第13話 2月の先輩と俺3
2月の先輩の続き。
ここから先輩にとって、ちょっとつらい思い出だ。
それは、底冷えのする、28日の夜22時ごろ。
先輩が家出した。
『もう家にいられない。私はあの人たちの娘じゃない』
そんなメッセージが届いた。
もう、死にたい。何もかも嫌になった。自分は一人なんだと絶望した。
続けてそんな文面が、こっちの返信も待たずに書きなぐられていた。
遊びに連れ出して、アプリのアカウントを交換した。
そのあとも何度か、素性を隠したまま遊んだ。
家族に対する愚痴やなんやを適当に聞き流したり、時々同意したりコミュニケーションは続けていた。
徐々に心を開いてきたかな? と思った矢先の出来事だった。
何があった? 絶対死ぬな。まずは、話を聞かせろよ。
と必死で書き込む。
だが返事は。
『ありがとう。さようなら。もう会えません』
だ。
「――くっそ! ヘラってんじゃねーぞ!!」
思いっきり舌打ちをして、兄貴にも連絡。
藤原璃々音が家出した。自殺する可能性もあるかもしれない。
兄貴の
「はぁ? まじか……。こっちも丁度お前に連絡した方が良いなと思ってたところだったんだがな」
電話口の兄貴の口調は、忌々しそうだった。
「どうかしたのか?」
「
「はぁ? あの子に何かするつもりなのかよ?」
「わからん。だが、何かあったらまずい。こっちでも探してやる」
だから、とりあえず善司よ。お前一回、事務所にこい。
と兄貴は言った。
◆◆◆
場所は、綿見探偵事務所だ。
煙草と
今、藤原璃々音を取り巻く状況は最悪だ――
そう、兄貴は言い放った。
「こうなったからには、お前にも全部説明してやる。後々、なんでなんでと聞かれるのはうっとおしいからな」
引っ張り出して来たホワイトボードを前にして、兄貴は淡々と語りだす。
ホワイトボードには、いくつかの写真。
「まず、血縁上の父親の
和歌宮祥三
それは、大臣経験もある大物国会議員の名前だ。歳は53。政治家としてはそこそこ若い方だ。2世議員らしく、若い時から政界で活躍している。
長身かつ、甘いマスクでテレビでも人気があった。
クリーンな政治を掲げ、次期選挙後は、二度目の大臣任命も噂されているらしい。
その和歌宮の写真から黒い矢印の先に貼ってあるのは、20歳そこそこの美人だけど、悲しい目をした女の写真だ。どことなく、先輩に似ていた。
「次はこいつだ。足立
まったく、お偉いさんはクソだな――と、兄貴は馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「17年前、うっかり鈴華を妊娠させた和歌宮は、関係を断って鈴華を捨てることにした。普通、中絶でもさせるもんだと思うがな。何でかは知らんが、殺されることなく生まれた女の赤ん坊が――」
――それが璃々音先輩。
複雑な家庭事情を抱えた、俺の監視対象だ。
兄貴に命じられたのは、お偉いさんに関係のある女を一人、見張れ。というもの。
なんなら仲良くなった方が有利だと言われていた。
政治家の隠し子……、それが彼女だったのか。
だが、疑問も生まれてしまう。
先輩は本当のお母さんは、2歳の時に死んだと言っていた。
お父さんの事は何も言っていなかった。
「あの子は、母親は義理だって言ってた。父親も違うって、知らされてなかったのか?」
彼女の送ってきた文面を思い出す。
『もう家にいられない。私はあの人たちの娘じゃない』
家出したのは、知ってしまったからなんだろうか。
「ああ。璃々音の出生の秘密は厳重に
兄貴が、ホワイトボードの一角を叩く。
彼女のお母さん、鈴華の横、平凡そうな顔をした男の写真が貼ってあった。
「璃々音の義父、藤原
――だが、問題が起こった。と兄貴は続けた。
別の女の写真をマーカーで小突く。
写真の下には、藤原遥と書いてある。
藤原ということは、先輩の義理の母だろう。
「この女が盛大にやらかす。鈴華亡き後、藤原家に入った女だ。大志が隠していた璃々音の出生の秘密を何でか知っちまったこいつは、浮気相手の男に漏らした。そして、その男が最悪だった。秘密を知ったこいつが、和歌宮を脅しやがった」
その対応として雇われたのが、俺というわけだ。と兄貴はいう。
先輩の秘密を餌に父親を脅した人物。
スキャンダルを嫌う政治家から金を引き出そうとした男。
少し離れたところに書いてある文字。そして写真。
蓬莱……
「なぁ兄貴、なんて読む?」
「ああん? 学のねぇやつだなぁ。ほうらいって読むんだよ。まぁ人名だ」
お前ちゃんと学校行ってんのか? しっかり勉強しろよガキ。
と兄貴は笑った。
その学生を、平日からバイトと称してこき使ってるのはどこのどいつだよと思ったが、ここで喧嘩をしてもしょうがないから黙っておく。
それよりもあの子が気がかりだった。
「善司ぃ、お前最近、璃々音の近くに怪しい奴は居なかったか?」
「いや、あの子はほとんど家に居たし、外に行くときは俺がついてったから。そういう接触はなかったよ」
そうかよ。と続けかけた兄貴は、スマホを取り出し――
メッセージがあったらしく、にやりと笑った。
「お嬢ちゃんが見つかったぞ」
「どこだ? 迎えに行く」
「ああ、行ってやれ。ほかのバイトに見張らせてるが、知らんやつに声かけられたら逃げるだろうからな」
そういって、手元のスマホを投げてよこした。
画面には、治安の悪い繁華街の通りが記されていた。
「お前はもう行きたいだろうから
兄貴は、やたらデカいバックパックを投げてよこす。
「こんな時のお前だ。守ってやれ。
俺は先輩を探して、夜の街に飛び出した。
走りながら、バックパックの中から漆黒の防刃ジャケットを引きずりだす。
バックパックの中には、他にもいろいろ入っている。
だけど、できれば出番が無い事を祈った。
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