第6話 先輩と向き合おう


 6時限目は移動教室だった。

 華麗かれいにエスケープを決めたあと、さすがにもう誰も居ないだろうと思い教室に戻ると、はたして俺の前の席に女の子の姿があった。


 ははん、さては先輩帰宅部だな。

 先輩の家も複雑な環境だ。授業が終わってもすぐには帰りたくないのだろう。

 放課後の西日に照らされた先輩の横顔は、気だるげで、退屈そうに手元の四角いケースをもてあそんでいた。


 伏せたまつ毛は物憂ものうげに影を落としていたし、への字に曲げられた口は不満を募らせている。

 さすがに俺にも分かった。先輩は俺を待っていたんだろう。そして、逃げている俺にいくらか怒ってもいるのだろう。


『残酷なのはどーっちだ?』


 昼にひつじに忠告された事を思い出す。俺の事情はともかく、これ以上先輩の想いを宙ぶらりんにしておくのは、良くないんだろうな。当の俺がそれに気づいているならなおのことだ。


 できれば曖昧にしておきたかったのだけど。

 俺は臆病ものチキンだから、人と関わるのが怖い。仲良くなった人に、嫌われてしまうのが怖いんだ。

 だから、大切な人は作らないようにしてきたのだけど……


 ――これは本当に、参った。


「よっす。先輩まだ帰らないんすか?」

 とりあえず軽い感じで声をかけて、相手の見方を見る事にした。


 そしたら


「――善司くん。よかったぁ……まだ学校にいたんだね」

 声をかけると破顔一笑。さっきまでの憂鬱な顔はどこへやら。ふにゃりとした笑顔が返ってきた。


 ……なにその変わりよう、可愛すぎないか。

 あんた、多分さっきまでちょっと怒ってただろうに、俺の顔見ただけでそれかよ。

 

「あのさ、先輩」

「うん、うん。なに、なに……? 聞くよ善司くん」


「俺の勘違いだったらすげーダサいから聞くんすけど、先輩俺の事好きなんすか?」

「え、あ、う、う……」


 あれだけ露骨ろこつにアピってた癖に、いざ問いただすと途端に挙動不審になるじゃん。

 しばらく顔色をコロコロ変えながらまごついていたが、意を決したように

「――うん。私は、善司くんのことが好きになっちゃってるよ」


 そういって先輩ははっきりと認めた。


「そう、っすか……」

 やっぱりそうだよな。間違いじゃないよなぁ。マジでこれは、ううん。

 これが身から出た錆ってやつか。と思いながら二の句が告げずにいる。


「やっぱり……、迷惑?」

 そんな目で見ないでくれ。良心が痛む。


「いや、うれしいっす。先輩みたいな美人な人に好かれたんなら光栄ですよ」

「なにそのお世辞。やだな、また誤魔化そうとしてるでしょ」


 お世辞でもなんでもなく、本当に先輩は美人でかわいいと思ってた。でも、誤魔化せたら誤魔化したい気持ちは否定できない。

 俺の目は今泳ぎに泳ぎまくっている。

 どうする? どうしたい? どうするべき?


「私は、そろそろ返事が欲しい。ダメなら、諦めるから……」


 俺のはっきりしない態度に、業を煮やした先輩が切り込んだ。

 うつむきがちな先輩の表情は読み取ることはできないが、狭めた肩は少し震えていた。先輩だって、勇気を出してるのは痛いほどに分かった。


 ――俺はどうだ? この気持ちに答えられるか?


「先輩」


 意を決した俺は、できるだけゆっくりと呼びかける。

 顔を上げた先輩の目には大粒の涙。

 鼓動は最初から早鐘を打っている。


「俺は、もともととかわかんねーってやつなんです。でも、先輩のことは会ったときから可愛いなって思ってるし、春先のことでも気の毒だと思ってたし、同情もしてた」


 考えた末、俺は今の気持ちをそのまま先輩に伝える事にする。


「今はどうなんでしょうね。マジで良くわからん。危ないからとか、住む世界が違うからとか正直ただの言い訳で……まぁわかってるでしょうけど」


 これでも、だいぶん譲歩したほうだ。人間不信の臆病チキンにしては。


「でも、別に好きな人がいるわけでなし、先輩と過ごすのも楽しいかなって思うから――」


 ここまで言うと、先輩の顔に光が差す。ここでやっぱりダメ―なんてしたら引っかかれるかもな。ネコ科の猛獣アゲイン。あるいはギャン泣きか。

 さすがにそれはしないけど。


「ま、限りなくお付き合いしてるって体で、ひとつ……お願いします」


 消え入りそうにな声になりながら、それだけは言った。

 我ながら、ダサい。まったく男らしくない。でも言っただけマシということにしてくれ。すでに胃が痛いんだから。


「じゃ、じゃあ! いいの? 善司くん彼氏? 私、彼女? 二人はラブラブ!??」


「ラブラブかはまだ知らん! けど、まぁ、よろしくお願いします……」

「やったぁ! えへへ……うれしいな、ほんとにうれしい……」


 涙目で笑う先輩の顔ヤバいって。破壊力高いわ。

 俺も照れて苦笑いばっかりしてた。


   ◆◆◆



「あのね、善司くんとこれ、しようと思って持ってきたんだよ」


 おずおずと、先輩が取り出したのは、変哲もない普通のトランプだった。

 ずっと手に持ってた四角いケースはこれだったか。これで俺と遊びたくて、放課後待ってたってワケなんすね。可愛いかよ……。


 彼氏彼女になったからって急に艶っぽくなるのも緊張するし、ゲームでもしながら距離を詰めていこうって腹ですね先輩。


「いいっすよ。何します? ブラックジャック? バカラ? ルール知らなかったら、大富豪とかでもいいっすよ」


「ぶらっくじゃっく、ばから……。そういうの選ぶトコ、なんか善司くんっぽいよね……」


 反応から見ると、どっちもルールを知らなさそうだ。兄貴たちとトランプやるときは大体、金銭賭けてるからな。そこらへんになりがちだ。


「私わかんないから、ババ抜きでどう?」

「二人でババ抜きって面白くないんでは?」

「やり方次第だよ、最後の一枚を選ぶとき、なんか賭けるのは?」


 ほお、俺に賭け事を挑むとは命知らずな。

 今までクソ兄貴たちにお小遣いを巻き上げられた事数知れず。場数だけは踏んでるんだ。


「ふーん、いいっすよ。じゃあ先輩負けたら服脱いでもらうっすからね」

「――へ!? は? ……本気?」


 先輩の顔が面白いほど狼狽した。


「まじまじ、賭け事ってワルっぽいっしょ? ワルへの道の第一歩。脱衣ババ抜き」

「うう……、いいよ。善司くんがそれがいいって言うならやったげるよ!」


 わぁなんて、素直な俺の彼女。

 可愛いなぁ……、ごめんね、俺も恥ずかしくて、ついつい意地悪してるんだけどね。

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