第22話 予知能力向上法

さきほどまで眠りこけていたせいか、女王のソフィアの白金色の髪は乱れ、口元には涎の跡までついていた。着ているものは寝巻きだし、足元は裸足だ。




それでもなお、彼女は気品に溢れていた。




仮面の男たちは、ソファアに向かって膝をついたままみじろぎ一つしない。




ヴィクトリアが怒鳴った。


「あなたたち!何をしているの!?なぜ、攻撃を続けないの?




モリーはペンドラゴン卿のそばに寄り、小声で訊いた。


「どうなってるの?」




卿がいう。


「〝仮面の男〟は、ロイグリア王だけに仕える特別な恩寵者だ。彼らが忠誠を誓うのは、現国王のソフィア。ヴィクトリアの命令を聞いてはいたが、あくまでも代理であって、本物が出てきたならばそちらの言葉を聞くんだろう」




ソフィアが大あくびをする。


仮面の男たちのなかでも、とりわけ大柄な一人がさっと彼女の背後に周り、たくましい二の腕を腰の位置に下げた。


ソフィアは当然というふうに、その二の腕に腰掛けた。


大きく伸びをしてからいう。


「さてと、まず謝っておくわね。メアリー・モントゴメリー、あなたにはわたくしの不手際でずいぶんと迷惑をかけてしまったみたいね。許してちょうだい」




「不手際?」




「ええ、なんといってもヴィクトリアを代理に指名したのはわたくしだもの。この子に女王の資質が、未来を見通す力が足りていないことは〝見えて〟いたの。だからこそ、代理に留めたのよ。わたしがときたま起きたときに手助けすることで国を運営してきたのだけれどーー」




ヴィクトリアが顔を歪めた。


「ときたま起きる? 手助けする? この三年間、眠り続けていたくせに?」




「そこは申し訳ないわ。でも、あなたも知ってのように、わたしの予知の恩寵はいまなお強まり続けているの。一度、未来を見始めると、際限なく彼方まで見通してしまうのよ。百年、二百年、三百年どこまでも遠く。そして戻って来られなくなる」




「戻ってきたじゃない!」ヴィクトリアが指を突きつけた。「わたしが助けを求めた時は、どれほどお願いしても眠り続けていたくせに、なんだって、こんなときにだけ起きてくるのよ!」




「それは、このメアリーさんが触れてくれたからよ。彼女の未来を見ることで、あなたが何をしているか、何をしようとしているかを知ったの。この三年間にあなたが直面した国の危機は、すべてあなたやマークで解決できると知っていたわ。でも、あなた自身が罪を犯すなら、わたしが起きて止めるしかない」




⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎




マークは自分の耳が信じられなかった。


いや、これは脳の理解力をつかさどる部分に問題が起こったのだろうか。


目の前で繰り広げられる、ソフィアとヴィクトリアの会話は、どう考えても二人が〝予知〟の恩寵者であることを前提としている。




そんなことがありうるのか?


二人とも、自分が予知能力者に対して強い敵愾心を抱いていたことは知っているはずだ。




あの悪魔のような女占い師を探し出し、しかるべき報いを受けさせる。それが人生の目標だったし、そのことは彼女たちにも何度も話した。だが、彼女たちもまた予知者だったと?




いまふたたび、彼の中で、予知者全体に対する暗い思いが膨れ上がった。




マークはつぶやいた。


「なぜいってくれなかったんですか」




ソフィアが頭を下げた。


「ごめんなさいねマーク。でも、伝えることはできなかったの。そうすると、あなたの未来が良くない方向に進んでしまうのがわかっていたから。支える人のいないあなたは、事実を受け止めきれず、神聖帝国に出奔し、そこで酒浸りの日々を送るの。そうして、冬のある日、気まぐれで入った酒場で酔い潰れ、地元民と喧嘩になる。あなたは〝蒼い男〟を出そうとするけど、酔いでうまく操作できず、〝蒼い男〟はあなた自身の首筋を切り裂いてしまうの」




「だから、ぼくを騙し続けたと?」




「ええ、これがあなたにとっていちばんよかったのよ」




マークは怒りで強張りそうになる舌をどうにか動かした。


「ぼくにとって何が一番かはぼくが判断するべきでしょう。たとえ、その結果がどのようなものだったとしても」




ソフィアが肩を落とした。


「その通りね。言い方が間違っていた。これが、わたくしにとってはいちばんよかったのよ。わたくしはあなたの大叔母で、あなたことを守りたい。だから、わたくしの我儘で、あなたに真実を知らせなかった。この子も同じでしょう?」




ヴィクトリアが小さく頷いた。




マークは、彼女たちが彼のことを思ってしたのだということは、理性では理解した。だが、自分が間抜けな道化だったという思いが、頭にこびりついて離れない。




「そこまでぼくを大切にしていたのなら、なぜいまバラしてしまったんですか?」




ソフィアが微笑む。


「そちらのお嬢さんよ。そのメアリーさんと知り合ったことで、あなたはたとえわたしたちが予知者だったと知っても、そこまで馬鹿なことはしないと〝知った〟の。マーク、あなたはわたしが寝ている間に、とてもいい方向に変わったのね」




メアリー嬢は心配げな表情で彼を見つめていた。


こんなときでも、彼女が放射する魅力は変わらない。


だが、彼女もまた、大叔母や叔母のように、彼を守るために、彼に黙って、彼の人生を操ろうとするのだろうか。




ヴィクトリアが腕を組み、ソフィアを睨みつける。


場の主役は二人に戻った。


「わたしが悪い方向に変わったといいたいの?」




ソフィアが悲しげなため息をついた。


「そうね。あなたの変化は決して良いとはいえないわ。ヴィクトリア、あなたはあのとき、危機を乗り切った己の手腕を信じるべきだったのよ。なのに、あなたは予知力の不足を嘆き、予知を改善しようとした」




「予知を改善?」メアリー嬢がマークの影からいった。「どうやってですか?」




「とてもかんたんなことよ。予知者が見た未来と、現実に生じた未来の間に差異が発生するのは、この世に予知の恩寵者がおおぜいいるからよ。彼ら一人ひとりが予知で見た未来を回避、あるいは実現するために行動するわけだけど、その行動は他の予知者の見た未来の成立過程に影響を与えてしまうの。では、どうすれば予知の実現率をあげられると思う?」




メアリー嬢が教師に教わる生徒のように、小さく手をあげる。


「予知というゲームのなかにいる、プレイヤーの数を減らせばいい?」




「嘘だろう」と、マーク。「つまりーー」




ソフィアがうなずく。


「ヴィクトリアが予知者を消させていたのよ」


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