幕間の物語の章

第20話 風邪をひいた日

 

 その日、俺は風邪をひいていた。


 ピンポーン、ピンポーン


 家には誰も居ないってのに、こんな時に来客だった。

 ほっとけば帰るかなと思っていたが、いつまでたっても諦める気配がない。


 くそ……しょうがねぇ。

 節々が痛む体を引きずりながら、ベッドから這い出した。

 これでしょうもないセールスや勧誘だったら承知しねぇからな。


 そんな事を思いながら、玄関のドアを開けると――。


「あ、善司くん。風邪、大丈夫?」


 なんか、先輩だった。




「……なんで家、知ってるの」

「ひつじちゃんに教えてもらったよ?」


 ひつじ。

 あいつ。ペラペラと無責任な……

 うちは、凶悪な兄貴がいるから、先輩には知られたくなかったんだが。


「ひつじも来てるのか?」

「お邪魔したくないから、行かないって」


 俺は普段から、体は丈夫な方だ。

 昔、鍛えた体ってのは、多少さぼっても中々弱らない。

 だが、そんな俺でも2年に一回くらいは風邪をひく。それが今日だった。


「とりあえず、善司くん。家の中入れて♪ 帰れって言っても絶対帰らないから」


 めっちゃ笑顔で強行突破する先輩だった。



 ◆◆◆



「わぁ……、38.5℃もあるよ。病院は行ったの?」


 それは、午前中に行っていた。

 病院で検査してもらったが、最近流行りのやばいウイルスではないらしい。

 ただ少し厄介なやつらしく、結構しんどいんだ。


 それを伝えると、先輩は、めちゃめちゃ、びっくりした顔をする。


「お兄さんたちは居ないの?」

「夜までかえってこねーんだ」


 兄貴たちは二人とも留守だった。要にいはクライアントと会うとか言ってたな。

 楊次郎兄いは町内の集まりだって言ってた。


「そうなんだ……。お父さんとお母さんは?」

「うちは二人とも居ないんだよ」


「あ、ごめん……」


 やっちゃった。みたいな顔をする先輩。

 気にすんなよ。

 うちは単純に居ないだけで、先輩のとこの方がよっぽど複雑だろうが。



「別に大丈夫。それよりも、マジで風邪感染うつるから帰れ」


 ちょうど俺も、頭痛が限界を越えそうだった。

 軽く眩暈もする。解熱剤を足すべきだな。


「……善司くん困ってるし、私彼女なんだから、お世話するよ?」


「いや、ダメだって……」


 と断ろうと思ったら、ふらついた。

 やべ、力でねぇな。


「ねぇ、善司くん……ご飯食べてる?」


 先輩の視線を感じながら、解熱剤を飲んで一息。

 しんどそうな顔が隠せない俺に対して、先輩は、じとりと一睨みして聞いて来た。


「いや、今日は何も食べてない。ポカリくらいは飲んでる……、ちょっと吐き気するし」


「やっぱり……!」


 先輩はそれ見たことか! みたいな顔をして腕まくり。


「キッチン使っていい?」

「良いけど、何するんだ」


 まぁ話の流れから、何か作ってくれるつもりなんだろうってのはわかる。

 実際先輩はうちに来た時から買い物袋になんか詰めてきていた。


 でもよぉ……、先輩って料理できるのか?

 なんか人参とか大根とか見えたぞ。

 俺風邪ひいてるんだが? 

 根菜で何作るつもりなんだよ……


「え、カレー……かな?」


 思いっきり疑問符がついてた。

 しかもカレーときた。大根どうした? 先輩んちは大根いれんのか?


「食えるか、馬鹿……」


 朝から吐いてるって言ってるのに、重いわ。

 もしかして、この先輩、ぽんこつでいらっしゃる?

 家事スキル死んでる系女子か?


「うう、どうしよう……、私カレーしか作ったことないのよね……」


 ねぇ、善司くん、どうしようどうしよう?

 って、袖を引っ張るじゃん。どうしようじゃねぇんだよ。

 つったく、しょうがねぇな……


「おかゆなら食べられると思う」


 確か、冷蔵庫に納豆も卵もあった。塩昆布をかけても美味い。うちは基本白飯の家庭だから、飯の上に乗っけるものには事欠かないんだ。


 因みに、食事を作るのは、長兄である楊次郎にいの役割だ。


「わかった! 作ってみる!」


 ふんす、みたいに鼻息荒くしてるけど、俺は心配でいっぱいだった。

 先輩、ぜったいポンコツ。もう俺は見切ったよ。

 俺の彼女はポンコツ確定。


「善司くんお米どこ? あ、辛かったら座っててね?」


 先輩はふんふんと鼻唄をうたいながらエプロンを装着する。

 その真新しいエプロン、値札ついてるぞ。もしかしてこのために買ったのかよ。


「米から作んのか?」

「うん。お鍋借りるね」


 上機嫌で、軽量カップで米を鍋に入れていく。

 ざくっと1すくい。1杯は一合だ。

 ……えらく多いなと思ってたら鼻唄のまま、

 2杯目、3杯目と入れていく。


「せんぱーい、まってー、おーい、りりねちゃーん」

「え? 何!? 私のこと今、名前で呼んでくれた!?」


 目キラッキラさせながら振り向くじゃん。


「まず、質問させろ。ど れ だ け 作る気だ?」


 先輩は、何言ってるの? みたいな顔する。


「沢山作った方が、善司君がいっぱい食べれるかなって?」


 ――――――はぁ。

 まじでポンコツだった。


 おかゆの最適な割合は米1水7だ。

 寸胴鍋ずんどうなべでおかゆ作るつもりかよ……


「先輩、ステイ」

「わん」

 駄目だ。こいつ、料理できない。多分何にも知らない。

 絶望を感じた俺は、先輩に一から教える事にした。


「まず、鍋は仕舞おう。うちの炊飯器、おかゆ機能あるからそれ使う」

 先輩に教えながら内釜に米を入れる。

 我が家の炊飯器は、5号炊きの圧力釜だ。

 米を炊くだけでなくて、低温で鳥ハムなんかも作れる。


「こんなにお米ちょっとでいいの!?」

「おかゆってのはそういうもんなんだよ。米は水でめちゃくちゃ膨れるんだ」


 おかゆはこれで良し……と。

「あと、どうすっかな。先輩腹減ってる?」


 そう言った途端、先輩の腹から、くーと可愛い音が鳴った。

「あうあう……、善司くんとご飯食べようと思って、お昼あんまり食べなかったから……」


 ――――かわいい。

 赤面すんな。可愛すぎるわ。


 俺は、動揺を隠しながら、冷蔵庫を漁った。

 薄切りのベーコンと卵。あとはレタスが少し。


「先輩、美味しいもん作ってやるよ」


 適当にレタスをちぎってボウルへ。

 別の容器で卵を溶いて、適当に切ったベーコンを混ぜた。


「善司くん料理できるの?」

「簡単なヤツだったらな」


「う、私何もできない……」

 なんか、落ち込んでた。

 まぁせっかく来てくれたのに、凹ましたいわけじゃない。


「じゃあさ、先輩やってみ」

「え、熱くない。大丈夫?」

「大丈夫、後ろで見ててやるから」


 ベーコンと混ぜた溶き卵を熱々のフライパンに投下していく。

 黒の鉄板に、金の絨毯が広がって、ふんわりと、香ばしい匂いが広がった。


「油でも良いけど、やっぱりバター引くと、香りがいいんだ。腹へるだろ?」

「うん、うん。美味しそう」


 レタスを投下した後、先輩が危なっかしくフライパンをゆする。


「そこは、菜箸で混ぜたらいいよ。まだ固まってないしな」

「わ、わかった!」


 一生懸命、フライパンと格闘する先輩の横顔を見た。

 真剣だった。とっても一生けん命だった。

 それから、ほどなく。


「で、できたぁ! できたよ善司くん!」

 満面の笑みで喜ぶ先輩、可愛いなぁ。


 炊飯器からもピーピーと音がした。

 丁度、おかゆもできたみたいだ。


 ◆◆◆


 先輩と一緒にご飯をした。

 ホカホカのおかゆにうめぼし。

 二人で作った、卵レタス。胃に優しくて良かった。


「さて、食べたら善司くん、寝るんだよ!」

「……わかった。先輩も気を付けて帰れよ」


「え、何言ってるの? 私も一緒に寝るよ」

 

 は? 何言ってやがるんだこいつ。感染するって言ってんだろ

 そう言ったら、でも善司くん、心細いと思って……としゅんとした。


「わかったよ。でも適当なところで帰るんだぞ」


 俺の部屋に入った先輩は、中で目を輝かせていた。


「えっちな本とか……」

「ねぇよ」

 あっても、あんたに見つかるところには置いてねぇ。


「えー……、男の子はみんな持ってると思ったのに」

 俺は無言を貫く。まぁ、無くはないからな。


「善司くん、性欲モンスターだから部屋すごい事なってるのかと」

「まて、誰がモンスターだ」

「だって、激しいの好きじゃ……」

「うるせえ! 今はそういう話題したくない!」


 俺寝るから、先輩適当に漫画でも読んどけよ。

 と声かけると、明らかに不満そうな顔をされた。


「えー、一緒に寝る。そりゃ!」

 信じられんなこいつ。無理やり布団にもぐりこんできた。

 布団の中でもぞもぞした後、にょきっと顔をだした。


「私、もうちょっと上いくから、善司くん下ね」


 なんかポジショニング指図するなと思ったら、この位置はあれだ。

 先輩の胸に顔をうずめる形。

 そのまま、俺の頭を包み込んでおっぱいに押し付けられた、


「よしよし、えらいね。風邪ひいてるのに頑張ったね」


 なんで母ムーブ……と思ったが、先輩のふかふかと、頭をなでる手が心地いい。


「善司くん、寝ていいからね。安心しておやすみ」


 最近、先輩はなんだか、母性が重点。

 色々あったが、結局受け入れてしまっている。

 先輩と付き合って、3カ月が経過していた。

 俺たちは今も変わらず、仲良くやっている。


 結局先輩もそのまま寝てしまった。

 夜中に帰ってきた要兄貴に発見される事になる。

 

 当然、さんざん、からかわれたよね。



――――――――――――――

「悪いこと、教えてほしいの善司くん」ダブった先輩と訳アリチキンな俺の青春ピカレスク

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