ニ 心霊動画
ところがその後。山を降り、街場まで帰って来た僕らはファミレスへ立ち寄ったのですが……。
「へへへ、カルテやメスはなかったけどさ。戦利品はちゃんといただいてきたぜ?」
不意にニヤニヤと笑いながら、ポケットから何かをBが取り出したのです。
テーブルの上に置かれたそれを僕ら三人が覗き込むと、それは未使用の注射器でした。
針にはキャップが付いたままで、埃をかぶった小さなビニール袋に入っています。
「おい! これ、どうしたんだよ!?」
「ああ、処置室の引き出しにあったんだよ。ま、未使用品だしさ。変な病気に感染するなんて危険もないっしょ」
驚いて僕が尋ねると、ちょっと質問の意図とはズレた方向性でBはそう答えます。
「んなもん持って来て、呪われたらどうすんだよ」
「だいじょぶだって。霊が出るどころか別になんも起きなかったろ? あそこは心霊スポットじゃなくてただの廃墟さ。呪われることなんてまずねえーよ」
呆れたように今度はCが苦言を呈しますが、やはりBにはどこ吹く風です。
「あ、そうそう。さっき撮った動画見てみようぜ……」
そして、廃病院で回していた動画のことを思い出すと、スマホもテーブルの中央に置き、それを再生し始めました。
時折、薄汚れた壁や床が懐中電灯の小さな明かりに照らし出される程度で、暗くほとんど何も見えない廃墟内を、わちゃわちゃ騒ぎながら歩いて行く僕ら四人……観ていても視界は悪いし、なんらおもしろくもない動画だなあと思っていたのですが……。
B自身が撮っていたので、そこには彼が処置室の引き出しを開け、偶然見つけた注射器をこっそりくすねる場面も映っていました。
が、その直後、他の部屋へと移動する僕らを追い、Bの持つスマホの画面も再び動き出した時のことです。
不意にどこからか……
「ユルサナイ……」
という女性の声が聞こえたんです。
「…え? 今、何か聞こえたよな? 今んとこちょっと戻せ!」
全員、その声には気がつき、急いで数秒前まで戻すともう一度観てみます。
「ユルサナイ……」
やっぱり聞き間違えではありませんでした。
強い怒りの籠ったような女性の低い声が、はっきりとそこには入っています。その感じからして、場所的には撮影しているBのすぐ近くで言ってるのでしょうか?
「スゲエ! さっきは気づかなんだけどバッチリ録れてんじゃん!」
「これ、どう聞いても女の声だよな? 例の看護婦の霊かな? しかも〝ユルサナイ〟とか怖いこと言ってるぜ!?」
現地ではまったくわかりませんでしたが、実はしっかりと起きていた明らかな怪異に、僕らは怖がるというよりも、むしろ嬉々として大いに盛り上がりました。
「これはもう動画UPしてバズらせるしかないっしょ!」
当然、自分達だけで盛り上がるのではなく、誰かに見せびらかしたい心境になると、その部分だけを切り抜いて、Bが早々に某SNSへUPしようとし始めます。
「……あれ? おかしいな。なんでできないんだろ?」
ところが、スマホを忙しなく弄っていたBが、怪訝な顔をして何やらブツブツと呟きだしました。
「ん? どうした?」
「いや、なんかエラーが出るんだよ……ああ、やっぱりだ……通信障害か?」
尋ねると、Bはなおも操作を続けながら首を傾げています。
どうやら、何度やってもエラーが出て動画をUPできないようです。
まずは通信障害を疑いましたが、電波はちゃんと来ていますし、試しに別の動画を上げようとすると問題なくすんなりといきます。
「てことは、これっていわゆる〝霊障〟ってやつなんじゃないの?」
不可解なその現象に、誰とでもなく僕らはそう言い始めました。
霊の姿や声を捉えた
「となると、ますますこの声が空耳じゃなく本物の霊っぽくなってきたな。いやあ、やっぱあの廃病院行ってよかったぜ!」
動画に霊障の疑いが出てくると、やはり恐怖を感じるどころかますます興奮を隠しきれない様子で、お調子者のBは能天気にも図に乗ります。
まあ、心霊動画が撮れたことに喜んでいるのは僕らも右に同じだったのですが……。
「でもさ、〝ユルサナイ〟って何を許さないんだろうね?」
そんな中、ぽつりとAが素朴な疑問を口にしました。
「そりゃあ、Bが注射器盗んだことだろ。ちょうどその後に声も入ってるし。おまえ、返しに行って来た方がいいんじゃねえ?」
それにはCが半分冗談、半分本気といった感じでそう答えます。
「誰がんなめんどくせえことすっかよ。盗んだとか人聞き悪ぃこというなよな。新品だし、看護婦の霊のもんってこともねえだろ。濡れ衣だぜ、濡れ衣」
対してBもニヤニヤしながら、本気にはとらずにおちゃらけて言葉を返しました。
無論、あまり本気で怖がっていないのはAや僕にしてもやはり同じです。
けっきょく、何度やっても動画をUPすることはできませんでしたが、その後、よく心霊スポットを訪れた後に聞くような事故に遭うなんてこともなく、僕らは盛り上がるだけ盛り上がって、三々五々に別れました。
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