第12話 二人の変化 出遅れたひつじ


「坂又さん、この間はごめんなさい。私が大人げなかったわ」

 申し訳なさそうな顔をした先輩が、ひつじに頭を下げる。


「い、いえ、こちらこそ、です……。先輩も、なんか、ごめんなさい」

 対するひつじも、少しばかり先輩にびびってる感じがあったが。受け入れた。




 俺と先輩は、ひつじにどう対応するかを事前に話しあっていた。

 俺たちが付きあったと言ったあと、おかしな行動を取りだした。どう思う? と聞いたら、先輩にそんなことも分からないの? みたいな顔で呆れられた。

  

『善司くんって、意外と、鈍感だったんだね……』とも。


 先輩が言うには、ひつじは俺の事が好きだったんだろうと言った。


 今までそんな素振りはなかったぜ。と反論したが、先輩は涼しい顔で、隠す恋心もあるのよ。と笑った。


 なんだか、年上の余裕を出していたが、あんたこそずっとテンパりまくってた癖に……と思う。


『俺は、ひつじに何を話せばいい? 気づかなくて、ごめん。とかか?』


 先輩に提案すると、叱られた。

『傷をえぐる真似しないであげよ。そんなことされたら、彼女きっと立ち直れないから、ね?』


 先輩の提案で、何も気づいていないふりをすることにした。

 そして、今まで通りの関係でいること。変に気にしないことを確認しあった。



 そして翌日。先輩が話したい事があると、ひつじを呼んだ。


 先輩が出てくる前に、ひつじに言っておく。


『あの人は嫉妬深いから、変な事しちゃ駄目だぜ。でもいい人だから、変に突っかからなければ仲良くしてくれるからな』と


『あ、そ……、まぁどうでもいいけど……。要するに善司と仲良くし過ぎるなって事でしょ。……もう何でもいいよ、何でも』


 と投げやりに言った態度が印象に残った。すまんなひつじ、と心の中で詫びた。

 でも、後々のためにも、しこりは残さない方が良い。

 俺としては、彼女と親友が、仲良くしてくれる方が嬉しいしな。


 


 そうして、俺たちに日常が戻った。

 今日は、屋上で昼ごはんを食っていた。


「それにしても、善司くんごめんね。取り乱して三日も学校休んじゃった」

 先輩が柔らかな笑顔を向けてくる。すっかり情緒も落ちついていた。


「まったくだ。結構、心配したんだぜ」

「ごめんね。でも、善司くんが家まで来てくれて嬉しかった。家の場所って、教えてたっけ」

 

「あー、2月の時にな。なんとなく覚えてた」


「そうなんだ。えへへ……、じゃあ今度またお家来てよ。一緒にごろごろして遊ぼ」


 一緒にごろごろ……、

 それってお誘いなわけ? 違うよなぁ。

 は来週って言ってたもんな。


「あー、うーん。親御さん大丈夫なのかよ?」

「良いよ。好きにしたらいいって言われてるから」


 にっこにこの先輩を見ると、そういう意図では無さそうだ。

 単純に家でデートしようって事みたいだな。

 まぁそれもいいか。

 先輩の部屋。先輩の匂いがいっぱいしてすげぇ良かったし。

 正直、ずっとあそこに住みたい。


 俺としては、来週が待ちきれないんだが、それまででも、もっと一緒に居たい。なんかいい方法ないか? とか思ってたら、いい事を思いつく。


「どうせならさ、朝一緒に学校行かね? 俺の家から先輩の家って少し遠回りすれば寄れるんだよな。自転車だから、後ろに乗せてやるよ」


「え!? いいの! 嬉しい! 善司くんが迎えに来てくれるの?」

「ああ、早起きは得意だしな」


「そうなんだー、へへへ。すっごい、楽しみ……」


 そういって、先輩が指を絡ませて来る。俺ももちろんそれを受ける。先輩の手って、ちっこくて、柔らかくて、白くて、すべすべなんだよな。

 男の手とこんなに違うのかよと思って、握るだけでもドキドキする。


「今日さ、帰りにどっか寄る? 先輩なんかいいとこ知ってる?」

「うん。あるよ。最近ネットで話題のトコ。美味しいやつ。善司くんと行きたいなって思ってた」


「おっけー、じゃ、学校終わったら行こうぜ」

「別にさぼっても良いんだよ? 悪い事いっぱい教えてくれるんでしょ? カ・レ・シさん」


「くっそ、この野郎。煽んなよ。先輩、可愛いじゃん。ったく」


「なぁに、それ? へへへ。私、襲われちゃう?」


「あんまり煽りすぎるとな」

 俺は先輩の、柔らかなほっぺをふにふに。

 先輩も、満足そうな顔でなされるがままだ。


「ねぇねぇ、善司くん、ねぇねぇ」

「なんだよ、めっちゃ甘えるじゃん」

 先輩の甘えが心地いい。なんだか、俺も少し変わってしまったみたいだ。





「あーー、あああああ! あーーーあああーーーあああ!!!!」


 突然、ひつじが大声を上げた。

「私も、いるん、ですけど!?」


「「あ、ごめん……」」


 と二人で謝った。


「はぁぁぁ……、お邪魔みたいだからね……。ひつじはもう行くね……」


 ひつじが去っていく。

 あー、すまん。ちょっと目に入ってなかった。

 すまん、と心の中で謝った。ダメだな。だいぶん浮かれている。

 けど、先輩可愛いんだよな……

 



 ◆◇◆◇


 


「――――って事なんだよ! おかしくない??? いくら何でも変わりすぎじゃない!!??? ニヒルで人間不信のぜんちゃんどこ行ったのよぉぉ!!???」


 場所は変わって、校舎の外れ。坂又ひつじは、トコトン荒れていた。


「うんうん。ひつじ殿の気持ちも分かるですよ? どーどーどー」


 特に共感。時に傾聴。高ぶりすぎたときは、それとなくなだめる。

 何とか彼女の心が暴走しないように手綱を握る。ひつじの側には、少し天パが入った少年がいた。

 彼の名は、椨木丈助たぶきひろすけ

 この間、ひつじに振られたばかりのその人だ。


「ひつじはさぁ、ひつじはね? ずっと前から好きだったんだよ!? 小学校ぐらいからずっと気にしてたのにぃ……」


(はぁ、それはずいぶん昔からの片思い。年季が入ってますなぁ……)


「ねぇねぇねぇ! たぶやん聞いてる!? ひつじの話聞いてよぉ!」

「はいはい。聞いてるでござるよ」


 ぜんちゃんはね、ぜんちゃんはね? と次々と幼馴染のエピソードを矢継ぎ早に語るひつじだ。

 ぜんちゃんこうだった、ああだった。今は恋愛とか興味ないんだって思ってたのに、ぽっと出の女にかっさらわれた。なんかいつのまにか、善司もデレデレしてるし、もうつけ入る隙ない感じ。私どうしたらいいの……!


 なんて愚痴が出るわ出るわ、次々と。


(ひつじ殿、よっぽどうっぷんが溜まってたんでござるなぁ……。まぁこれでは、自分の出る幕はなかったんですなぁ)


 ――そう、今までは。


「でもまぁ、そこまで見せつけられては、もうどうしようも無いですなぁ」


「うう、うぐぐぐ……。うー! うー! うー!」


 身もだえるひつじ。

 完膚なきまでに、負けヒロインだ。


「スパッと諦めたほうが身のためですなぁ……。突っかかっても、良い未来は見えないでござるよ」


「わかってる。わかってるけどぉぉ……」


 悔し涙か。ひつじの目からはボロボロとしずくが零れる。


「ぜんちゃん、ぜんちゃん、好きだったんだけどなぁ……、出遅れちゃったぁ……」


 ぐずぐずと泣き続けるひつじの隣に、丈助ひろすけは黙って座っていた。

 砕けた恋心は、時間が癒すのでござるよ。

 今はただ、泣くが良いのです。


「お疲れ様。ひつじ殿」


(まぁ、自分としては、なんぞ急に光明が見えてきたでござるが? 弱った女の子に、つけ入るのは卑怯とは云え、弱きを突くのは戦場の掟。幸い、自分はいいタイミングでいい位置に居ましたなぁ)


「なんか、たぶやん、にやにやしてない……?」

「いえいえ、めっそうもない」


 あんまり顔に出ると、よろしく無いと、丈助は気と引き締め直す。

 ここはあくまで静かに寄り添うが肝要よ。


「うー……、あー……」


 しばらく泣いて、落ち着いたのかひつじは虚無な顔をして、唸っていいた。

 バイオのゾンビみたいでござるなぁと丈助は思ったが、口をつぐんだ。


「ひつじも、恋したかった……」

「それ、こないだ、フッた自分に言うことでござるか……?」


 ぼそっと呟かれた言葉に、ツッコミを我慢できなかった。


「うるさいいい……」


 そういうとこですぞ。ひつじ殿……。

 ひつじ殿、絵は上手いし、コミュニケーションお化けでござるが、致命的なところで、ポカするでござるな。聞けば、ぜんちゃんとやらの背中を押したのもひつじ殿自身であるらしく。


 まさしくドジっ子属性。


「善ちゃんね、すっごい幸せそうな顔してるの。あれ見たらもう何にも言えないよぉ」


「もう、手遅れですからなぁ……」

「うー……」


「自分はまだ、空いてるでござるよ」

 丈助はそれとなく言ってみた。やらずに後悔するより、やるアピール。

 一度ひつじにフラれた事で、この男も幾分いくぶんタフになっていた。


「………………考えとく」


「え?」


「うるさいうるさい、無いって言ったもん」


「そうでござるか」


 まぁ、聞こえたでござるが。

 首尾は上々。今後の頑張り次第ですな。と、丈助は思った。


「ところで、ひつじ殿。この間、下読みしてもらった、小説が、ランキング登りはじめましてな」


「え、すごいじゃん! 今何位? え、表紙? すご!! 書籍化いけるんじゃないの??」


「それは、時の運ですからなぁ。こっちはマイナージャンルですし」


 ひとしきり、話を聞いた事で、ひつじの心も少し落ち着いたようだ。

 こっちはこっちで、青春の予感がしていた。



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