番外 ユージェニーとレスター①

番外編の更新を始めます!

お楽しみください!

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 手厚くもてなされたアイラ公爵家を後にし、デラリア領に帰る馬車の中。ユージェニーはため息をついては侍女たちに心配されていた。


 原因は、馬車の後ろについてきているレスター・クリーズである。アイラ領で買った馬を引き連れて、「俺も一緒に行きます」と笑顔でやってきたレスターに、しばらく言葉が出なかった。作品が書けるようになり、自信を取り戻したからか、とても晴れやかな顔をしていた。


 ヴィクトリアに止めて欲しかったのに、彼女は「あらまあ」と楽しそうに笑うだけで、ユージェニーの視線を受け流した。


 ため息が止まらない。けれどヴィクトリアも、侍女たちでさえもレスターを止めないのは、きっとユージェニーが胸の内では嬉しいと思っているのを見抜かれているからだ。


 レスターからの告白に対する返事を、ユージェニーは保留としていた。本当は、あの時にちゃんと断らなければならなかったのに。


 夏の長期休暇前の騒動で、ユージェニーは学んだ。結婚相手は慎重に選ばなければならない。必要以上に入れあげるのも、義務だけでまったく気持ちがないのも駄目だ。


 期待すれば裏切られた時に傷つく。条件だけでは状況が変われば離れてしまう。


 あと半年もすれば、ユージェニーは学園を卒業し、成人を迎えるのだ。同級生たちは次々に結婚していくだろう。ヴィクトリアだってそうだ。


 一つ年上の兄も、学生時代から婚約していた令嬢との結婚準備が進んでいる。長女であるユージェニーが、いつまでも家にぶら下がっている訳にはいかない。



(焦っても仕方ないとは、分かっているけれど)



 貴族の結婚は政治の一種だ。前の婚約者はそうだった。領地同士の結びつきを考えた婚約。


 親も兄も、「好きにしろ」とユージェニーに言う。でもそこに、酷いフラれ方をしたユージェニーに対する哀れみがあることを知っている。


 それは家族の愛情かもしれない。けれど、ユージェニーは役立たずにはなりたくないのだ。だから、ちゃんと尊敬できる相手と、お互いに利のある結婚がしたい。そうすればきっと、穏やかな結婚生活が送れる。


 だから、レスターを選ぶことはないと、そう頭では考えているのに。


 音を立てて馬車が止まり、外から扉が叩かれた。侍女が確認してから扉を開けると、レスターが微笑みながら立っている。



「ユージェニー嬢、昼食の時間ですが、どこかで休憩を取りませんか?」


「……そうですわね」


「この街は近くに大農園があるので、野菜がとても美味しいんですよ。よいレストランを知っているので案内します」



 馬車から降りるために差し出された手を取ると、レスターは嬉しそうに口元を綻ばせた。


 こんな顔を見ると、どきりとしてしまう。その度に、ふわふわと浮き上がる胸に言い聞かせなければならない。


 彼に、できるだけ早く別れを告げるのだと。


 このまま連れ帰れば、家族はレスターを迎え入れるだろう。だから、デラリア領に帰るまでの三日。この間に、保留にしていた告白の返事をしなければ。


 そう決意して、ユージェニーは馬車を降りた。






 レスターが案内してくれたレストランは、確かに見事だった。味だけでなく、隅々まで心遣いの行き届いた良い店だ。


 食事は楽しかった。レスターは話が上手く、自信を無くしていた時とは違って、随分と明るく快活だった。



「レスター卿は、私より五つ年上だったのですね」


「お恥ずかしながら。学園を卒業した後は、劇場の映像記録の仕事をしていました」



 劇場で働いているのは、ほとんどが平民だ。ただ、貴族にしかできない仕事もある。レスターがやっていたという映像記録の仕事がそれで、劇場に足を運ばずともいいように、スクロールに魔法で記録したものを売るのだ。魔法が使える貴族向けの商品だが、劇場がない地方では民衆向けに公開しているところもあるそうだ。


 長時間の劇を記録しなければいけないため、集中力と魔力量が求められる仕事だが、爵位を継げない貴族子息が就く仕事としては、あまり人気が無い。


 レスターの生家であるクリーズ家なら、もっと人気があって給料も高い仕事を斡旋できるだろう。それでも劇場の仕事を選んだということは。



「本当に、劇がお好きなのですわね」


「ええ。観劇記録の仕事は、脚本を書くための勉強もできますから。俺にとってはありがたい仕事でした」



 語るレスターの瞳はきらきらと輝いている。



「親には、『そんなものに傾倒しているからいつまでも婚約者が決まらない』と怒られましたけどね。確かに、年頃の令嬢からしてみれば、爵位も継げない上に将来性のない仕事をして、劇作家など目指している男は結婚相手として相応しくないでしょう」



 そんなことはない、とは言えなかった。ユージェニーだって、その条件ならば婚約者として選ばないだろう。


 劇作家が悪いわけではない。例えばレスターが婿入りをするような立場で、家の経営に関わらないのならば問題は無いだろう。ただ、そういった結婚相手を求める令嬢が少ないというだけだ。


 そういえば、ヴィクトリアがまさに当てはまる。



(……リアム卿には言わない方がよさそうね)



「ですから、ユージェニー嬢に断られるのも、仕方ないと思っているのですよ」



 さらりと付け加えられた言葉に、ユージェニーは思わず顔を上げた。


 レスターは何でも無いような顔で食事を進めている。



「ユージェニー嬢も、ヴィクトリア様も。信念を貫けとおっしゃいます。ですがやはり、安定はしない道ですから」


「レスター卿は、もう既に認められているではありませんか」



 今回新しく書いた脚本も、劇団関係者に絶賛されたと聞いた。ヴィクトリアの審美眼は本物だ。レスターがこれ以上売れることはあっても、落ちぶれることはないだろう。


 そう、ユージェニーが彼を拒絶する理由は、デラリアの利益にならないからではない。自信を取り戻し、劇作家としての成功が約束されたレスターは、きっと誰もが羨む立場に上り詰めていくだろう。


 ――そんなレスターの隣に立つのに、相応しくないのはユージェニーの方だ。


 だから、彼の告白に答えることは、できない。

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【番外編更新中】耽美令嬢は不幸がお好き ~かわいそかわいい従者を愛でながら、婚約破棄して勘違い男たちにお仕置きします~ 神野咲音 @yuiranato

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