第14話 2月の先輩と俺4
藤原璃々音を見つけたのは、
絡んでいたのは、ラフな格好の男が二人。酔っ払いだろうか?
ニヤニヤと下心の透ける笑いを浮かべながら、彼女の手首を取っていた。
「やだ! 放してよぉ!」
「いいじゃん。ちょっとぐらい付きあえよ」
こんな所に来るから、ガラの悪いのに絡まれるんだ。
彼女はいつぞやのジャケット。でもその下は、ゆったりとした厚手のワンピースにスニーカーだ。ちょっとコンビニ行く感じの
そもそも、なぜこんな所にいる。
死にたいなら、林とかビルとか、もっとひと気の無いところだろうと思ったが、今は無事見つかったことを喜ぶべきだ。
背後から割って入る。男たちから、彼女を引きはなした。
「すいません。俺の連れなんです。はぐれてしまって……勘弁してもらえませんか」
姿勢を正して、頭を下げる。
声に圧はかけるけど、できるだけ
「――んだよ、女の面倒ぐらいしっかり見とけよ!」
そうい言い捨てて、男たちは去って行った。
残されたのはバツの悪そうな顔をした先輩だ。
「なんで、君……」
「…………」
無言で彼女の顔を見つめた。
先輩は「う……」なんてうめいて黙り込む。それをみて――
べちんっ
「いったぁ!??」
先輩が額を押さえて座り込む。
俺の渾身のデコピンが襲ったからだ。
「軽々しく、死ぬとか言ってんじゃねー」
普通に心配するだろうが。
死ぬってのはなぁ……死ぬって事なんだぞ。
「う、う、う……痛い、なんでこんなに痛いの……?」
「痛いって事は、生きてるって事だよ。人に迷惑かけてんじゃねぇ」
まぁ、痛いのは単純に俺のデコピンが強いからだが。
兄貴譲りの弾丸デコピンだ。
そのまま先輩の手を引き移動する。
どこへ行けばいいだろう。
先輩の家に連れ帰るのはすぐは無理だろう。
なら、どこかの店か? 見回してみる。
いかがわしい店はあっても、俺たち高校生が落ち着ける場所なんてない。
下手に警官に見つかって補導されたら面倒だ。
繁華街のネオン灯は、俺たちみたいな、場違いガキには優しくない。
「まって、まってよ……」
立ち止まった先輩が手を引き抵抗する。
「どこ行くの? 私、帰らないから」
先輩は、ずいぶん泣いたんだろう、両目のまぶたを腫れぼったくさせていた。
強い意思をもって、俺を睨みつける。
「わかったよ。でもこんな所に居たらだめだ」
「なんで君がそんなこと決めるの」
服の
テコでも動かないぞという意思表明。
「
怒鳴る先輩はまるで子供みたいに見えた。
「わかったよ。じゃあその理由、聞かせろよ」
もちろん、兄貴に聞いて話は理解してる。
けど、先輩はそれを知らないだろう? それに話すことで落ち着く感情もある。
「こんなところで、話せない……」
こんなところ……と見回す。
まぁ人通りもあるしな。
だが、周りに落ち着けるような場所なんて……。
「…………あそこ」
「はあ?」
先輩が指さしたのは、ちょっと古い薄汚れたビル。
何の
ご休憩3時間/6000円 ご宿泊/12000円
「連れていって」
先輩の顔を見る。
とても、茶化したり、断ったりできるような雰囲気じゃなかった。
◆◆◆
「外で凍えたから、シャワー浴びる」
部屋に入って早々、先輩はシャワールームに行ってしまった。
跳ねる水音を聞きながら、俺は
一番安い部屋をと思ったが、真ん中の値段の部屋しか開いてなかった。
大型のテレビにダブルベッド。
控えめに間接照明が灯る室内は、薄暗くて、なんだか背徳感があった。
「こんな物も、あるのか……」
枕元にはコンドームとマッサージ機。
そういう事にも使えるのはもちろん知っている。
高い部屋ってのは、いろいろ揃っているものらしい。
「どういうつもりだ、あいつ」
そういうことなのか?
確かに気に入られるようにはしていたが。
それでも、俺はこんなのは望んでない。
「お待たせ」
気が付くと、バスローブを羽織った先輩がいた。
髪は適当に拭いただけ。肌はほんのりと上気していた。
「服着ろよ。風邪ひくぞ」
「いいの。必要ないでしょ?」
そう、笑った先輩は、大人っぽくて妖艶だった。
「さむいな……。ベッドの中はいるね」
俺が何か言う前に、ごそごそと潜りこむ。
「ほら、君もおいでよ」
掛け布団からぴょこっと顔を出して手招きする。
「言っておくけど、そういう事はしねーからな」
「えー……、据え膳だよ?」
「駄目だ」
拒否する俺に先輩は「ちぇー」と口を尖らせる。
けれど、そんな態度は、無理をしているだけなのを、俺は知っている。
「話せよ。横で聞いててやる」
一応ベッドには入った。
先輩の顔が真横に来る。息遣いが聞こえる。
薄暗がりの先輩は、表情こそ読めなかったが、びくりと体を震わせたのはわかった。ほら、無理してるじゃねーか。
「で、なんで死にたいんだ?」
俺の
――前に、お母さんは本当のお母さんじゃないって話はしたよね。
あれから、また喧嘩してさ。お母さんが怒鳴ったの。
「あんたなんか、あの人の子供でもないじゃない!」ってさ。
言われた時はどういう意味か分からなかった。
けど、また夜に、お父さんとお母さんが喧嘩してたんだ。
いくら貰ってるの。とか、お金を積まれて育ててるくせに! とか。
聞いていたら、どうも私の事を言ってたみたいだった。
私ね、知らない誰かが、死んじゃったお母さんに生ませた子供だったんだって。
今のお父さんは無関係。でも、本当のお父さんの人にお金を貰って、お母さんと私の面倒を見るように頼まれてたって。
お母さん――今のお母さんの方ね? はそれを知ってしまって、それが気に入らないみたい。黙ってたし、もらったお金もたくさんだったから、許せないって。
馬鹿みたいよね。
お母さんが本当のお母さんじゃないのは、小さいころに聞かされてたけど、それでも、ここまで家族してたのに。
お金って怖いね。
お母さんの不倫相手がね。私の事、お金の生る木だって言ってるらしいの。
だから、一緒に行こう? っていうのよ。
昨日まであんなに喧嘩してたのに、猫なで声でね。
そんなお母さんが気持ち悪くって、ついつい思いっきり引っぱたいちゃった。
――そこまで話した、先輩の目は、止めどもなく涙であふれていた。
「私って何なのよ。お父さんもお父さんよ……。味方してくれないの。嫌そうな目で私のことみるのよ」
――だから、もういい。あの家には帰れない。
先輩はそういって、俺の背に手を回した。身を寄せ、抱きしめる。
暖かい体温と、柔らかさ。息遣いを真近に感じた。
「シャツ、脱がすね」
ひとつづつ、俺のシャツのボタンを外しだした。
先輩の冷たい手が、あらわになった俺の胸板をなぞる。
部屋の間接照明が消えた。一段暗くなる。先輩の顔もろくにわからない暗さ。
俺が消したワケじゃない。先輩が消したんだ。何のために?
「ねぇ、君。名前も知らない君。君はどういう理由で私に近づいたの?」
仰向けのままの自分に先輩が馬乗りになった。
乗せられた太ももとお尻が柔らかで、意識がついついそっちに向かいかける。
「もしかして、お金関係? 私知ってるの。お母さんの浮気相手が悪い人だって。お母さんのスマホ見たからね。本当のお父さんを今、脅してる最中なんだって」
俺は何も答えない。
「そうでないなら、なんだか可哀そうでチョロそうな女がいたから構ってただけ? 簡単にやれそうだなって? お生憎様。めちゃくちゃ重いでしょ? めんどくささには自信があるわ」
確かに重い。でも、そうじゃないんだ。
「でも、それでも――ううん。なんでもいい。私もう、どうでも良くなってるから」
見上げる先輩が、バスローブを脱いだ。
薄明りに照らされる先輩の裸は、光量が少ない中でも、白くて艶やかだった。
大理石の彫刻みたいな肌。豊かに膨らんだ胸と、細い腰。
悲しそうに伏せる小さな顔。流れる、漆黒の長い髪。
「全部、奪って。めちゃくちゃに壊して。思いっきりひどい事してくれていい。一生消えない傷とか良いね。何なら、殺してくれてもいいよ。そのあとのこと、お願いすることになっちゃうけど」
最悪な気分よ――、君に出会えた事と、最後が君だったのは、唯一良かったかな?
と先輩は、悲壮感たっぷりに笑った。
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