第16話 モントゴメリー夫人の怪鳥音

翌日、昼過ぎまで寝ていたモリーが居間におりていくと、待ち構えていたシーナとイブリンが駆け寄ってきた。




「「お姉さま! 大変なことが起きたの!大変なことが」」




「あら、そうなの?」




モリーは妹たちをかわすと、テーブルに置かれていた皿からクッキーを一枚摘んだ。たっぷりとバターが効かせてあってたまらない香りがする。




シーナが新聞を振って、一面を顔に寄せる。


「もう、いい?読むわよ!〝昨日十五時過ぎ、セントポール通りにあるフィッツジェラルド屋敷にて大爆発が起きた。大火球は周囲一ブロックのすべての建物のガラスを粉々にし、その爆音は遠くギルフォードでも聞かれたという。警察の発表によれば、この爆発の原因はかのバネ足ジャックによるもので、屋敷に侵入したバネ足をアバドーン公および、友人である〝蒼い男〟ことペンドラゴン卿が迎え撃ったとのこと。バネ足は爆散したが、アバドーン公は重症を負い、公務復帰は絶望的。女王代理は近く、新しい補佐役を選ぶ見込み。おそらくはペンドラゴン卿だろう〟ですって!」




「まあ、昨日の爆発音はそれだったの。恐ろしいわね。出かけた先がイーストエンドでよかったわ」




「なんでそんなに落ち着いていられるのよ。アバドーン公は、一昨日、お姉さまが踊ったお相手でしょう? 社交界欄にちゃんと書かれてたんだから」




ソファに身を沈めていたモントゴメリー婦人が、ハンカチで涙を拭った。


「その通りよ、モリー。わたしはアバドーン公を思うとお気の毒で涙が出てしまうわ。ああ、本当になんということなの。せっかくあなたに興味を示してくださっていたというのに。あれほど高貴な相手は二度と現れやしないわ」




モリーはソファの隅に腰を落とした。


「大袈裟よ、お母様。きっとまた誰か現れるわよ」




「そんなことあるものですか! なんてこと。せめて、あなたがペンドラゴン卿と最後まで踊ってさえいれば。途中でやめたそうじゃない。なぜなの? しかもそのまま帰ってしまうだなんて。そんな無礼なことをしなければ、ペンドラゴン卿はあなたにプロポーズしてくれたかもしれないのよ!?」


モントゴメリー夫人は、しなしなと泣き崩れ、それから急に姿勢を起こした。


「そうだわ! アバドーン公は大怪我をされたようだけど、亡くなったわけではないわ! たとえ、公務に携われない身体になられたのだとしても、身の回りのお世話をする妻は必要なはずだわ」




そこまで会話に加わらず、経済紙を読んでいたモントゴメリー男爵が口を挟んだ。


「おいおい、お前。アバドーン公は重症なんだぞ? 復帰できないとなれば、身体に支障が出ていてもおかしくない。子を作れるかすらわからん相手に娘を嫁がせようというのかい?」




「ですから、なおさらチャンスなのよ、あなた! ほかのお嬢様方はこれでアバドーン公を諦めてしまうに違いないわ。ここでモリーがお見舞いにいけば、公は感激なさるはずだわ。そうなれば、モリーは公爵夫人なのよ、公爵夫人! たとえ恩寵がないとはいえ、公爵は公爵よ」




モントゴメリー男爵は、モリーを見て「手の施しようがないな」とでも言いたげに苦笑いした。




夫人はモリーの手を引っ張って無理やり立たせると、ぐいぐいと玄関の方に押しやっていく。


「馬車よ、だれか!馬車の用意をなさい!」




モリーは抗議した。


「ちょっとお母様、アバドーン公はきっと面会謝絶だわ。行っても無駄というものよ」


じっさい、カルロマンに会うことは不可能だ。ペンドラゴン卿は彼を〝蒼い男〟で拘束し、命を奪うまではしないが終生軟禁するといった。きっと今頃、卿が管理する僻地の屋敷にでも閉じ込められているだろう。




「面会できなくてもいいのよ、あなたがお見舞いに行ったということがたいせつなのだから!」


モントゴメリー夫人が恐るべき力強さでモリーを引きずり、正面玄関の扉を開けると、そこには巨体のペンドラゴン卿が、いままさに扉を叩こうと手を振り上げた姿で立っていた。




卿は少し驚いた表情を見せたが、すぐにいつもの冷静な顔に戻った。


「こんにちわ。モントゴメリー夫人、メアリー嬢」




返事を返すべきモントゴメリー夫人は、突然の事態な口をぱくぱくさせたのち、我に返って狂喜乱舞した。


「まあまあまあまあ!ペンドラゴン卿、いったいどうなさったのですか?ひょっとして、メアリーを誘いにいらしてくださったのですか?」




ペンドラゴン卿が首を横に振った。


「いいえ、違います。わたしはお嬢さんに結婚を申し込みにきたのです」




モントゴメリー夫人が、アフリカ大陸に住む鳥のように「んまあーーーー!」と一声叫んで気絶した。

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