第9話 VS坂又ひつじ


「ほわい!? つきあったって何?? 彼女ってこと? そんなマッハで?」

「……まぁ、流れでそんな感じ」


 先輩と脱衣トランプに興じた次の日。いつもの自動販売機の近くで、ひつじとばったり出会った俺は、先輩と正式にお付き合いを始めた事を報告した。


 ひつじとは、今までも身の回りで起こった色んな事をなんとなく報告しあう仲だったし、まぁ一応言っとくかって感じで伝えたんだが、思ったよりオーバーリアクションで返されて俺も面食らっていた。


「んだよ、向き合わないのは残酷だとかなんとか、さんざあおったのはお前じゃねーか」

「そ、それは、そうだけどぉ……。きゅ、急だったからさ……」


 いつものひつじとは違う、気弱そうな視線をちらちらと向けてくる。


「ぜ、善司はそれでよかったわけ?」

「あん? ……まぁ、別に好きな人とか居なかったしな。良いんじゃね? 先輩がそうしたいなら」

「そ、そういう感じでいいんだ。善司って……」


 深刻そうな顔で陰の気配を放ち始めるひつじを見て、そういえば、小学校まではこいつ、こんな感じの奴だったな――と思いだした。

 元々、陰キャも陰キャ。引きこもりがちだった少女時代。よくもまぁ、ここまで変わったもんだ。


 まぁ、こうして先輩と付き合ったのも、ひつじのおかげだ。こいつの言葉がなかったら、俺はまだまだ逃げ続けていただろうからな。

 感謝の一つもしとくのが筋だろう。


「お前のおかげだよ。あの後押しが無かったら、こうはならなかったしな。礼を言っとこうかなと思ってよ。ありがとうな。親友」


「――――――っぐっはぁ!!!!!!!!????」

「ど、どうした!?」


 飲んでいた飲料を盛大にふきだしながら、いきなり、ひつじが仰向けに吹っ飛んだ。

 オロオロとする俺を尻目に、ゾンビみたいにゆっくり起き上がると、 


「ちょっと待って、まって……。訳わかんない。頭の整理させて……」

 と頭を抱えてうずくまり、ぶつぶつと何かを呟き始める。


「――なん――あの時あんなこ――、善司だったらぜった――無いと思って――」


「あ、あの? ひつじさん?」

「あああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 突然、絶叫し立ち上がるひつじ。

 天を仰ぎ見て、仁王立におうだちす姿を俺はあっけに取られて眺めるばかりだ。

 

「あたし、帰る……」


 そのまま一切振り向かず、校舎へ戻っていった。

 何なんだアイツ……。なんか悪いもんでも食ったのか?


 ◆◆◆


 と思っていたら、次の授業のあと、じとーっと教室をのぞくひつじの姿があった。


「善司くん、なんだろあの子。すごい見てくるんだけど……」

「あ、ああ。一応知り合いではあるんだけどな……」


 その時、俺と先輩は、どうでも良いことで議論していて(確か、家族を殺された男は復讐をするべきか否か? みたいな話。先輩は死んだ家族が望んでいなくても、どうせ戻って来ないなら復讐してスカッとした方が良い派)ただ事ではない眼差しに、先輩が先に気づいたのだ。


「何してんだあいつ」


 俺の視線に気が付いて、慌てて姿を隠す。

 だが、その派手なプラチナの髪色は目立ちまくりで、時すでに遅しだ。

 ただでさえ注目されやすい奴なのに、明らかに不審な行動を取るひつじは教室中でヒソヒソと噂をされ始めていた。


「何あれ、綿見の関係者? またヤバいやつ増えた?」

「俺知ってるよ、3組の坂又さんだよ、綿見とたまに一緒にいるギャルだ」

「綿見って、最近あの先輩と仲いいからそういうこと……?」

「へぇ。もしかして、三角関係? 面白そうー」


 本当に、クラスのやつらは噂話が好きだな……。

 最近、はれもの扱いの俺と先輩がつるんでるから、注目されがちだったんだけど、ますます根も葉もない事言われそうだ。


 まったく、見世物じゃねーんだけどなぁ。


「ごめん、先輩。ちょっと俺、捕まえてくるわ……」

 そういって、席を立つと


「あ、私も行くよ」

 となぜか、先輩もついてきた。


 とりあえず、アイツはひと気のない場所に連行する事にするか……。


 ◆◆◆



「はーなーしーてーよ!?」

「何やっとるんだお前は? 不審人物すぎるわ!」


「いーいーじゃーん!! 善司の彼女ってどんな人か、ちょっと見とこうかって思っただけじゃん!!」


「もっと見にきかたってやつがあるだろ」


 首根っこを捕まえて連行したひつじがバタバタと暴れる。

 こんなに聞き分けの無い奴じゃなかったはずだが、先輩との関係を伝えてからというもの、様子がおかしすぎる。いつでも飄々ひょうひょうと捉えどころがない感じのヤツ、だったはずなんだけどなぁ……


 様子がおかしいといえば、先輩も何やら不穏な気配を放っていた。

 ひつじを捕まえてからというもの、無言で俺たちを観察している。

 いつぞやの肉食獣の視線だ。じとーっとした目でひつじと格闘する俺を見つめている。


 なんかやな予感がするなと思っていた時に、


「善司くん、一応聞くんだけど、その子、紹介してもらえるんだよね?」


 とやけにドスの聞いた声で言ってきた。


 ……先輩、そんなに声低くかったっすか? 

 実は、女嫌い? 確かに俺以外と会話してるとこほとんど見たことないけどさ。それか俺、機嫌きげん損ねる事したっけ? 

 

 まぁ、考えてもしょうがないから、とっとと紹介しようと思ったら、


「こんにちは! ひつじは、善司のの坂又ひつじだよ!」


 と勝手に自己紹介を始めた。対しての先輩は。


「こんにちは。私は、藤原璃々音です。善司くんの、で、な関係を築かせてもらっています」


「ふ、ふーん。そうなんだ。それは、お、おめでとうだよね」


 向かい合った二人の間には剣呑けんのんな雰囲気が漂う。

 なんだなんだ、お前ら初対面なはずだろ。なんでこんなに火花を散らしあってるんだ?


「藤原先輩って、善司とどうやって知り合ったんですかぁ? ちなみに私は、保育園のころから! 善司が、『ひっちゃんこれあげゆー』って、泥団子くれた仲ですけどぉ!??」


「私は春先から。でも、善司くんは、私が公園でさみしくしてる時に、優しくココアおごってくれたわ」


「へ、へぇ。ひつじには、全然おごってくれないのに……」


 キッと睨みつけられた。

 な、なんだよ……。別にそれくらいどうって事ないだろう。


「それに私は、善司君に何度も危機を救ってもらったわ! 私が危なくなった時、颯爽さっそうと助けに来てくれたの!」


「ひ、ひつじも、いじめられてた時ぜんちゃん助けてくれたし!」


「そんなの、子供のころの話だろ?」

 何を張り合ってるんだお前は。


「それでも、助けてくれたの!」


「――私にはわかるわ。貴女の言いたいこと。幼馴染がとられてさみしいんでしょう?」


「そ、そんなんじゃないし」


「私なら、さみしいわ。善司くんは私の彼氏だから。こんな仲良さそうな女子が居るとは思わなかったし。でも、だめよ」


 先輩がずんずんと近づき強引に俺の腕を取った。

 

「善司くん、ちょっとしゃがんで」

「あ? なんで」

「いいから!」


 先輩の気迫に押されてしぶしぶ膝を曲げる。

 もっと! と先輩に怒られながら頭を降ろす。ちょうど先輩の目線の高さまで。何する気だよまったく……と思ったら、先輩の両手が伸びてきて――――


「ぅ――――――――――――」



 気が付くと、視界は先輩で埋め尽くされていた。さらさらの髪の毛が舞う。白磁のような肌がまぶしい。挑みかかるような気迫を感じる瞳は、強い意思が宿っていた。


 最初の感覚は柔らかさ、だった。

 ふさがれた唇はふにっとしていて、ほんのり湿り気を帯びていた。

 頭は両側から固定され逃げられない。そのまま、チュッチュッと何度もついばまれて、じわりと湿り気が侵入する。

 舌だ。と理解した瞬間には、強引に口を開かれ深く深く繋がっていた。

 絡まる舌が生暖かい。湿度のある水音が、頭蓋を叩く。

 

 頭が熱を帯びる。視線が定まらない。

 グルグルとめぐる視界の端に、声にならない悲鳴を上げるひつじが見えた。


 先輩は、唇をいったん離すと、


「善司くん、今は私だけを見て」


 そう言って俺を抱きしめた。


 先輩の目が閉じる。そしてまた、唇が押し付けられた。今度は長い長い、表面だけの接吻せっぷん

 先輩が体ごとをこすり付ける。まるでマーキングみたいなキス。

 それが、とっても長く続いて――――、




「んぅ…………………ぷう」


 たっぷり数秒ホールドされた後、やっと解放された。


「こ、これで分かった!? 悪いけど、善司くんは返さないから! もう私のだから!」


 そう宣言する先輩の顔も真っ赤だ。

「とととと、とにかくそういうことだから、いいわね!? 私もう行くから! 善司くん、またあとで!!」


 乱暴な足音を残して先輩が去っていく。まるで嵐のようだ。

 彼女との初キッスを電撃的に済ませた俺は、頭が追い付かなくて、ただただ棒立ちで……。


「わーお……、先輩、おっとこまえー」


 とつぶやくしかできなかった。


「は? へ? あう、ううぅぅ……、なんで、なんでこんなことにぃ…………」


 かたわらにはへたり込んで、同じく呆然ぼうぜんとするひつじだ。

 こっちはこっちで情緒が大変な事になっていたが。

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