その人が何の楽器をやってるかわかるようになるという。つまり彼らには、トランペット顔とかフルート顔とかホルン顔とか、なんか違いがあるらしい。私にはさっぱり見分けがつかないが。


 私は、美術系ではないのだが、たまたま周囲にそっち系が多いので、「美大顔」なら、多少は見分けられる気がする……。

 それにしても、あのクリアファイルは何だろう。わざわざ自分で描いた手描きのポートフォリオを持ち歩いているのかしら。


「デザイナーか、イラストレーターかな? しかし、デザイナーだと、最近はほとんどがデジタルで、ポートフォリオを作るにしても、たぶんコピー用紙くらいの薄さのはずだけど……」


 さらに、もう一方の謎めいたイケメンは、これもどうもさっぱりわからなかった。長身のハンサムなのだが、よく見ると、両手の指に黒っぽいネイルをしていた。男性でネイルをしている人はだいぶめずらしい。だが、服装もかなり地味だし、髪も黒色。どうみてもミュージシャンとかには見えないし……。

 私は、さっそく脳内の妄想データベースを使って、「男性 ネイル 地味な服装」のキーワードで検索をしてみたが、「バーテンダー」「藍染職人」しかヒットしなかった。うーん。どっちにも見えないが……。


 ところで、こんなふうにCG修行がはじまって、あることに気がついた。


 訓練校の教室には、種族のちがう「オタク族」が集まっていた。


 どうでもいいことだろうが、オタクにもいろんな種族がある。オタクはオタクだが、ここはやはりちょっと違う。ゲームをほとんどやらない私には、どこか教室にただよう空気の違いで、そう思った。


 なんとなく予想はついていたが、やっぱ、ゲームオタクと、アニメやマンガのオタクでは、多少、匂いが違っていた。


 「オタク」という言葉は、今では誰でも知っている一般用語のはずだが、オタクにも色々な種族がいる。いやいや、それがどうした、と思われるだろうが、オタクにも、アニメ、ゲーム、特撮……などという小分類があるのだ。もちろん、その程度の違いは、たぶん一般ピープルから見ると、微妙すぎてわからない。


 そういや、こんなことがあった。ある時、ご近所の地域ボランティアがあって、その作業が終わったあと、オバチャンばかりで、お茶を飲む機会があった。これは、一般的な中年女性、いわゆる主婦ばかり、つまり早い話が「大阪のオバチャン集団」だった。

 さて、このようなオバチャンはウワサ話が大好きである。そこで、さっそくそこにはいなかった若い男性のウワサ話になった。


「ほら、A君ておるやん。いつも髪のボサボサの……」

「やだ〜、あんた、よう見てはるわ。たしかにあの子、いつも頭ボサボサやわ」

「うちなんか、あの頭、見て、毎回クシでとかしてやりたくなるのをぐっと我慢してこらえてるねんで」

「でも、よく見たら顔も悪くないし、もうちょっとオシャレだったら、モテるのに、もったいないわ」

「ほんまもったいないわ。あれ、うちの息子よりはぜったい歳下やろ。うちの子よりだいぶ見た目はずっとマシやのに」

「はいはい、あんたの息子よかマシなんは、みんな、ちゃう?」

「いややわ〜、そら、うちの子やからな〜」

「でも、あれって、オタクやろ。オタクはアカンわ。少しくらい顔がよくても、あれじゃ絶対モテへん。ぜんぜんダメや」


 ごく地味な青年だったA君は、こうして本人の知らないところで、オバチャン集団のウワサになって、勝手に「モテない君」と決めつけられていた。だいたい、この場合、べつにオバチャンたちは、みんな、A君に関心があるわけではない。単に皆がたまたま共通で知ってるのがA君だけだからである。たまたま話のネタがないから、ウワサしてるにすぎない。だが、いったんオバチャンたちに「モテない君」と決めつけられたら、ご近所ではずっとモテない君となるのだ。


 オバチャンは怖い。自分もオバチャンだが、とくに大阪のオバチャン集団ほど怖いものはない。だから、もちろん私はとくに反論せずにいた。もちろん彼がモテるかモテないかは知らない。まあ、そりゃモテそうになかった。ただ、本心では反論したくてムズムズしていた。


 いや、ダサいかどうかもどうでもいい。てか、問題はそこではない。


 彼は、私に言わせれば「オタク」ではなかった。


 彼は、マンガも読まず、アニメもほぼ見ていない。本人もそう言っていた。ゲームもほとんどやらない。ただし、彼は「鉄道マニア」だった。いわゆる「鉄ちゃん」である。

 「鉄ちゃん」はあくまでも「鉄ちゃん」であって、「オタク」には入らない。「オタク」から見ると、そういうものなのである。


 だが、オバチャンたちにかかれば、鉄ちゃんもオタクも区別がない。根拠は、なんだか垢抜けないとか、ダサいとか、そういう見かけの共通点と「なんかよくわかんないものに夢中になってるらしい」という事実だけである。


 ちなみに、彼の場合、たまたま「虫マニア」を兼ねていた。「鉄道マニア」と「昆虫マニア」も別々の分類なんだが、たまにそういう人もいるようだ。鉄道は無機物で、昆虫は生物なので、私にはだいぶ違っている気もするのだが、そういう人もわりと存在しているようだ。昆虫の外骨格もよく見たら、なんとなく機械っぽいのかもしれない。まあ、そこはよくわからんが、なんとなく、どこかに共通点があるのかも。


 いずれにしても、彼にいわゆる「2次元」の傾向はなかった。本人にも、鉄ちゃんの自覚はあったけど、オタクの自覚はなかった。それなのに「オタクだからアカン」と決めつけられたのである。理不尽な。


 ま、鉄道マニアも、近頃では「鉄オタ」と呼ぶようになったのかもしれないし、もちろん2次元を兼ねている人もいるかもしれない……。


 ただ、私に言わせれば、彼はただの地味な「乗り鉄」だった。彼に以前見せてもらったスマホの写真も、乗った列車の写真さえほとんどなく、あるのは駅舎とただひたすら地味な田舎の風景だけだった。

 鉄道マニアにも、乗り鉄、撮り鉄、模型マニア、時刻表マニア……と色々、小分類が存在するが、彼に関しては、もうすぐ廃線になりそうな無人駅の駅舎が好きという、ごく地味な「乗り鉄」なのである。あるいは、廃線マニアかもしれないが、とりあえず、これは鉄ちゃんであって、オタクではない。


 だから、アニメキャラがバンバンついてるようなラッピング列車などは「いやあ、ボクには何のキャラかわかんないけど、まあ、派手ですねえ……」というだけで、なんか困ったみたいな顔をしていた。虫についても、蝶やトンボ類にはほぼ興味を示さず、好きなのは小さい甲虫類らしかった。よくわかんないが、地味好きだから、どこかに一貫性があるのかもしれないが……。


 おっと。いやいや、鉄道マニアの話は、今はどうでもいい。


 それより「オタク」の違いである。とにかく、いわゆるアニメやマンガのおたくと、ゲームのそれは、ちょっとだけ雰囲気が違っているのだった。

 

 だが、職業訓練校だから、全員、求職中のはずだ。しかし、いろいろな人が来てる可能性があるよなあ……。


 教室にいる顔ぶれは、パッと見て、20代前半くらいの人もいたが、30は超えてそうな人もけっこういた。たぶん平均すると、27〜28歳くらいだろう。





 





 







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