三 霊障

 その後、僕はバイトやらなんやかや用事があって、二、三日後には都会へ帰ってしまい、この一件のこともすっかり忘れ去っていたのですが……一月ほど経った頃、突然、Cから電話がありました。


「よお、夏休みに帰った時以来だな。どうした急に?」


 僕は電話に出ると暢気にそう尋ねたのですが。


「いや、それがさ……Bが死んだんだよ」


 いつになく重々しい口調で、予想もしていなかったことをCは言うんです。


「え? ……Bが死んだ? どういうことだよ?」


 初め聞いた時、唐突すぎて僕はその言葉の意味をよく理解できませんでした。


「どうやら自殺らしいんだ。俺も詳しくは知らないが、ここんとこ、なんだか様子が変だったらしい……あの廃病院に行った頃からな」


「えっ……!?」


 廃病院……その言葉を聞いた瞬間、あの〝ユルサナイ〟という恐ろしげな女性の声が僕の脳裏をよぎります。


「とにかく、そういうことで明後日、葬式だから。俺もAも帰る。おまえも来るよな? そん時にまた話そう」


 Cはそう言って電話を切り、僕らは再び故郷の街へ戻ると、Bの葬式でまた顔を合わせることになりました。


 Bの家族は言葉少なに話してはくれず、さすがに僕らからも聞くことはできませんでしたが、地元に残っていた同級生などから集めた情報によると、あの廃病院へ行ったすぐ後に彼は挙動がおかしくなり、「看護婦が取り返しに来るんだよ…」と口癖のように言いながら、何かに怯えている様子で家に引き籠ってしまったらしいんです。


 そして、最後には自宅の納屋にあった農薬を注射器で自分に打ち、中毒症状を起こして亡くなったとのことでした……。


 死亡時の状況から警察は自殺と判断したようですが、使用した注射器の出元はわからず、いまもって頭を悩ませているとの話も……確証もないですし、僕らは知らないふりをしていましたが、おそらくはBが廃病院から持ち帰った、あの注射器を使ったんでしょう……。


 僕らには、やはりあの注射器が彼をおかしくした原因だったとしか思えません。


 看護婦が取り返しにくる……Bの言っていたというその言葉からすると、やはり〝ユルサナイ〟というあの声は、廃病院に出るという看護婦の霊だったんでしょうか?


 つまり、勝手に注射器を持ち帰ってしまったBは、看護婦の霊の強い怒りを買ってしまい……。


 でも、なぜそこまで看護婦は怒ったんでしょう? こう言ってはなんですが、たかだか未使用の注射器を一本持ち帰ったことくらいで……。


 葬式を終え、また都会に戻った後も、ずっとそのことが引っかかっていたのですが、後日、あの廃病院について少し調べた僕は、その疑問の答えへと繋がる、ある事実にたどり着きました。


 以前、あの病院では看護婦が誤って違う薬を患者に投与し、死亡させてしまうという医療事故が起きており、看護婦は責任を感じて病院で服毒自殺。その事件がもとで病院の評判も悪くなり、ついには廃院に追い込まれてしまったのだそうです。


 さらには嘘か真か? その看護婦は痴情のもつれが原因で同僚から嫌がせを受けていて、医療事故も

同僚が注射器をすり替えたために起きたなんていうウワサも……。


〝ユルサナイ〟


 注射器を持ち帰ったBに対する、あのなんとも恐ろしげな怒りを含んだ女性の声……僕には、そのウワサが真実であったように思えてなりません。


                  (お持ち帰りはユルサナイ 了)

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お持ち帰りはユルサナイ 平中なごん @HiranakaNagon

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