第5話 坂又ひつじ


「――って事がありましてね」

「何それウケる。めっちゃ懐かれてるじゃん」


 復帰早々、ダブった先輩に絡まれてるって言ったら爆笑された。


 自販機でそれぞれ適当な飲み物を買って駄弁だべっていた。

 俺の隣でケラケラと笑っている女は、坂又さかまたひつじという。保育園からの知り合いで、よく言えば幼馴染。家が近所なうえに小・中・高と進路がもろ被りした腐れ縁だ。


「いいじゃん、いいじゃん! 善司にもついに春きた? きちゃったわけ?」


「んなことないって……お前の頭こそ、頭春すぎ。また髪色変えてるし、金通り越して、銀色になってるぞ」


「かっこいーっしょ? プラチナだよ、プラチナ。最近はやりのアニメのヒロインみたいにしてって頼んだらこうなったの。時代はロシアだよロシア。戦争は反対だけどね」


 ひつじなんていう変わった名前の通り、こいつも先輩に負けず劣らず、変なやつだ。


 スカートを少し詰めて改造した制服に、大きめに開けた胸元、いくつかのアクセサリー、派手な髪色と見た目は、ギャルに分類されるんだろうが、その実態は、子供のころから絵を書くことが好きで、ラノベとアニメと美少女イラストをこよなく愛すというサラブレッドオタクだ。


 そんな奴が何でギャルな恰好をしているのかと問うと「きゃわいいからじゃーん、カワイイは正義! アニメキャラも髪色カラフルっしょ!? キュアキュア見てみ?」と公言してはばからない。


 中学の半ば頃から、徐々にギャル化していったが、頻繁に髪色やスタイルがコロコロ変わる。その変遷へんせんを知る俺なんかは、なんて落ち着かないやつだ、とあきれてしまう。


 基本的に他人が大好きで、どんな相手にも興味を持ってガンガンかかわっていく強メンタリティの持ち主でクラスカーストの上層とも交流があるわりに、オタク層にも分け隔てなく――むしろ積極的に関わっている。


『ひつじはさー、いろんなことに興味あるから。やっぱり趣味の話は、おんなじ趣味がある友達と話すのが一番でしょ!』と言いながら、毎日楽しそうに暮らしている。


『ひつじはを目指しているっ! わけよー!』

 という事らしい。


「そんなにアピられてさー、当の善司くんはどう思ってるのかなぁ? ひつじはそこんとこ知りたいなぁ、ねぇねぇ」


 好奇心高めの猫みたいに、角度を変え、位置を変えこちらの顔を覗き込んでくる。


「別にどうも思ってない」というものの、俺は無意識に顔を背けた。

 こいつの、こういう時の目は苦手だ。幼馴染だからか遠慮なしに、こっちの心の中を覗き込もうとしてくる。


「じゃあじゃあ、善司はあくまでもなんとも思ってない、って認識でおっけー?」


「そう、なるかな」

 俺が先輩に好かれている。まぁ、そうなんだろうとは思う。

 ただ、恋愛か? って言われると自信がない。


「ふーん、そーねー。じゃあ、善司さー。振るならひつじみたいにスパッと、あと腐れなく振ってあげないと相手も可哀そうじゃにゃい?」


「さっきのお前みたいにか? ああいうことはよくあるのか」


「まぁ、わりとしょっちゅうあるよ。仲良くなれるのはいいんだけど、男の子のオタ友達みんな、耐性ないのばっかりだからさー。ひつじが、興奮してついついガチ恋距離まで詰めちゃうと、だいたいあんなんなるね!」


 と爆笑しながらいう彼女を見ながら、誰しもに分け隔てないのも罪なもんだと呆れた。


「可哀そうなのは、お前のオタ友達たちだよ」

「そんなことないよー! だからひつじは誰とも付き合ってないじゃん! みんなの愛されひつじちゃんしてるじゃん!」


 そういうところが、一部女子からめちゃくちゃに嫌われてるぞと言いたかったが、とりあえず、飲み込む。そんなことはひつじ自身が良く知っている事だからだ。


「とりあえずさ、その先輩。春先のことで善司のことすっごい感謝して好きになってんでしょ? 付きあってあげたら、いーじゃん」


「……あれは好き、とかそういう感情なのか? という問題がある」


 吊り橋効果とかの話も知っているが、危ないところを助けてもらったからすぐ好きになる、というのは俺にはよくわからない。そもそも、先輩は俺の事、全然知らないだろうに。


 そうひつじに伝えると、


「あー、善司は一目ぼれとかそういうの信じない派だし、そもそも他人に対して不信感あるから、受け入れたくないんだね。無条件の好意を。そうやって、ワルぶって遠ざけるのもの、自分が傷つきたくないからだしね」


「……お前は本当に認めたくないところを突くな。そのうち刺されんぞ」


「善司のことは昔から、よく知ってるからね!」

 にひひと笑う。あけすけに人の心に入ってくるのに、嫌味がないのがこいつのすごいところだ。


「善司はさー、心の痛みは良く知ってるから、傷のある人の心に入り込むのは巧いよね。その先輩にも、最初は熱心に話聞いてあげて、いい距離間保って、それとなく助けてあげたんでしょ? かなめさんのバイトとはいえ、それをやった後に急に塩対応されたんじゃ、その先輩も納得いかないと思うよ?」


 残酷なのはどーっちだ! 

 そういって、指を突き付けウインクする幼馴染を見ながら俺はまた苦虫をかみつぶした。

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