学期末パーティーの開始
学期末パーティー当日、当然のようにギルバートは屋敷まで迎えに来なかった。パーティー会場に入るときにエスコートをすればいいとでも思っているのだろう。
準備した自慢のドレスを着て、ヴィクトリアは軽い足取りで馬車に乗った。
今さら婚約者として完璧なエスコートをされても、笑ってしまうだけだ。それに、馬車の中でドレスについてグダグダと文句を言われるのも鬱陶しい。
今日のためにフルオーダーで作ったドレスは、本来ならば今日のパーティーには間に合わなかった。何せ、リアムとの契約が消えていないと判明した時点では、別のドレスを作らせていたから。
サイズやデザインはそのままとはいえ、ドレスの色を変えたいというヴィクトリアの希望には、さすがの父も難しい顔をした。
色が希望通りなら既製品でも、とも思ったが、それは公爵家の威信に関わる。
ドレスの色ではなく、アクセサリーの色で主張しようか、と諦めかけたヴィクトリアに、ユージェニーが解決策を持ってきた。
デラリア伯爵領の生地と職人を、存分に使ってほしいと申し出てきたのだ。
ヴィクトリアの支援に感謝している人間は多くいるのだと、ユージェニーは笑った。
最終的には話を聞いたほかの職人たちも集まってきて、ギルドや店の垣根を超えた協力体制が敷かれることになった。最初にドレスを注文していた仕立屋の店主は、「こんなことはありえない」と感動していた。
普通なら不可能なほどの短期間で仕上がったドレスは、素晴らしい出来だった。ヴィクトリアよりも父のアルフレッドが大喜びし、感激のあまり職人全員に褒賞を配るくらいには。
たくさんの人たちが、ヴィクトリアの幸せを願って作ってくれたドレスだ。一人で馬車に乗っていることなど、まったく気にならない。
学園に到着し、ヴィクトリアは堂々と馬車を降りた。パーティー会場は、授業にも使われている講堂だ。水の魔法をぶつけられたのが懐かしく思える。
パーティーに参加する学生たちの注目を集めながら、講堂の前まで歩く。つまらなさそうに待っていたギルバートが、ヴィクトリアの姿を見てぽかんと口を開けた。
「……ヴィクトリア?」
「なんでしょう、殿下?」
「そのドレスは……」
ヴィクトリアは華やかに微笑む。
「素敵でしょう? 殿下と合わせなくてもよいとおっしゃっていただいたから、作り直したんですのよ」
金髪碧眼のギルバートに合わせ、これまでのドレスは青系統の生地を使った物ばかりを着ていた。宝石もサファイヤやイエローダイヤモンドなど、青、黄色を選んでいた。
けれど今日のヴィクトリアは、真っ赤なドレスに身を包み、髪にもルビーをあしらったティアラを乗せていた。
ギルバートは驚きのあまり言葉が出ないようだった。その代わり、控えていたリアムが無表情を崩して目元を染める。
「とてもお美しいですよ」
「ありがとう、リアム。さあ、ギルバート殿下。婚約者として、エスコートしてくださいませ」
さすがに何年も婚約者だったからか、反射的に腕を差し出す仕草は自然だった。
けれど、その目には動揺が残っている。ヴィクトリアの意図が掴めないこと以外に、今日の来賓についても懸念があるからだろう。王太子はギルバートに、今日のパーティーに出席する理由を伝えなかったはずだから。リアムの態度が変わっていることにも気づいていない。
そのまま会場入りすると、やはり生徒たちの間にざわめきが走った。今のヴィクトリアとギルバートは、あまりにもちぐはぐだ。
講堂の中で待っていたポーラの方が、ギルバートのパートナーとしてそれらしく見えるだろう。黄色いドレスに身を包んだポーラがこちらに向かってくるのを見ながら、ヴィクトリアはするりとギルバートの腕から手を離した。
「ギル君! それに、ヴィクトリア様」
ポーラの声には棘がある。彼女もギルバートと同じように、どこか落ち着かない目をしていた。リアムに揺さぶらせておいたから、薄い不安が拭いきれないでいるはずだ。
「ごきげんよう、アーキンさん。綺麗なドレスね?」
ヴィクトリアが上機嫌に微笑むと、ポーラは気味の悪そうな顔をした。失礼な人だ。
「……ヴィクトリア様も、お綺麗です」
「あら、心にもないお世辞なんて言わなくてもよろしいのよ。でも、このドレスは自慢したいわ。うふふ、仕立屋の職人が、わたくしのために特別に仕上げてくれたの。突然色を変えたから、間に合わないかと思っていたのだけれど」
ポーラの反感を買いそうな言葉を選べば、案の定目を吊り上げてくれた。
「またそんな我が儘を通したんですか……!?」
「ヴィクトリア、君はまた……」
ポーラだけでなくギルバートも眉をひそめているが、何を言われても気にならなかった。
美しさには妥協せず、手段も金も惜しまない。それでこそ、ヴィクトリア・リーヴズ・アイラだからだ。
「それではわたくしは、ここで失礼いたしますわ。表彰の予定がありますので、前の方に控えなければなりませんの」
ヴィクトリアに続いて、リアムも頭を下げる。
「殿下、私も表彰がありますので、お傍を離れさせていただきます」
ギルバートたちはまだ何か言いたそうにしていたが、ちょうどそこで拡声魔法による呼びかけがあった。表彰予定の者は集まるように、という案内に、ヴィクトリアとリアムは揃ってその場を離れる。
去り際に横目でちらりと確認すれば、二人ともどこか不安そうな、何とも言えない顔をしていた。
「……っはは」
「あら、リアム? あなたがそんな風に笑うなんて珍しい」
「っふ、申し訳ありません。あまりにも間抜けな顔をしているもので」
離れている間に少し性格が悪くなったかしら、と心配になるヴィクトリアである。
「ここ何日かはやきもきしていたでしょうね。でも、それも今日で終わりよ」
講堂の前方へ移動すると、来賓席に王太子が座っていた。
ギルバートの兄にあたる、グレアム第一王子だ。父親である現国王に似て厳格な性格で、人に厳しく自分には厳しすぎる人だ。ヴィクトリアは何度か話をする機会があったが、彼が笑ったところを見たことが無い。
「ヴィクトリア嬢、リアム卿」
王太子の方から呼びかけられたので、ヴィクトリアとリアムはそれぞれ一礼した。
「王太子殿下、今回はご協力いただき、ありがとうございます」
「やめてくれ、すべては我ら王家の不始末だ。あれの教育を間違えた」
グレアム王太子は本当に恥ずかしそうに片目を
「ですが、このことでわたくしにも得るものがございましたから」
「そう言ってもらえるとありがたい限りだ」
王太子との会話が終わるのを見計らったかのように、成績上位者の表彰が始まった。今学期の最優秀は当然のようにヴィクトリアで、次点がリアムだった。ユージェニーは、今年になって初めて表彰されたと喜んでいた。
式典は順調に進む。表彰の次は、成績の悪い者を発表する段に移る。
いつもならば、生徒全員がよく学業に励み、良い成績を残しました、と学長が決まり文句を言うだけで終わる。
だが、今日は違った。
拡声魔法のスクロールを握った学長が、沈痛な面持ちで宣言する。
「今年は実に残念なことに、退学者が複数出ることとなりました」
講堂に驚きの声が満ちた。成績が足りずに留年する学生は、数年に一度出ることがある。しかし退学、それも複数となると前代未聞の事態だ。
留年しても、卒業さえすれば成人した貴族として認められる。だが退学は、貴族としての身分を剥奪することを意味するのだ。
貴族社会からの追放処分。魔力も封じられ、平民として生きていくことを余儀なくされることになる。
誰もが息を呑んで、学長の次の言葉を待った。
「退学となるのは……、ギルバート第三王子、ポーラ・アーキン。それから、デリック・ノーマン・フィエン、」
次々に挙げられる名前に、多くの者たちは事情を理解しただろう。
ヴィクトリアはギルバートとポーラを見た。
(さあ、あの二人はどれほど美しい絶望を見せてくれるのかしら)
愕然と目を見開いた二人が、徐々に青い顔になっていく様に、自然と頬が綻んだ。
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