第2話

「青木、雪路、ちゃんと鍵は返したよな?」

「はい」


 寝る前に先生に確認済みだったはず。まあトイレに行く時は教壇からこっそり取ったけど。


「じゃあ12時前までか……」

「どうしたんですか?」

「あ、いや、生徒と教員が何人か居なくなってんだよ……。どこ探しても居ないんだ。離れはカッパ着た教員が行ったが……報告待ちだな。くそっ。こんな時に通信が不調になるとは……」


 結局すぐに起きて午前6時。クラスメイトは半数は寝ている。起きてるのは通学距離があるか、元々早く来ている勢かな。


 確かに一部のクラスメイトの姿が見当たらない。

 ……あれ? 男子?


 黒板にはデカデカと『トイレは混雑が予想されるから行ける時に行け。我慢できなそうだったらベランダでしろ。大はトイレへ行け』と書いてある。


「先生、また集まります?」

「生徒たちはどうするんだ、行方が分からないんだぞ!」

「だからそれを話す為に集まりましょうって!」

「残った生徒は? 何かないとは限らないでしょう?」

「分かりました。私が残ります。各階に1人居れば生徒たちも安心でしょう」


 外では先生たちが集まって話をしていた。

 そして決まったようで、このクラスの先生だけが戻ってきた。


「あいつら……。というわけで俺がこの階の面倒を見ることになった。見回りをしてくるから起きてるやつらは起きたやつらに伝えとけよ?」

「あ、先生ちょっとお話が」


 みんなを心配させたくないから、教室の外で話す。

 昨日の出来事を話すと先生は驚いたような表情を見せた。


「今の話本当か!? とりあえずトイレに行こうか……」


 トイレに行き、扉を開ける。すると昨日のような光景ではなく、きちんと清掃された男子トイレだった。


「本当に見たのか?」

「本当です! あの咽せ返るようなアレの臭いは忘れたくても忘れません……!」

「アレって?」

「コレです」

「ああ……。まあ心に留めておくよ。とりあえずこの階の全クラス回ってから考えよう」


 先生はジェスチャーでその意味を理解したようだ。その上でクラスの見回りを優先するという。


「夢だったのかなぁ……」


 そう呟いた瞬間、視線を感じ、その方向に向く。そこは男子トイレ。閉まっているはずの男子トイレから視線を感じた。

 幸い、女子トイレは空いてたから、一応用を済ませ、そそくさと退散する。




 教室に戻り、適当に時間を潰していると、紅羽ちゃんが起きてきた。


「え? もう10時!?」


 自分でもびっくりしたようで、時計を三度見していた。


「あ、ごめん」

「いいのよ、それにクラスの美少女2人の寝顔なんて眼福……」


 色々と残念系オーラを出している生徒会長の進藤しんどう ゆうちゃん。残念なのはクラス内だけで、生徒会長としての責務はきちんと果たしているらしい。


 というか、いつの間にか女子しか居なくなっていた。先生も全クラスの見回りが終わった後、トイレに行ってから1時間が経とうとしていた。


 流石に心配だからと先生を探しに行こうとする。


「みんな、無事か!?」

「きゃあ!」

「あ、ごめん」


 タイミングが悪く、私が出ようとしたタイミングで先生が帰ってきた。


「ベランダ以外に誰も出るなよ!」


 先生はそう言い残し、他のクラスへ駆け出して行った。


 そして30分後。


「すまない……先生がもっと早く対応していれば……」


 完全に憔悴しきった身体で帰ってきた。
















「何があったんです?」


 先生をとりあえず落ち着かせ、話を聞く。


「雪路、お前を信じきれずゴメン! 俺がもう少し早く男子トイレに駆け込んでいれば、もう少し生徒を救えたかもしれないのに……」


 またノイローゼになりかかった先生をなんとか引き戻す。


「実は・・・」


 そこから先生が話した内容は現実離れしていて、まるでフィクションのような話だった。だが、条件さえ達成すれば私も同じようになるのだろう。


 先生は当初、トイレから異質な気が漂っているのには気付いていたという。ただ、悪質というよりイタズラの方が近い気がしたため放っておいたのだとか。

 先生は寺生まれで、幼少期から視えたり、特別な力が使えたりしたらしい。そこで普通の生活がしたいからとしばらく使わない、無視する方向で決め込んでいたのだとか。でも、私の発言がきっかけで向き合ってくれたらしい。


 そして先生は恐ろしいものを体験する。それは自身が化け物に襲われる幻覚で、とにかく逃げ惑ってたのだとか。そしてその末に自分が化け物へと変貌していく……という中で自身の力を解放し、なんとか戻ってこれたようだ。


 戻った拍子に先生はあるものを手に入れていた。それはステータス。先生だけにしか見えないようだったが、よくゲームとかであるようなステータスそのものらしい。


「あれは普通の精神だと耐えられないだろうな……。それにしても男子だけが狙われた……か。女子には悪いが、男子にも女子トイレを使わせてくれ。教員用の女子トイレも解放するからできるだけそっちで済ませるようには言っておくが、我慢してくれよな。はぁ……もう一度回ってくるかー。他の階も行ってくるから暇でも潰しといてくれ」


 疲れ切っているだろうに、先生はまた駆け出して行った。


「みんな、先生帰ってきたら暖かく迎え入れよう。あんなに頑張ってるのに私たちだけ何もできないのは辛いよ……。ステータスって言ってたよね? 何か出来ないか試してみない?」


 夕ちゃんの言葉に落ち込んでたみんなも同意する。

 いつも人一倍頑張ってから回ってた先生だけど、こういう時だからこそ頑張る姿はみんなの希望になる。


 そしてみんなで色々手分けしてやっていたら時間が過ぎ……。

 12時になった途端、見知らぬ声……というか機械的な声が聞こえてきた。


《エリア【第七神秘大学附属高校】へお知らせ。『男子トイレの幻影』、クリア者『寺田てらだ 英樹えいき』。初クリア者及びステータス初日解放ボーナスとしてエリア内全ての生存者にステータスを付与。更に攻略情報を付与。これはステータス内部に永久記載。直ちに確認されたし》


 先生! 誰かは分からないけど、先生の名前が呼ばれてる! これって凄いことだよね……?

 それよりステータス……! こうやって解放されるのか……!


「え……?」


 現実は非情で、その内容はとても良いものではなかった。



【攻略情報】

『雨について』(New!)

 雨は塔からランダムに発生し、その期間は長くて1日である。クールタイムは1日。塔の攻略状況によって、内容は変化する。

 塔が活性化してから1週間の間は雨が降り続ける。その際、雨に当たった場合、◆◆化する確率は非情に高く、実際、実験過程で変化しなかった例は一度もない。稀に◇◇化する個体も現れる。

 その後は雨の体内蓄積量によって変化するかどうかが決まる。体内蓄積量は時間で減少する。個体差アリ。



 これが1週間も続くとなると、これから一体どうすればいいのやら……。さっきの声の内容はお知らせの項目が追加されてたから見直すことはできるけど……。ステータスも一応確認しておこうか……。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

雪路 夜奈

種族:人間 レベル1


〈基礎値〉

筋力:1

耐久:1

器用:1

敏捷:1

運 :1


魔力量:5

魔力質:Z


〈職業〉

『学生』レベル1

『メイド』レベル1


〈スキル〉

『奉仕』レベル1


〈恩恵〉

『愛し子』

『????』

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 メイド……? メイドってあのメイドだよね……? そんなのやったことないけど……。ああでも文化祭で1回だけ……。


 心当たりがあるとすれば幼い頃。私、物心ついた頃から孤児院で過ごしてたけど、それ以前の記憶がないんだよね……。親の顔も知らなければ、交友関係すら分かっていない。ただ、私が入っていた箱には名前のプレートが添えられていただけ。

 もしかしてメイドとて養成でもされてたの……? 物心つく前から……?

 記憶がないのだからこれ以上考えるのはよそう。それよりもみんなはどうなってるのだろう?


「夜奈ちゃんのステータスも見せて?」

「いいよ」


 どうやらステータスを持った者同士では共有が出来るらしく、みんなのも見せてもらった。


 ほとんどは同じようなステータス。数字も私と変わらない。ちょっと変わってるのと言えば……私と夕ちゃんかな。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

進藤 夕

種族:人間 レベル1


〈基礎値〉

筋力:1

耐久:1

器用:1

敏捷:1

運 :1


魔力量:5

魔力質:Z


〈職業〉

『学生』レベル1

『賢者』レベル1


〈スキル〉

『禁忌魔法』レベル1


〈恩恵〉

『転生者』

※経験値、お金の獲得率上昇

『転生賢者の知恵』

※前世で習得した魔法が使える。持続魔法を除き、消費魔力0(クールタイム24時間)。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「みんなは私が守るから。ほら、魔法も使えるようになったし、後は魔力量さえ増えて安定するようになれば大丈夫」


 まさか夕ちゃんが転生者だったとはね……。


「もしかしてラノベとかの方?」

「うん」


 私が聞くと夕ちゃんは頷いた。恩恵から何となく想像はついてたけど、本当にそうだとは……。


 世界の果てにある神秘の塔。そこに挑戦した者は稀に記憶を持って生まれ変わる。そしてその者が再度塔に挑むと転生者という恩恵が得られる。

 50年に数人レベルの逸材と言われており、怪しい子供は政府が塔へ連れて行き、発覚次第養成するという。


 そんな事があってか、この歳まで誰にも見付からないのは珍しい。まあ、ラノベとかの方の転生なら塔に関する知識はないからスルーされただけかもしれないけど……。

 まあ言わないとは思うけど、転生者……しかも塔起因じゃないことを告白してたら大変なことになってたかもしれないね。


「とりあえず索敵した感じ、近くに敵っぽいのはいなかったから安心して? ステータスが塔以外で出てきたってことはそういう事だと思うけど……。今は待つしかなさそうだね。

 みんなに魔力を流すから、何か感じ取れたら言ってね? 魔法の才能があるかもしれないから、そっち伸ばしていこう。他の人はスキル化があるか分かんないけど……素振りとか? もしスキル化しなくても基礎値が上がるかもしれないしね」


 色々試す過程で疲れたからストレッチでもしてみようかな。さっきもやったけど、ステータス追加前だったから反映されてないだけかもしれないし。


 いつもより時間をかけて入念にストレッチをしていたらいつの間にか私の番が来ていた。


「最後に夜奈ちゃんね。実はちょっと期待してるんだ……うわっ!?」


 夕ちゃんが魔力? を流した後、驚いて後ろに倒れてしまった。

 少しだけ感じたけど、不思議と初めてな気がしない。


「なんでこんなに純粋なの!? 私より魔力が綺麗なんだけど!! ちょっと不快感があるかもしれないけどごめんね」


 夕ちゃんが私に手を触れると、急に意識が遠のいた。






 目を覚ますと心配そうに覗き込む夕ちゃんと先生がいた。


「あ、起きた!? 大丈夫!?」

「え? 何が?」

「何か見たんじゃない?」

「いや何も見てないけど……」


 夕ちゃんに深刻そうな顔をして問われたけど、心当たりはない。


「……そう。神眼でステータスだけ覗こうと思ったんだけど、阻まれたんだよね。で、夜奈ちゃんの記憶が流れ込んできたの。あれは夜奈ちゃんであって夜奈ちゃんじゃなかった……。私が思うにあれは夜奈ちゃんの前世かな。きっと大切にされてたんだね。魔力が綺麗なのもそれのおかげだと思うよ」


 夕ちゃんは複雑そうに私を見つめる。そんなこと急に言われても……私も複雑だ。


「とりあえず魔力に適性があるのは私と夜奈ちゃん、明乃あけのちゃん、あんちゃん、百合恵ゆりえちゃん、そして先生だね。先生は霊力もあるから、期待してるよ」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

寺田 英樹

種族:人間 レベル1


〈基礎値〉

筋力:1

耐久:2(+10)(↑1)

器用:1

敏捷:3(↑2)

運 :1


魔力量:6(↑1)

魔力質:Z


〈職業〉

『教師』レベル1

『陰陽師』レベル1

『霊媒師』レベル1


〈スキル〉

『杖術』レベル1

『呪術』レベル1

『結界』レベル1


〈恩恵〉

『浮浪神の祝福』

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 凄い……。先生のステータスを見せてもらったけど、一般人とはとても言い難いようなものを持っていた。


「雪路も無事目を覚ましたようだし、結果を報告しよう。ぶっちゃけ言う、悪い知らせしかない」


 起きて早々……と思ったけど、先生も帰って早々だったらしい。タイミングが良かったのかな?


「悲報、男子全滅。教員含めてどこにもいやしねぇ。もちろん、俺とかを除いてな。女子も若干数いねぇんだよなぁ……。興味本位で外に出るな。お前らは誰一人欠けてなくて俺は嬉しいぞ。まあ男子は……しゃーない。

 そして教員共。何やってんだバカ! 俺しかいないなんてアホなのか!? 負担を分散させてくれ! 

 あとは校長室……。これが一番の問題だ。血痕がヤバイ。ああ、血のことな。まるで何かが暴れた後だった」


 え……? 半日で半壊以上……? じゃああと半日で私たちも……?


「ああ、言い忘れてた。ボーナスで敷地内を弄る権限を貰ったんだが……各クラスを安全エリアに指定したぞ。ほとんどポイント持ってかれたがな。安全と言っても定期的に魔力を注ぐ必要があるようだが……。進藤、他のクラスも頼めるか?」

「分かりました。教えてきます」

「ああ、くれぐれも気をつけるんだぞ。まだ俺もこの機能が使いこなせてないんだ。あまり過信はしない方が良いかもしれない。あとはレベルが足りないだけかもしれないが……体育館と保健室は気を付けろ。干渉が出来なかった。あぁ! みんなを見なきゃいけないってのに土地の管理までしろだと!? やる事が多すぎる!!」


 先生……。過労死するんじゃないか……? ってレベルで負担が掛かりすぎている。


「グー」


 誰かのお腹が鳴った。そういえば忘れてたけど起きてから何も食べてないな。色々ありすぎてそれどころじゃなかったか。


「先生、食糧取って来ます」

「ああ、行ってこい」


 流石に一人で行くのは危険だから、複数人連れて出て行く。


「ってちょっと待て! そうだ、忘れてた。食糧の場所は体育館だったな……俺の守護霊を1体貸そう。あっ……なんか職業手に入れたわ屍術師……? まあいいわ。壁にはなるだろう。……っまた全クラス巡らないといけなくなるのかめんどくせー」

「誰かに行かせましょうか?」

「いや、何があるか分からないから俺が行く。一応あと2体守護霊はいるんでな、大丈夫だろう。雪路たちは他のクラスで食糧貰いに来た奴がいたら足止めしといてくれ。特に一人でいる奴。別に引き止めろとは言わないが、絶対に一人では帰らせるな。これでダメだったらもう終わりだ。俺か進藤が全クラス分取ってくるしかねぇ」


 本当にいるかどうか分からないけど、守護霊を引き連れて私たちは出発した。
















 体育館。昨日来た時とほとんど変わらない。時間になっても先生がいないということはやはりそういうことか……。


「え? なに!?」


 中の様子を確認しようとした杏ちゃんが突然後ろに吹き飛ぶ。

 そして杏ちゃんが立っていた場所には……全身が口の化け物がいた。


「何だこいつは!?」


 驚きはするも臨戦体制を取っている薙沙なぎさちゃん。愛用の竹刀を構える姿はいつ見ても頼もしい。


 化け物は何も言わずに口をパクパクさせてこっちへ向かってくる。一直線にやってくるも、急には曲がれないようで、避けるのは案外簡単だった。

 その内に各自叩く。それぞれ武器になりそうなものを持って来て良かった。


 そして守護霊と思しき者がとても優秀。私たちも見えないが、化け物の方も見えないようで、足止めしてくれるおかげでとても助かった。

 最初に飛ばしたのは守護霊なのかな? じゃなかったら食べられてたかもしれないもんね。


 時間をかけてボコボコにした化け物は口を閉じて動かなくなった。そしてトドメを刺したであろう薙沙ちゃんは、レベルアップしたらしい。


「皆にはこれが見えるか?」

「どれ?」


 死体を指して言われるが、何も見えない。


「【フルマウス】と【解体】出てない?」

「出てないよ」


 どうやら薙沙ちゃんにはそれが見えるようで。


「解体してみる? ここに置いておくのも邪魔だし、何か出てくるかもしれないよ?」

「いいね! なにが出てくるのか楽しみ!」


 ゲーム好きの哀羅あいらちゃん。彼女は楽しみにしていたが……。


「じゃあやってみようか」


 出てきたものを見て、トイレへ駆け込んでしまった。


「うっ……」

「これは……きついな……」


 おそらく消化途中であろう女子生徒3人の死体。所々溶けていて誰か分からないというか直視できない。

 まともに見てしまった哀羅ちゃんは可哀想だ。


「フルマウスの歯×3……」


 使えるか分からないアイテム。それよりも死体の方の衝撃が大きすぎる。


「キャー!!!」


 哀羅ちゃんの悲鳴!? 駆けつけようとして何かに阻まれる。おそらく守護霊だ。

 そうだ、冷静になろう。命は一つしか無いんだ、心配だけど慎重に行かなきゃ。


「哀羅ちゃん! 大丈夫!?」


 声を掛けても返事がない。


「守護霊さん、お願いできる?」


 先に様子を見て行ってもらう。といっても行ったかどうか分からないわけで……。


 ドーン!!! という大きな音と共に何かが壁に叩きつけられたような音が響く。


「守護霊さん!?」


 私は咄嗟に叫ぶ。


 壁の反対側にいたのは刀を持った少女。前髪で表情は見えないが、とてつもない寒気を感じる。


「オラァ!!」


 瞬間、薙沙ちゃんによって少女にダメージが入る。


「哀羅に何をした!!!」


 まずい、怒りに震えている。それはそうだろう、幼馴染なのだから。

 怒りに任せて攻撃もいいけど、今のメンバーで主力とも言える薙沙ちゃんを失うのはまずい。相手は刀。どう考えてもこっちの方が不利だろう。


「オラァ! 何とか言え!!」


 薙沙ちゃんの猛攻に少女は反撃出来ない! と思ったものの、私はその瞬間を見てしまった。

 今まで無表情だった顔、鼻から下しか見えない顔から口元に笑みが溢れるのを。


「危ない!!」


 私の声が届いたのか、薙沙ちゃんは一歩足を引く。すると斬られた竹刀だけが残った。


「っぶねー。サンキューな、夜奈。剣士にあるまじき失態だったわ。・・・オーケー。承認するぜ」


 薙沙ちゃんが虚空に向かって話し出すと、雰囲気が変わった。そして少女に向かって駆け出す。

 少女はまた無表情に戻っており、反撃する素振りすら見せない。


「これがお前の傲慢さが招いた結末だァ!!!」


 壊れた竹刀を振り下ろす薙沙ちゃん。瞬間、オーラのようなものが一瞬見え……少女は真っ二つになっていた。


 これはこれでグロいけど、何故かさっきみたいな恐怖感はない。脳が人じゃないものとして判断してるのかな?


「哀羅……」


 トイレには斜めに両断された哀羅ちゃんの姿が。ついに私たちのクラスでも男子以外の被害者が出てしまった……。






「みんな……ごめん」


 その後、他の化け物には出会うことなく、一食分のみんなの食糧を持って帰ってきた。

 あの少女はトイレの刀子さん。解体で古びた刀が出てきた。


 あのトイレには一番近いクラスから紙とペン、テープを借り、立入禁止と貼り紙をした。


「血だらけじゃない! 何があったの!?」


 既に戻っていた夕ちゃんに心配される。


「実は・・・」


 私と薙沙ちゃんでさっきの出来事を話した。薙沙ちゃんには辛い思いをさせてしまうから、話させたくなかったけど、戦意喪失してたメンバーの中では比較的回復してたのと、戦闘部分においては薙沙ちゃんしか分からないことがあるからこうなった。


「そう……よく頑張ったわね……。哀羅ちゃんには悪いけど、犠牲者が一人だけなのは本当に偉いわ。しかも初戦闘でしょ? 薙沙ちゃんが剣道全国レベルなのを加味しても、実戦じゃ上手くいかないことは多々あるもの。そうね、今度からクラスを出る時は私も同行した方が良さそうね」


 今度は夕ちゃんの負担が……。この中だと夕ちゃんが一番場慣れしてそうだけど、先生よりも負担をかけることになりそうだ。実力的に仕方のないことではあるんだけど。


「薙沙ちゃん、新しいスキルはゲットしなかった?」

「いや、何も?」

「じゃあ憑依状態だと何らかの上位スキルを一時的に使える可能性があるわね……。話を聞いた限りだとエンチャントかオーラよ。先生、夜奈ちゃんたちに付けた守護霊のタイプはわかるかしら?」

「ああ。戦国武将だ。こいつは寡黙なタイプだからあまり喋らないが、寺田家の守り神をしていた一人らしい。半ば地縛霊と化していたが、俺のおかげで外の世界へ出られるチャンスだったんだと」


 おお、そんな強い人が守護霊さんだったのか。

 ちなみに薙沙ちゃんのステータスはこんな感じになった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

五月雨さみだれ 薙沙

種族:人間 レベル5(↑4)


〈基礎値〉

筋力:29(↑28)

耐久:7(↑6)

器用:6(↑5)

敏捷:9(↑8)

運 :1


魔力量:6(↑1)

魔力質:X(Z→X)


〈職業〉

『学生』レベル1

『剣士』レベル4(↑3)


〈スキル〉

『剣術』レベル4(↑3)


〈恩恵〉


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 うわ……。筋力がだいぶ上がってる……! さっきの戦いのせいなのかな? 私も逃げてたから敏捷が上がってたけど、ほんのちょっとだったし、死線を潜り抜けると大幅に上がるっぽい?

 でもそんなこと確かめたくはないけどね。もう誰も失いたくない。


「今日はこれで我慢しましょう。先生と私で手分けしてまた回ってくるわ。私の場合、最悪3日に1回何か食べれば良いから食糧には気にしなくて良いわ。まあ、男子たちが生きている可能性を考えたら取っておく必要はあるでしょうけど。残りの2日辺りでまた考えましょうか」

「私も行きましょうか? 守護霊さんがついて来てくれるなら頑張ります」

「……そうね。先生は1人でも戦える?」

「……あぁ」

「じゃあ先生に守護霊1体、夜奈ちゃんに2体で行きましょう」

「分かった」


 正直、クラスに残っても良かった。私もメンタルがやられてないわけじゃないしね。でも、早くみんなに伝えたいという気持ちが強かった。というよりクラスにいるのは居心地が悪かったというのもある。

 それに、少しでも動ける場面があるのなら……ステータスを上げるのに役立つかもしれないから。


「守護霊さん、憑依ってできる? どんな状態か試してみたいんだ」


 一瞬、ふわりとした感覚と何かが入り込む感覚があった。そして、魔力がほんの少しずつ減ってるような気がする。


「2ー3の雪路です。伝言があって来ました」

「あら? 夜奈ちゃんじゃない! なんか雰囲気変わった?」

「ああ、スキルを試してみてるんです。他のクラスも回らなきゃなので、すぐ伝えますね」


 そして体育館及びトイレでの出来事を伝える。


「……そう。ありがとう。私のクラスは5人既に犠牲者が出たわ。朝出て行った人たちね。どこかのクラスは興味本位で男子トイレに駆け込んで居なくなったそうよ。ほんとバカね……」


 え……? とりあえずクラスを回り、5番目のクラスで絶句した。


「あれ……? ここほんとに全員いますか?」


 3ー5。クラスにはたった3人しかいない。


「そうよ……」

「私たちは死を待つのみ……」

「大人も同級生も、みんないなくなる……」


 目の前で手を振っても虚ろな目をしていた。


「……分かったわ。私たちはここから出ないから、もう関わらないで……」


 ……何というか凄い絶望していた。こんなに少ないクラスが存在するなんて、やっぱり回らないと分からないことはある。


 その後、全クラス回り終えたが、とくに遭遇も何も無かった。


「守護霊さん、もう出てっていいよ」


 相性が良いのか、私の魔力関係はグングン伸びていた。


「全クラス回り終えたか?」


 戻ってくると先生が待機していた。夕ちゃんも帰って来ている。


「いや、やっぱり減ってたな。あんだけ注意しておいたのに外に出るとはな……。いやまあ、食糧取りに行ったのは仕方なくはないけど仕方ないとして……。それ以外の理由でいなくなる理由がマジで分からん。不安なのも分かるけどさ」


 聞いた限り、2年生が一番生存率が高いらしい。やはり先生の有無の差か? ここと隣のクラスはいても1人か2人だそうだ。勿論、男子はいないものとして。


「今後も増えそうだよな……。人数少ないクラスは合併してもらうか。その方が回りやすいし。とりあえず別棟にいる奴らはこっちに移動してもらおう。クラスは……そうだな、学年毎でとりあえず纏めるか。状況が状況だから、仲良しで纏めても良さそうだな……まあ、そこの判断はあいつらに任せるか。俺らはやる事が多すぎる」

「そうね。私もみんなの分の食糧持ってこようかしら。体育館の化け物の正体も知りたいしね。あとは私の場合は使い続ければ禁忌魔法からスキル化出来ると思うから、空間魔法最優先で動こうと思う。ただ、燃費が悪いのよね。でもそこら辺の雑魚モンスターに負ける気はないけどね。まあ念の為、守護霊貸してもらおうかしら」

「ああ、いいぞ」


 先生と夕ちゃんを主体に動いていく。


「先生、この後予定あります?」

「……色々と試す予定だが」

「ここからは出ないですか?」

「ああ」

「でしたら誰でも良いので守護霊さん貸してください。私も試したいことがあるので」

「分かった。ただし命最優先な」

「はい」


 貸してもらった直後、憑依させる。そして時間がある程度経った後、私の視界は暗転した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る