第23話 暴露

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モリーはようやく合点がいった。


初め、バネ足は予知排斥主義者だと考えていた。


しかし、バネ足の中身であるカルロマンは、彼女が予知者だと知っていても生理的嫌悪を示さなかった。それどころか、ペンドラゴン卿を挑発するためとはいえ、彼女と踊りすらした。


排斥主義者ではないのに、なぜ予知者を襲っていたのか。


彼はヴィクトリアの望みを叶えていただけなのだ。




ヴィクトリアは唇を噛んで、床を睨んでいる。




ソフィアが目を閉じた。


「六日後の新聞に、アバコーン公が出るようね。ヴィクトリア、あなたは腕の立つ傭兵を雇ったのね。アバコーン公をライオン卿から奪い返し、大陸に渡る船の上で亡き者にしようとした。でも、それは失敗よ。彼は傭兵に情けをかけられて、命を長らえる。情報収集が足りなかったわね。あの傭兵はわずかにだけど〝予知〟を持ってる。だからこそ腕利きだったのよ。予知により、仕事が済んだ後、自分が消される未来を見て、あなたを裏切ったというわけね。アバコーン公は


、あなたが自分を殺そうとしたことを知り、あなたとこの帝国に深い怨みを抱いた。そこで、パリの新聞社に駆け込んで真実の一部を暴露するの。女王代理は予知の恩寵者で、バネ足を操ってほかの恩寵者を殺して回っていたと」




「あの男! 恩寵なしの身。取り立ててもらえた恩があるのに、自決すらできず、挙句、わたしの〝助け〟も拒否するですって!?」と、ヴィクトリア。




「ヴィクトリア」女王が諭すようにいう。「予知者には、為政者には超えてはならない一線があるのよ」




ヴィクトリアが女王に指を突きつけた。


「一線? そんなものどこにもないわ。叔母様は、未来を見ることで外交的勝利を収めてきた。結果、ロイグリアは歴史上類を見ないほどの大帝国になった。豊かになり、大勢の子どもたちが生まれた。でも、叔母様が予知を使わなければ、帝国の代わりに他の国が豊かになったでしょうし、その国々には大勢の子供が生まれたのよ。叔母様は彼らの存在を消して、わたしたちの国の子供たちを守った。わたしとどこが違うの? わたしも未来を守ったまでよ。この国の未来と、わたしの子供たちの未来を! マークとの間に生まれるはずだった子供たちの未来!」




女王が哀しげな顔になった。


「ダメよ、ヴィクトリア。マークにはもうメアリーさんとの未来があるの」




「そんなことないわ!この女さえいなければ、まだあの子たちに会えるのよ!」


ヴィクトリアは叫ぶと、手にしていた剣をモリーめがけて投げつけた。




剣は回転しながら宙を横切り、モリーの鼻先でぴたりと止まった。


剣の柄をペンドラゴン卿の〝蒼い男〟の支腕の一つが掴んでいる。




また、モリーと刃の間の宙空には、黄色がかった透明の膜のようなものが浮かんでいた。仮面の男の一人が彼女に向かって手を伸ばしているところを見ると、彼もモリーを守ろうとなんらかの恩寵を使ったらしい。




女王がいう。


「ヴィッキー」




ヴィクトリアの膝から力が抜け、その場に座り込んだ。




女王が顎を振ると、仮面の男たちの一人が彼女に近づき、懐から取り出した紐で後ろ手に手首を縛り上げた。




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マークは〝蒼い男〟を消した。


握られていた剣が床に落ち、冷たい音を立てる。




彼は引きずられていくヴィクトリアを見つめた。




幼馴染で、友人で、女王代理だったヴィクトリア。


その彼女が、幾人もの予知能力者を惨殺させた黒幕だった。




メアリー嬢がマークに寄り添った。




ヴィクトリアが顔を上げ、引き攣った笑みを彼らに向けた。


「わたしがいなくなって、あなたたちは幸せな日々を送れるというわけ? そんなこと絶対にさせないわ。ねえ! マーク、あなたまだ気づいていないんでしょ? 教えてあげましょうか?」




「何をだ?」と、マーク。




ソフィア叔母が「ヴィッキー!」と声を荒げる。




ヴィクトリアが甲高い笑い声をあげた。


「あなたがずっと探していた占い師よ。彼女がどこにいるか教えてあげるわ。彼女はね、テムズ川の下よ!」




マークは身体中の筋肉を硬らせた。


彼女は何をいっているんだ?


「あの占い師を、君は見つけていたのか?」




「そうよ! わたしが仮面たちに殺させたの! あなたに相談されたその日のうちにね!」




マークの声が震える。


「なぜだ。なぜ、そんなことをした」




ヴィクトリアが笑う。


「決まってるじゃない! あなたの父親に無事に戦地で死んでもらうためよ! あなたの父親はあそこで死ななくてはいけなかったのよ。彼はあまりにも強すぎた。あのまま生きていれば、さらに武功を立て、さらに政治力を増し、やがて取り巻きにそそのかされて王の座を狙った。だから、彼はあの戦場でそのまま死ぬべきだったのよ!」




ソフィアが叫ぶ。


「早く彼女を連れて行きなさい!」




ヴィクトリアが引きずられながら大声をあげた。


「いっておくけど、その人だってわたしのしたことを知っていたのよ!だって、あの頃は週に一度は起きていたんだから!あなたの父親についての未来が見えなかったはずがないのよ!」




ヴィクトリアと共に、仮面の男たちは全員が出ていった。


部屋に残されたのは女王、モリー、マークの三人だけだ。




女王がゆっくりと部屋を横切り、執務机に座った。


あくびを噛み殺しながら、引き出しから紙とペンを取り出し、猛烈な勢いで書き始める。




マークは抑えた声でいった。


「どういうことなんですか」




ソフィアが目を紙に落としたまま答える。


「ああ、これ?命令書よ。わたしはまたじきに予知夢に陥るわ。その前に、後始末のための指示を残しておかないと。なんといっても女王代理が表舞台から消えるのだから。ちゃんとしておかないと、たいへんな騒ぎになるわ」




執務室に、カリカリと鉄ペンを走らせる音が響く。




マークはメアリーから離れ、ソフィアの前に立った。


「そんなことを聞いているのではありませんよ。さきほど、ヴィクトリアがいったことは本当なのですか」




「どれのこと?」




「ぼくの父を見殺しにしたことです」




ソフィアは顔を伏せたまま答えた。


「本当よ」




「なぜ、そんなことをしたのですか!?」




「彼女がいったじゃない? 彼はいずれたいへんな騒ぎを引き起こす。だから、そのまま運命に任せるのがいちばんだったのよ。ええ、たしかにわたしもヴィクトリアの行動を止めなかったわ。でも、別にわたしたちが彼を手にかけたわけではないわ」




「そんないいわけが通用すると? しかも、ぼくから父を救う術を奪っておいて?」




「仕方がないのよ。わたしたちには未来が見えていたのだから」




マークは〝蒼い男〟を出現させた。


「未来が分かるなら、何をしてもいいというのですか!?」




ソフィアは椅子にもたれて、静かに目を閉じた。


「わたしはもう眠るわ」




すぐに寝息が聞こえはじめた。




マークは〝蒼い男〟の拳を握りしめた。


渾身の力を込めて、振り下ろす。




拳は執務机を叩き割った。




彼は踵を返すと、執務室を出た。


視界の端にメアリーが入ってはいたものの、とても誰かと話ができるような気分ではなかった。




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