第10話 藤原璃々音は顔が見れない

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 りりりん@たぬラブ勢 2日前

 やらかしたやらかしたやらかしたやらかしたやらかした


 りりりん@たぬラブ勢 2日前

 ああああああああああああああああああああああああああ

 もうやだ死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい!


 りりりん@たぬラブ勢 1日前

 う、また思い出してきた

 やだやだやだやだ 

 もう、顔みれないし、なんて話したらいいかわかんないし


 りりりん@たぬラブ勢 18時間前

 どうしよう、また学校いけなくなった

 せっかく復帰できたのに

 タスケテタスケテタスケテ


 ――――――――――――――――――


「何やってんだ、あのポンコツは……」

 俺は地獄みたいな気分で、携帯から顔を上げた。

 ため息も出るってもんだ。全然連絡返さねぇからどうなったのかと思ったらこれだ。


 電撃的な『けん制のディープキス』から3日後。

 先輩はまた学校に出てこなくなっていた。


 心配して、メッセージを送っても既読はつくものの、返事はない。

 大丈夫かよと思って、以前調べた先輩のツイッターを覗いてみたらこんな状態だった。


 他のフォロワーからも

 ・大丈夫?

 ・なにがあったか知らないけど、死んじゃダメだよ!

 ・話聞きたいです。このアカウントまで個メください


 なんてコメントがついている。

 でもよぉ、最後のやつ、ヤリ目アカウントじゃね?

 先輩、こんなんに引っかからないだろうな……。

 あの人のことだからあり得るかもしれん。だいぶんチョロいからな……


 ひつじも、先輩にビビってよそよそしくなっちまったし、俺としてもこの状況は何とかしなくちゃいけないと思っていた。


 まぁ、一応、彼氏だしな。

 というわけで、金曜日の午前中から、先輩の家にやってきたわけだ。

 ちなみに、俺の授業はサボり。





           (先輩、今家にいますか?)

                (もしもーし?)

               (生きてるかー?)

                (返事しろコラ)



「今日は既読すらつかねぇし。通話も出ねぇし」


 やれやれと思いながら、玄関先まで移動する。

 チャイムを押しても返事なし……。

 試しに、ドアノブを捻ってみるが、当たり前のように鍵が掛かってた。


 土曜日のこの時間は、親御さん仕事だからなぁ。

 先輩も居ないのか? と思ったが、外から見ると先輩の部屋の窓は少し開いてる。

 換気でもしてんのか? 居そうな気配はあるけどな。


 どうすっかなぁ……。

 このまま帰ってもいいけど。

 でもほっとくと何するか分かんないからなあの人……


 先輩の家は、木造2階建てのよくある建て売り住宅だ。敷地ギリギリ建物が立っていて、先輩の部屋は角部屋の2階、近くには電柱と壁。


「まぁ、いけっかな……」


 目算で距離を測り、動きをイメージする。

 手をどこに掛けるとか、足場はどことか。

 動きやすい格好をしてきてよかったよ。

 軽く跳ねて、ストレッチ。

 手早くやんねーとね。

 通報されると厄介だから。


「よっと」

 俺は、電柱に足をかけて、一気に壁をよじ登る。



 ◆◇◆◇


 藤原璃々音は煩悶はんもんしていた。懊悩おうのうとしていた。

 どちらも、悩みもだえるという意味だ。

 布団にくるまり、ゴロゴロゴロ。時おり奇声も発していたかもしれない。

 彼女は自らの行いを思い出して、赤面しては、いたたまれなくなっていたのだ。


 “その日”は得意満面だった。やってやったぜ! と思っていた。

 “わからせて”やった 幼馴染がなんぼのもんじゃい! 


 だが、一晩明けて朝になって、登校の準備をしていた時。

 突然冷静になった。


 サァーっと 血の気が引いた。


 私はいったい何をやらかした?

 まだ付きあって2日目の彼氏の前で?

 彼の幼馴染に喧嘩吹っ掛けて?

 勢いで見せつけるみたいにキスして?

 さらに初キッスだったのに、がっつり舌入れて絡ませて??!?!?!?


 頭おかしいのか???? 

 控えめに言っても特大の地雷ムーブをかましたのでは!!!?????


「す、捨てられる…………?」


 そこまでいかなくても、嫌われたか、引かれたかもしれない。

 そう思ったら、もう学校なんて行けたものじゃなかった。


 

 それから3日間、璃々音は体調が悪いと嘘をついて休んでいる。

 家族は困った顔をしていたが、元々事情のある家族だ。本人がそう言うのなら、と何も言わず仕事に行った。


 今日も朝から、寝たり起きたり、叫んだり。

 繰り返す思考と感情は今日もループする。

 それは、以下な感じ。



 ――――――――

 ――――――

 ――――


 ううう、私のばかばかばか……

 なんであんな真似をしちゃったの。理由はわかってるけどぉ。

 あの子、どう見ても、私に嫉妬してた。善司くんは付きあってる人とか居ないって言ってたけど、態度見てたらなんかわかった。

 あの子善司くんの事、絶対好きじゃん!


 だったら、絶対に“わからせる”必要があった。

 自分の縄張りを主張するみたいなもの。生存圏の確保。

 それはいい、その判断は正しいと思う。


 でも、だからって、舌まで入れたのはやりすぎた!!

 初キスだったんだよ!? ムードとかないの!?! どういう状況なの!!??

 やりすぎたやりすぎたやりすぎた………!!!

 ああああ、もう、顔見れないぃぃぃぃいいいいい!!!




 …………それはそうとして。

 キスは良かったな。善司くん、ぎゅってしたら、筋肉質で超体硬かった……。

 あれ、いい……。無限に推せる。

 ぶっきらぼうな感じとか、三白眼さんぱくがんとか良い。正直、顔もすごい好み。

 冷たそうに見えて、すごい世話焼きなところ好き。

 なんか、料理とかもできそう。あの外見でエプロンしてご飯とか作ってくれたら多分卒倒する。とっても、イイ……。


 ――――

 ――――――

 ――――――――


 布団の中でぐふぐふと悶えていた璃々音は、手探りで枕元に放り出してあった携帯を探した。ほどなく指先が触れ、布団の中に引っ張り込む。


 通話着信が来ているようだったけど、あとでいい。

 同じようにイヤホンを引っ張り込んで、お気に入りのASMRをセット。

 画面には、いつぞやの善司の写真。ボクサーブリーフ一丁で、しかめっ面のあれ。コンビニで大判プリントしようか迷ったが、家族に見られたら死ねると思い、泣く泣く断念した。


 布団の中でごそごそと…………

 ごそごそと――――



「――んう………、うん…………」

「あ、あ、あ、…………いい、そこ、いい…………」


「ううう、しゅきぃ…………善司くん、しゅきぃ…………」


「しゅき、しゅき、しゅきぃいいい、ううう、うううう、ぅ――――――」


 はぁはぁはぁはぁはぁ…………

 もれていた艶っぽい吐息が徐々に納まる。

 

 昼間っからお盛んだった。思春期の性欲はアンストッパブル。

 璃々音はしばらく、布団の中で放心していたが、


「ううう、あづい……」


 と言いながら、もぞもぞと動き出した。

 夏はまだ遠いとはいえ4月の日中はぽかぽか陽気だ。

 布団にくるまって、いたせば汗もかく。

 そういえば、窓開けといたけど声、外に漏れてないかな?


 なんて思いながら、布団から顔を出す。出した。出してしまった。


 


「よ、よう……、先輩こんにちは。えっと……その、元気だったか?」


 窓枠に足をかけて、今まさに部屋に侵入しようとした態勢たいせいの不審者。

 だがその視線は明後日を向いている。どことなく気まずそうに苦笑いをしているのは見慣れた三白眼。彼女の付きあいたての彼氏たる、綿見善司がいた。


「いやぁぁぁぁぁあああああぁぁ――――――――――――!?????」


 今日一の絶叫が、彼女の私室に木霊こだました。


 ◆◇◆◇




 ―――――――――――――――――――――

 ヒロイン無事死亡のお知らせ


 何か感想あったらお願いしマッスル。

 ライン越え? 何のことかなぁ……

 通報? お布団の中で腹筋してただけですよ。ははは。

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