第18話 3月の私と名前も知らない彼



 ◆◇◆藤原璃々音◆◇◆



 ワケわかんない!


 土壇場どたんばから救われた私、藤原璃々音は怒っていた。

 それはもう、ぷんぷん。理由は簡単。

 何もわからないまま、全部終わってしまったから。


 目の前に犬のうんちが100個くらい落ちてたのを発見したみたいなしかめっ面のお兄さんに、車に強引に乗せられて家に戻ってきた。


 そしたら、お父さんとお母さんがめちゃくちゃ謝ってきた。


 謝られただけじゃない。めちゃくちゃビビられてた。

 なんでよ。家出して、心配かけたのは私なんだけど……。


 お母さんなんかもっと酷い。

 真っ青な顔になって、泣きながら土下座するの。


 無事でよかった。無事でよかったって。

 何か私の知らない話があったらしい。

 なんとなく私にもわかった。


 そのあと、二人は、毎日私にビビりながら暮らしている。

 仲良くできるかなと思ったんだけど、残念だった。

 気を使われ過ぎて、居心地が悪い。


 いったい誰に何を言われたんだか……

 と思っていたら、すぐに理由が分かった。


 携帯に見知らぬ電話番号で着信があった。

 恐る恐る出てみると、

『怪しいものではありません。貴女の本当のお父さまからの使いです』

 なんていう。外で会えないかって事らしい。


 無視しても良かったけれど、知りたいことが沢山あった。

 怖い思いもいっぱいしたし、このままで有耶無耶うやむやにしたくなかった。


 なので会った。

 やってきたのは、どこにでも居そうなスーツを着た真面目そうな女の人だった。


 「もうご存じかと思いますが、貴方の本当の父親は、政治家の和歌宮議員です」


 知ってた。


 「ですが――、先生は貴方を認知もするつもりもないし、今後一切あなたに関わってもらいたくないと言われています。もちろんこちらからも関わる事はありません」


 それも知ってた……。

 まぁ、そうよね。とは思う。


 ずいぶんな言いぐさだとは思ったけど、それはわたし的にも都合がいい。


 だいたい、私が気に入らないのは、今のお父さんとお母さん。

 あと八つ当たりで死んじゃった、本当のお母さんにだ。


 会ったこともない、生みの父なんてほんとーにどうでもいい。


 だいたい、ニュースで見てもいつもニヤニヤうすら笑い浮かべて、信用ならない政治家だなぁと思っていたくらいだ。

 そんな人が本当の父親だって言われたって実感もないし、どうでも良い。


「では、合意ということでこちらにサインを……」


 その人が出して来たのは、お互いに干渉しない。血縁を主張しない。血縁関係を他言しない、などの約束事が書かれた誓約書だった。


 私は別にどうでも良かったから、さっさとサインをしてしまう事にした。

 この先何があっても、こんな奴を頼る事なんてないと思ったから。


「ちなみに、もしも、この約束を破ったらどうなっちゃうんですか?」


「さぁ……、それは私共わたしどもではわかりかねます。ただ、貴女と貴女の周りに何かご不幸が起こるかもしれません」


 さらっと脅された。

 政治家こわ…… 

 この先、何があってもあの人だけは支持しないでおこうと心に決めた。


「あの……私を助けてくれた人たち、誰なんですか? あとつかまってひどい目にあってた女の人、大丈夫だったんですか?」


「それも、私にはわかりかねます。――いや、女性の方は聞いていますよ。保護されて現在治療中ですが、命に別状はないそうですよ」


 良かった。あの時はほんとうに怖かったから。

 あの子がひどい目に遭うのを目の前で見せられて、『お前もこうなるんだ』

 と脅された。あの恐怖は忘れられない。

 今でもたまに夜中に飛び起きる。


「最後にこれを――」

 渡されたのは小切手だった。3と、0が一、十、百、千、万……


「三千万円!!!!!?????」


「お静かに。人が見ています。先生からの手切れ金です。貴女に援助するのはこれが最初で最後だそうです。先生はおっしゃられました。貴女にはそれを受け取って一切を忘れてほしいそうです」


「でも、こんな大金……」

 受け取れない――と言おうと思ったとき、その人は重ねて言った。


「貴方のお母さま、鈴華すずか様。先生は、本当は愛していらっしゃったそうです。ですが、先生のご事情があり、鈴華様とは一緒になれなかったそうです」


 ――このお金は、今は亡き鈴華様への慰謝料だと思って、納めてほしい。

 と、その人は結んだ。


 そこまで言われたら、受け取るしかなかった。



 ◆◆◆



 なんだか、すっきりしてしまった私は、久しぶりに学校に顔を出すことにした。


 しばらく不登校をしてたから、授業はさっぱりだったし、周りからヒソヒソと噂をされた。

 めんどくさい……。

 どうでも良いよ。こんなの。


 私は、あの一件から、どうにも肝がすわってしまったみたいだ。


 それよりも私は、やることがあった。

 あの人。あの蓬莱とかいう最悪なヤツに殴られてしまったあの男の子を探さなきゃいけない。


 最後にあったのは、私がさらわれた時だけど、そのあとに助けに来てくれたあのヘルメットと警棒を持った強い男の人。あれ、多分彼だ。


 抱きとめてくれた力の入れ方が、あのホテルの時の抱きしめ方と一緒だったし。

「大丈夫」と言ってくれた声も多分一緒だった。



 もっとしっかりお礼を言いたい。

 私のヒーロー。ケンドーマンとかいうふざけたアカウント名の彼。

 気が付いたらブロックされてて、連絡がつかなくなってた。

 ふざけんなって思った。


 彼、やっぱり私と同じ高校生くらいなんじゃないかな? 

 とりあえず学校中で男の子をジロジロと眺めまわしてみた。


 違う、違う、違う。


 毎日、学校中の教室を覗いてまわる。

 一年生から三年生まで全部見たけど彼は見つからなかった。



 ダメか――と思っていたら、女の子にトイレに引っ張り込まれた。


 いきなり来て、あんた何なのよ、男ばっかりジロジロみてキモっ。

 ビッチは学校くんなよ。ちょっと可愛いからって調子のんな、らしい。


 最初は無視してたけど、だんだん、激しくなった。

 水もかけられたし、物も隠された。

 いい加減にしてほしかった。


 なので、殴った。ぐーぱんで。

 一人ずつ順番にぶん殴って、蹴っ飛ばしてやった。

 淡々と暴力をふるう私に、恐怖を抱いたのか、無抵抗でやられていた。


 どうも私もおかしくなってしまったらしい。

 暴力をふるうのに自分でもびっくりするほど躊躇ちゅうちょがなくなってた。


 で、晴れて私も謹慎処分。不登校の時の分と合わせて留年確定。

 しょうがないよね。


 で、ふてくされて、パソコンをいじってた。

 ふと思って、剣道の大会を調べてみた。

 彼のアカウント名はケンドーマン。

 それに彼、すごい強かった。剣道経験者なのかも、と思った。


 その予測は大正解! 


 綿見善司 

 その写真はずいぶん幼い感じだったけど、確かにあの人だった。

 なんと、中学校で全国大会3連覇してた。


 天才少年とか言われてたけど、暴力事件を起こして、剣道をやめたらしいとも書いてあった。


 ええ? 今うちの高校に居るし! 一年生!? 年下!? な、生意気!!

 

 「綿見善司くん……かぁ」


 彼にまた会える。

 私はがぜんやる気が出てきた。生きる希望が生まれたんだ。


 ◆◆◆


 そして新学期。


 クラス分けを見た時、飛び跳ねて喜びかけた。

 なんと同じクラスだったんだもん。

 

 でも彼は、何やったのか停学中だった。

 私の方が明けるの早かったから、ずいぶんやらかしたのかも。


 彼が登校するのを今か今かと待っていた。

 停学明けの善司くんは、眠そうでだるそうな顔をして、自分の机に座った。

 学校で会うとなんか変な気分。しかも年下。どう接したらいいのかな。

 どうせなら、劇的な再開をしたい。


 私は背筋を伸ばして颯爽さっそうと歩く。

 どう? 私あんなことあったけど、君のおかげで前向いて生きていけてるよ。

 全部君のおかげだよ。

 でも、君にまだ、お礼言えてないから。

 私を見てほしい。知ってほしい。


 さりげなく、席にすっと座った。

 この席は、初日に無理言って変わってもらった。

 私があんまり必死だったから、元々のこの席の子びっくりしてたっけ。


 彼が、緩んだ顔で頭を上げた。

 さぁ、私を見て。そして思い出して。


「久しぶりね。綿見わたみ善司ぜんじくん、であってるよね?」


 彼――善司くんはマジか……って顔をしてた。

 

「――ウケる。なんでこんな所にいんすか先輩。結局ダブったんすか」


 うん。そう。


 君は、スパイみたいなことしたり、人を棒で殴りつけたりするような世界の人なのかもしれない。でも、すごく優しくて、すごく強いスーパーヒーロー。


 善司くんはそういわれるの嫌がるだろうけど。

 だから、私も善司くんみたいになりたい。嫌な事、ムカつくこと全部ぶっ飛ばせるようになりたい。そして君と一緒に居たい。


 だから善司くん。私に、悪い事を教えてくれないかな――?


 

 ◆◇◆

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