第1章 修行編

第1話 <修行編>CG魔道士への長い道のり、それは職安からはじまった……

 それは、今から半年前。2022年春のことだった。


 前の年に、ブラックな職場を辞めてから数ヶ月。私は、家にひきこもっていた。できるだけ何もしたくなかった。オバハンのひきこもりだ。


 長年、自営をしていたが、コロナ禍もあって、仕事が激減。それで久しぶりに事務員としてパートで働き出したのだが、運悪く、あまりにもひどい職場だった。働いたのは、1年足らずのわずかな期間だったが、正直、もっと早く辞めればよかった。入ってすぐ「これはヤバイ職場だ」とわかったのに、なぜ、さっさと辞められなかったのか。まあ、すぐ辞められないのがブラックのブラックたる由縁。いやいや、もっと早く辞めればよかった。


 今まで、たいていのことは、大阪のおばちゃんらしい度胸と愛嬌だけで何とか切り抜けてきたが、それで、えらい目にあった。


 だが、ようやく春が近づいて、外も暖かくなり、やっと、そろそろ家から出ようという気になってきた。そうだ、「職安」にでも行ってみようか……。社会保険もなかったし、べつに失業保険もなかったんだが、世の中、あんなひどい職場ばっかりじゃないはず。もう少しマシな仕事もあるはずやん……。


 そこで紹介されたのが「求職者支援訓練」だった。給付金の対象にはならないが、半年間の訓練がタダで受けられるらしい。募集チラシを見たら、その中に、なんと「3DCGモデラー養成」というのがあった! 


 な、なに、3DCGモデラー? CGって、ゲームとかアニメとか、特撮で実写合成とかで使うアレ? 講座内容をみると、細かい字で「アニメーション制作実習」などと書いてある。さらによく見たら、Blenderとか、Unityとか、書いてあった。あれれ、うーん、これって、なんだっけ。なんか、数年前、どっかで誰かから聞いたことがある気がする……。ま、聞いたとしたら、きっと、うちの「ハッカー息子」からだ。パソコンおたくの、私の長男のことだ。


 ちなみに「ハッカー」というのは、彼が、学生の頃から「CTF」というハッカー大会にハマっているからだ。この「CTF」ってのは「パスワード解読」とかをやる競技のことらしい。オカンの私には、さっぱりよくわからないが、ハッカーのコンテストのことをそう呼ぶようだ。


 今はもう社会人で、一応、東京のネット会社に勤めているが、今も「CTF」を趣味にしているらしい。


 いつみてもボサボサ頭になぜかフードパーカー姿。完全テレワーク勤務で通勤の必要もないからだそうで、毎日、ワンルームマンションにひきこもっている。彼がホントに「ハッカー」なのかは実は知らないが、実際、どうも国内のCTFではかなり上位成績の持ち主らしい。とにかく毎日、フードパーカーを着て、部屋にひきこもって、毎日キーボードを叩いているんだから、どうせ似たようなもんじゃないかな。ドラマやアニメに出てくるハッカーは、たいていフードパーカーを着ている。そっくりやん。


 そういや、彼は、学生の頃、ゲームをたくさん作っていた。たしか3Dゲームとかもあったはず……。


 夜、オンラインで、ハッカー息子を呼び出して、相談することにした。

久しぶりに、画面越しに彼の顔を見たら、かなりヘンな髪をしていた。いつものようにボサボサ頭だが、その髪の色が、金色というか銀色というか、いろいろ混じっていて、ところどころは青色だった。服は、あいかわらずTシャツにフードパーカーを着ている。うーん。なんじゃそれ。

 どうやったら、髪の毛、そんな色になるんやろ。

「ああ。これ、もともとはキレイな青色だったんだけどな。染めるために脱色もしたけど、そのせいで髪が痛んだみたいで、1ヶ月もしないうちに、こんなボサボサになったんだ。わざわざ美容院に行って、けっこう高かったのに」

「いやいや、そんなにまでして、なんで、青色?」

「いやあ、なんとなく……かっこいいかな〜と思って」

「かっこいい? コスプレかなんかする気?」

(キャラはカミュかな? どっちかというと、見た目、ロケット団なんやけど……)

「いや、べつに、なんとなく」

「ずっとテレワークだから、同僚にも誰にも会わないって言ってたやろ? 青色、誰に見せるの?」

「うーん。あ、そういや、このあいだ、たまたま『顔出し』のオンラインミーティングがあって、上司にも『いつのまにか青いんだね』って驚かれた。いつも声だけで滅多に画面表示しないから」

「そりゃ驚くでしょ」

「でも、反応はそれだけだったな。髪が何色だろうが、そんなこと、べつに誰も気にしない会社だから」

「おおらかな会社だねえ。今度の会社は、長続きしそう?」

「まあ、あと1年くらいはここで働く気だけど……」

 彼は、どういうわけか、ほぼ2年おきに転職を繰り返している。


 今の会社にも転職してまだ1年たっていないが、そのうちまた転職する気らしい。私のようにブラックではなく、大手ネット会社で、残業もなく有名なホワイト企業ばかりなのに、なぜか新卒の時から「2年おきに転職する」と決めていて、今、3社目である。なぜ2年ごとに転職するのかは知らない。たぶんハッカーだから、自社サーバーとか持ってるような、巨大な大手ネット会社をあちこち渡り歩いて、その開発環境の裏側とかを知りたいだけだろうと、私はにらんでいる。息子ながら、なかなか怪しいヤツである。


 でも、いま彼のことはどうでもいい。それより、このカリキュラムを見て。これ、どう思う?


「ふーん。ああ、このBlenderってのは、MAYAとか、3DS MAXとかと同じような、3DCG制作用のソフトだよ」

「MAYAとか、3DS MAXって?」

「そういう名前のソフトがあるんだ。で、こっちのUnityってのは、ゲーム制作用のソフトね」

「訓練の内容はどう思う?」

「訓練期間をみると、Blenderで400時間で、Unityで200時間か。なるほどね。Blenderで400時間なら、CGはそこそこ作れるようになると思うよ。専門学校で習うのも時間的にはそんなもんだから。でも、Unityで200時間だけっては少なすぎるな。これだけだとゲームづくりは難しい」

「でも、私がCG作りたいのは、ゲームじゃないんだけど」

「だったら、このカリキュラムで、ちょうどいいんじゃない? 」

「でも、授業についていけるかな。きっと若い人ばっかりだろうし、オバチャンがみんな足を引っ張ったり、授業の邪魔とかにならへん?」

「まあ、教えるのが講師の仕事なんだから大丈夫だろ? あのさ、やろうと思ってもやれないこともあるけど、やってみたら案外やれることもある。だけど、それもやってみなきゃどうだかわからない」

「どういう意味?」

「受講料も無料なんだし、とりあえず、家でブラブラしてるよりマシじゃない?」


 なるほどね。息子にしたら、オカンがずっと家でブラブラしてるよりはマシってことか……。


 





 

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