悪いこと、教えてほしいの善司くん~ダブった先輩と訳アリチキンな俺の青春ピカレスク~

千八軒

藤原璃々音の章

第1話 悪人を目指す少女


 春先に起こったすったもんだの挙句あげく、ぎりぎり二年に進級した。

 学期末に停学を喰らって、遅れること二週間ぶりに登校した俺は、クラスですっかり浮いた存在になっていた。


 まぁ、いい。もともと交友関係は少ない。

 俺の顔にはまだ痛々しい傷が残っていたし、昨日も拾った落とし物を届けただけで、警察のおっちゃんに『お前、また何かやったんか』と引きつった顔で言われた程度の社会的信用だ。

 ゼロが多少マイナスになっただけで、大した問題じゃない。


 復帰初日からヒソヒソと陰口を叩かれて、視線が合っただけのクラスメイトにビビられても俺はまったく、悲しくない。顔出しに行った新担任から、目も合わせてもらえなくても、いつものことだ。


 いつものことなんだよ。


 

 ――――いや、つらいわ。あー、マジでやってられん。



「なんなんだ。俺が何したってんだ」


 教室で聞こえる噂話に聞き耳を立ててみると――


綿見わたみって、今度は、暴力事件起こしたんだろ……?』

『兄貴がヤクザだって聞いたよ。元々ヤバい奴なんだよ』

『ラブホテルに殴りこんで火つけたらしいぜ』


 うん。否定できねぇ。

 違うところはあるが、おおむね間違ってないから、どこからか事件の詳細が流れたんだろう。


 俺がこうしてまだのんきに学生していられるのは、その事件が単純な暴行事件じゃなくて、どちらかといえば正当防衛である証明なんだが、今それを言ったところで、誰も信じてはくれないだろう。


「まじで、嫌になるわ」


 俺は、人生に対して絶望していた。

 クソみたいな親とクソみたいな兄貴を持って苦労してるだけなのに、誰もそのへんはわかってくれない。まぁ素行に関して、俺自身の責任が全くないワケじゃないけど。


「終わったわ。俺の高校生活……」


 ふてくされて机に突っ伏していた俺は、前の席に人が座った気配で目をあけた。

 まだ始業には早いだろうに、もう座るのか。

 クラスでアンタッチャブルな存在になり果てた俺。その前の席になった不幸なヤツは誰だろうな? 


「あん……?」


 視界に飛び込んできたのは、流れるような長髪だ。けど、陽光に照らされると透き通った淡い色になる。色素が薄いんだろう。天使の輪がキレイに浮かび上がった手入れのされた、きれいな髪だと思った。小柄な背中は、ピンと背筋が伸びていて、透明感があるって表現するんだろうな。涼し気でそれでいて暖かな雰囲気があった。


 雰囲気あるじゃん……。


 まぁ、こういう子ほど、顔を見たらそんなに可愛くないわってなるんだろうけど。

 マスク姿だけカワイイや、うしろだけカワイイなんてたくさんいるからな。


 でもよ。こんな娘、学年にいたか? 

 俺の知らない転校生か? それとも誰かのイメチェンか? と頭を巡らせていると。


「久しぶりね。綿見わたみ善司ぜんじくん、であってるよね?」

 と、鈴を転がすような声が耳に届いた。


 俺は意外過ぎる美少女の正体に目を丸くした。

 あれま、なんであんたが――

 でもまぁ、そっか。間に合わなかったか。


「――ウケる。なんでこんな所にいんすか先輩。結局ダブったんすか」


 彼女の名前は、藤原ふじわら璃々音りりね

 去年までは一つ上の学年で、不登校で、問題児で、そしてぞっとするほど顔の整った女。そして俺の停学の原因……。

 いやあれは違ったか。まぁ遠因になった女だ。


「善司君、これから先輩と後輩じゃなくて、クラスメイトね。仲良くしてほしいの。私ってほら、友達がいないの。元々学校休みがちだったし」


「先輩、あほなんすか。この空気感見てないんすか? 俺なんかにかかわってたら、またクラスから孤立するっすよ」

「もうしてるわ。君と同じで私も腫物はれもの扱い」


 そうっすか……。

 ならしばらく大人しくしていればいいのに。あんたくらい顔が良ければまだ社会復帰できるでしょうに。


「あー、俺、平穏に暮らしたいんすよ。ほっといてくれませんかね……」

「ダメよ。私がダブった責任、取ってもらうから。最低でも、こんな独りぼっちの世の中でも強く生きていけるように側にいて」


 また大げさなことをいう先輩だ。

 そもそもあんたのダブりは不登校が原因でしょうが。

 俺あんま、関係ねー。


「謹慎期間中、考えてたのよ。私もう、いい子止めようって。善司くんって、悪人なんでしょ? 私に悪い事を教えてほしいの。目標は裏社会でぶいぶい言わすこと。暗殺者でも、マフィアのドンでもいいわ」


 はぁ? 何言ってんだこの不思議ちゃん先輩は。出会ったときから思ってたけど、この人頭ぶっとんでんな。イカレてるわ。


「先輩おもに頭、大丈夫すか? そんなの俺に頼んでどうにかなるわけないでしょ。もっと現実みましょうよ。そんなドラマみたいなことありませんって」


「でも、善司くんは、助けてくれたじゃない。私のこと、ドラマみたいに」


 …………

 俺は黙りこくってしまう。まぁ、確かにあれはドラマじみてはいた。

 けれど、そのせいで俺の高校生活は死んだわけで……


「とりあえず面倒なんで。お互い普通の高校生として余生を過ごすことを目指しましょうや」


 そういって、俺は顔を伏せる。

 ぐぬぬ、みたいな顔して睨みつけてる先輩がいたが、無視することにした。



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