第2話 善司くんに見てほしい


「ねぇ、善司くんは、ピアスとかしてた方が好み? 穴いっぱい開けたほうがいい? おへそにも開いてる人いるよね? あれって痛くないのかな?」


「いや、俺あんまりそういうの詳しくねーんで……」


 藤原璃々音りりね先輩@俺の前の席。

 休み時間になるたびに、ガンガン話しかけてくるじゃん。

 あんた、そんなにおしゃべりな人だったか?


「ねぇ、善司くん、顔の傷痛そうだね……。それ先月のやつでしょう?」


 俺が取り合わないから意地になっているのか、執拗しつように話しかけてくる。

 まぁ、それ自体はいいのだが、春先からの先輩との関係性を考えると、あまり慣れあうのもなぁと思ってしまうのだ。


 あと、先輩よ。ピアスはやめろ。あんたには似合わない。

 俺の知り合いに、やたらと開けたがるヤツもいたけど、正直痛そうで俺は嫌いだ。


 まぁ、先輩が一生懸命話しかけてくれているのもわかるから、どうにかしなきゃなぁと思いながらも、結局、俺は拒絶することを選択する。


「あのさ、……先輩」


 俺はできるだけわずらわしそうに言う。


「俺、不良って言われてます。危ない人ですよ。アーユー・アンダスタン? なんで構うの。ほっといてくれません?」


 う、と俺に凄まれた先輩が言葉を詰まらせる。

 すまんな先輩。でもほんとにその方があんたのためだから。


「わ、私はそうは思わないわ。……ううん。だからこそ、よ」


 何がだからこそ、だ。

 俺の知る限り、この人は良いところのお嬢様で、基本的に善人オブ善人だ。

 まぁ、最近はちっと面倒な事に巻き込まれてたけど、それだってこの人が望んで巻き込まれたわけじゃない。


 それだって、もう解決済みなはずだ。

 元の通り、優等生のお嬢様に戻ればいいじゃんか。戻れるんだから。

 俺みたいな、ゴロツキ相手にしないでさ。


「善司くんには理解者が要ると思う」

「はぁ……」

「善司くんは、悪人じゃないよ、いいひとだと思う!」

「はぁあ?」

「私はそれになりたいの。善司くんとこれからも一緒に居たい!」

「いや、迷惑すわ……」


 まぁ……、うれしくはある。正直、ちょっとニヤけかけたしな。俺の心は孤独に満ちてるわけだ。先輩が、理解者。うれしいこと言ってくれる。


 でもダメ。絶対ダメ。危ないからね。


「そもそもワルにしてくれってなんなんすか? 先輩、そのままでいいじゃん」

「それも、ダメ……」


 急に曇るじゃん……。

 深刻そうな顔をして、うつむく。それっきり黙ってしまう先輩だ。これはあれか、こっちが理由を聞くまで黙り込むやつか。考えなしのお人よしの癖に高度な駆け引きする。


「はぁ……なんでなんすか?」

「――私強くなりたいの! 善司くんみたいに! 気に入らないこと、嫌なこと、我慢しないで、ぶっ飛ばせるようになりたいの!」


「ちょっと、声デカいっす」

「だから、私を善司くんみたいにしてほし」

「でかいわ」


 興奮する先輩の口を強引にふさぐ。

 もがもが。


 え、なに? なんてクラスのやつらが気にしてるが、知ったことか。

 このままだと、噂が噂を呼ぶ。俺は目立ちたくないんすよ


「え、善司くんどこ行くの」


 先輩の手を引いて、廊下をどんどん行く。渡り廊下を越えて、人の少ない旧校舎。そして階段の踊り場へ。


「え、え、ぜんじく――」

 無言で、先輩を壁際に突き飛ばす。そしてそのまま、壁に手の平を叩きつけた。


 最近世間じゃ、壁ドンだなんだって、いいように言われてるがな。実際やられてみると結構怖いもんだ。耳元で手を叩きつけられるわけだから。


 案の定、先輩も「ひっ」なんて悲鳴あげて、目が泳いでた。


「なんか勘違いさせてるみたいっすけど」

 俺はできるだけ、声を下げて、睨みつける。


「先月、先輩助けたのって、兄貴の仕事のついでっすから。俺にとっては適当なバイト。しかも俺、それが原因で停学してるの。わかりますか?」


「で、でも……、私は本当にうれしかったの! 困ってて、どうしようもなくて」


「だからさ……、先輩がそれで俺に恩義を感じてくれてるんかしらねーっすけど、俺にとっては関係なくて……、ああ、もうよくわかんねーっすけど」


 そんな捨てられそうな犬みたいな顔をするの、止めようぜ。俺にだって、良心が痛むときがあるんだ。


「先輩が、そんなこと言わなくていいんすよ……、あんたただの被害者なんすから」


「う、ううう……、だって、でも、でもぉ……」


 あんた年上だろう。泣くんじゃねーよ。

 と思ったが、ぐずぐずと泣き崩れる先輩を見てだいぶん後悔した。


 今更だけど、別に泣かせたかったわけじゃない。

 ただ、あんまり近づかない方が良いよって事を言いたかっただけなんだ。

 俺と先輩の身に起こった先月の事件はそれぐらい、危ない事だったから。


「悪かったっすよ。もう、泣かないでくださいよ」


 俺は、泣きべそをかく先輩の手を引き立ち上がらせると、適当に指で涙をぬぐった。


「いいっすか? あんまりクラスでぐだぐだ言わないこと。噂になるっすからね」 


 先輩はまだ、ぐずぐず泣いていたが、小さくこくこくと頷いた。


「あと、先月のことは他言禁止。クラスメイトに聞かれても答えないこと」


「い、言わない」


「うん。それでいい」


 俺は、先輩の頭をポンポンと軽くたたく。


「ずるい……」

 先輩がぽつりとつぶやく。


「そうやって、すぐ丸め込もうとする」


「んなこと、ないですって」


「自分の事、全然しゃべらなくて、すぐ煙に巻いて……」


「あー、うん。まぁね」

 ちょっと心当たりがあったせいで、言いよどんでしまった。


「でも、善司くんは、やっぱり善司くんなんだね」


 先輩がどういうつもりでそう言ったのかはわからないが、俺はとりあえず苦笑いで返す。





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