第4話 先輩フルスイング


「善司くん、私考えたの。善司くんがどうして私を遠ざけるのかを」


「んな事、分かってるでしょうが。前に行ったでしょうに、先輩と俺だと住む世界が違うんだって」


「だから、歩み寄るって言ってるのに……」


 話は戻って、先輩と同級生になった4月。 

 先輩と劇的な再開を果たしてから、数日が経過していたが、俺と先輩の言い合いは、相変わらず、平行線をたどっていた。


 迷子の子犬よろしく、休み時間も先輩は、俺のあとをちまちまとついてくる。


 口を開けば、理解者だ、悪人になるだ。世迷言よまよいごとばかりだ。


 拒絶しても、拒絶しても、しつこく絡まれる。なんなんだ、この先輩のかたくなさは……。


「住む世界が違うって事はわかったわ。だから、私も、もっと覚悟を決める」


 学食で250円の安いサンドイッチのトマトをちまちまと除けて食っていたら、先輩につかまった。なんか嫌な予感がする。先輩が鬼気迫った顔だったこともある。

 この人、次は何を言い出すつもりだろうか……

 身構えて待っていると、


「とりあえず、これ……」


 ゴト……

 おずおずと、先輩が机に置いたのは、木製の野球用バットだった。


「これで、私のお尻ぶってくれない。もちろんフルスイングで」

「するわけないだろが!」

 思わず立ち上がって怒鳴りつけた。


「私は今から、善司くんの所有物、善司くんに暴力癖があるならサンドバッグもできるわ。首輪をつけろっていうなら付けるし。善司くんの奴隷ですって公言してもいいわよ?」

「……いいわけあるか」


 ついつい、立ち上がってしまったが、周りを気にして、すぐに座りなおす。

 さいわい、学食の喧噪けんそうは、俺たちのやり取りをかき消してくれた。


「私の考察聞いてくれる? どうして君が私を拒否するのか。住む世界が違う違うっていうから、どうやら善司くんはよっぽどハードボイルドかつ、アングラな世界の住人であるらしい、と思ったわけ」


「はいはい……で、バットと」


 売店で買った、チキンバーを剥く。

 あんまり飯を入れると、気持ち悪くなる体質だ。特に昼飯は少な目に限る。


「私、善司くんのこと、渋谷とかにいる系の人だと思ってたんだ。けど違ったんだよ……、新宿区の人だったのよ! SMクラブとか好きなんでしょ? それか、一丁目の人? お兄さんそうなんだもんね?」


 残念ながら、原宿の人にも新宿の人にもそんなに知り合いは居ない……

 兄貴は、まぁ……


「ちげーよ。なんであんた俺のことヤバい人扱いするんだ」

「住む世界が違うっていうからよ」


「それはそういう、話じゃなくてだな……」

「じゃ、どういう話なの?」


 むうとむくれて見せる。

 ぷくっと膨らませたほっぺがどうにも……

 ちょっと可愛い……とか思ってしまう。


「仲良くしてよ! 私は君とちゃんと仲良くしようって思ったの!」


「……うっさいわ、もう飯食ったからいく」

「うー、返事してから行ってよ!」


    ◆◆◆



 適当に先輩をまいた俺は、校舎裏にいた。

 ごそごそとポケットの中をまさぐって、そういえばもうやめたんだっけ。

 と初めて気づいた。


「人の居ないとこ来た意味ねーじゃん」


 停学明けにまた停学喰らうわけにもいかない。

 やめておくのが無難だなと考え直した俺は、きびすを返す。


 どうしても欲しくなったら、兄貴のとこ行ってもらったらいい。

 そう思いながら歩いていると、人の声が聞こえた。


――――――


「ででで、でも、好きだって言ってくれたのに!?」

「やー、それは、タブやんの絵が良いねって言ったわけでだね。タブやん自体が好きってわけではないのだよ」

「え、えええ……、そんな勇気だしたのに……」


「あー。それ、ごめんね。でも、ひつじで良かったじゃん。こくった相手。ひつじなら、告られなれてっから、気にしないよ? 嬉しかったし」

「じゃ、じゃあ彼女に……」

「それはダメー! あたし、好きになった人としか付きあわない、清純派ギャルだからさ」


「う、うう……」

「ね、もう一回いうよ。タブやんのことは男として見れない。まったくない。けど、友達としてはいいからさ。多少エロい目で見られるくらいは我慢してあげっから、彼女とかは忘れな? あと、ストーカーもやめてね。そしたら友達もできなくなるよ?」


「ううう……」

「ね? それじゃひつじは行くね。また今度ディスコでお絵描きしようぜ!」


――――――


なんとなく、物陰で待っていると、見覚えのある顔がひょっこりと出てきた。


「お、そこにいる、目つきの悪い仏頂面はブラックなワタミ善司くんじゃん」


「あー、今日もモテてるな。オタクに優しいギャル」


「でっしょー!? ひつじちゃんみんなの人気ものだからっさ!」

 

 満面の笑顔でピースサインを繰り出す、やたら派手な髪色の女だ。

 

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