第15話 予知andサイコキネシスvsバネ足ジャック

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モリーは早口でいった。


「あそこにいるのはバネ足ジャック、中身はアバドーン公のカルロマンさん。わたしは彼に捜査協力を求めたけど、じつは彼こそがバネ足で襲われていたところ」




「協力を求めた?」ペンドラゴン卿が渋面を作った。「わたしはあの男は信用ならないといったろう!」




「仕方ないじゃない。まさかバネ足本人だなんて夢にも思わなかったんだもの。そういうあなたは彼を疑っていたの?」




「いや」




「なら、どうしてここに?」




「君には護衛のために局員を付けておいた。彼らから、君がこの屋敷に入ったと報告があって駆けつけたんだ。屋根から様子を伺っていたら、ちょうど隙間から煙があがった。天窓からのぞいたら、君が絶体絶命だったというわけだ」




カルロマンが会話に割って入った。


「絶体絶命なのは、いまも変わらないと思いますがね」




ペンドラゴン卿がカルロマンを睨みつける。


「この恥知らずが、よくもこんな真似ができたな。女王の右腕たる公爵が殺人鬼だと? 国を揺るがすことになるぞ」




「なりませんよ。あなたはここで死ぬのですから。わたしがバネ足であることは誰にも知られず。なんの問題も起こりません」




モリーが声をあげた。


「いいえ、もしペンドラゴン卿が亡くなればたいへんなことになるわ。我が国の軍事力は大きく損なわれるし、何より彼は女王代理の従兄弟なのよ?」




「軍事力については問題ありません。このバネ足で培った技術を軍に流しますから。〝蒼い男〟の消失を補ってあまりあるでしょう。陛下は、そう、ヴィクトリア様はマークがいなくなることを大いに哀しむでしょうね。しかし、彼女にはわたしがいる。わたしが彼女を支え、この国を導くのです」




「早くも王気取りか」




カルロマンが床の石畳にバネ足の足裏をこすりつけ、テレピン油を落とす。


「目に見える恩寵さえあれば、わたしはヴィクトリアを娶り、この国の王となっていたのです」




「たとえ恩寵があっても、お前のようなやつを王になぞさせるものか」




カルロマンが笑う。


「きみ、まさかマーサのことでまだ義憤を感じているのかい? おいおい、あれは君が悪いんだぞ? マーサがあれほど熱を上げていたのに相手をしないから、ぼくが仕方なく引き取ってやったまでだ」




ペンドラゴン卿の身体を取り巻く光体が厚みを増した。


「続きは監獄で聞く」




「できるかな? この強化骨格は君の〝蒼い男〟を上回るよう設計したのだよ?」




いい終わるやいなや、バネ足の背中から蒸気が噴き出し、バネ足が地響きを立てて向かってきた。




ペンドラゴン卿は〝蒼い男〟の手を伸ばしてモリーを掴み、彼女を光体のなかに取り込むと、生身の手で抱き寄せた。




モリーは卿のたくましい身体に自らの身体を押しつけられる形になった。




服の布地ごしにペンドラゴン卿の体温が感じられる。それに、まわりを包む青白い光体からも不思議なぬくもりが伝わってきた。まるでペンドラゴン卿の身体の中に入り込んだかのようだ。




彼女がドギマギしている間に、バネ足が距離を詰め、すさまじい勢いで〝蒼い男〟に激突した。




ペンドラゴン卿とモリーは〝蒼い男〟に包まれたまま弾き飛ばされ、倉庫の壁に激突した。煉瓦が音を立てて崩れ落ちる。




モリーはペンドラゴン卿が〝蒼い男〟のみならず、生身の身体でも、彼女を覆うようにして庇っていたことに気づいた。




「あの、ありがとうございます」




卿は再度彼女を抱きしめた。息ができなくなるほど力強い。




バネ足が突進してきた。巨大な拳がうなりをあげて襲ってくる。




〝蒼い男〟も体勢を整え、足を踏み出してて拳をふるう。




拳同士が激突し、千の太鼓を同時に叩いたような音が響いた。




〝蒼い男〟が打ち負け、再び壁に叩きつけられた。




バネ足がガトリング砲を構え、至近距離で放つ。




以前、路地裏で襲われたとき、弾丸は光体の表面で弾かれたが、今度はゼロ距離だからか、光体のなかまで潜り込んでくる。




ペンドラゴン卿が必死で〝蒼い男〟を横に走らせた。


転がりながらバネ足との距離を取る。




カルロマンの笑い声が響く。


「どうしたマーク! 歯ごたえがなさすぎるぞ」




〝蒼い男〟が敷石の隙間に指を突っ込み、重さ十キロはありそうな石の塊を引き剥がした。振りかぶり、猛烈な速度でバネ足に向かって投げる。石はバネ足の肩に命中し、粉々に砕けたが、バネ足はびくともしない。




バネ足があっという間に距離を詰め、左手でパンチを放つ。が、パンチは途中で止まり、蹴りが飛んできた。〝蒼い男〟はモロに食らって、たたらを踏んだ。




〝蒼い男〟がお返しとばかりに拳を突き出すが、バネ足は身を低くしてかいくぐり、アッパーを〝蒼い男〟の頭部にみまった。負荷に耐えきれなくなったのか、〝蒼い男〟の頭部が弾け飛んだ。宙に散った光体がふわふわと集まり、再び頭部を形成したが、光の輝きは明らかに薄くなっている。




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「くそっ」マークは毒づいた。


己の額に脂汗が滲んでいるのが感じられた。




カルロマンのバネ足は信じられないほど強い。速く、力感に溢れ、機械仕掛けだというのに格闘術まで使いこなしている。




一方こちらは〝蒼い男〟の限界点が迫っている。


世間には知られていないが、この恩寵も完全無欠ではない。光体の防御力を超える攻撃を喰らえば、中身もダメージを受けるし、なにより発動時間に限りがある。




出力全開で展開し続けられるのは、せいぜい十分というところだ。そのあとは、しばらく間をおかねば光体を出せない。自分の皮膚上を覆うくらいならできても、メアリーまで包み込むのは絶対に無理だ。




しかも、いま頭部を吹き飛ばされたせいで、使用時間のリミットはさらに短くなった。




もってあと数十秒というところだ。




彼はメアリー嬢にいった。


「わたしがやつを引きつける。その間に逃げるんだ」




「無茶よ」




「侮るな。わたしはあんな奴には負けない。ただ、万一に備えて君の安全は確保しておきたいだけだ」




「そうじゃなくて。わたし一人で、あの扉の前に陣取っている大男の侍従を倒せというの?」




なるほど、屋敷内につながる扉の前には、マークより頭一つは大きな男が銃を手に立ち塞がっている。




メアリー嬢が外につながる大扉に走ったとしても、鍵がないし、それ以前にあの男に捕まってしまいそうだ。予知で未来が見えても銃相手では分が悪い。




「さあ、もっと楽しませてください!」カルロマンが叫びながらバネ足で突っ込んでくる。




そのときメアリー嬢が素手でマークの耳たぶに触れた。


彼女の指は柔らかで、少しひんやりしている。




「いったいなんだ?」と、マーク。




メアリー嬢がいう。


「わたくしを信じて。一歩左後方に」




一子女の言葉など、戦場では役に立たない。そう考えたマークだったが、無意識が〝蒼い男〟を動かした。




〝蒼い男〟が元の位置からズレると、バネ足のパンチが大きく空を切った。ちょうど〝蒼い男〟の足が、相手の足を引っ掛けられそうな位置にある。




彼が光体の足を少し持ち上げると、バネ足の右足に絡み、相手は巨体を派手に床石に打ち付けた。




バネ足が蒸気を噴き出しながら俊敏に身を起こす。




メアリーがいう。


「身体を沈めて」




〝蒼い男〟にしゃがみこませると、バネ足のアッパーが空振りした。




ガラ空きの胴体に〝蒼い男〟の拳を打ち込む。




「二歩左へ」


「右足で蹴って」


「その場で右回りに回転」


「飛び上がって」


「両手を前に突き出して」




彼はひたすらメアリー嬢の予言通りに動き、バネ足を一方的に叩きのめした。




いまや、バネ足の右腕は力無くぶらさがり、関節から蒸気とオイルが漏れ出している。体のあちこちで装甲がひび割れ、シリンダーやコイルが千切れ、満身創痍といった状態だ。




マークはいった。


「諦めて投降しろ。お前は地位もあるし、国のためによく働いた。恩寵の悪用もない。運が良ければオーストラリアへの流刑で済む可能性もある」




カルロマンが笑う。


「恩寵がないことで苦しみ抜いたわたしが、恩寵がないことで情けをかけられるというのですか」




「それが我が国の法だ。恩寵を持つものが人を傷つけたときは罪状が加算される」




「これだから君という男は。わたしと君の違いは恩寵を持つか、持たないか、それだけでしかない。なのに君は恩寵によりわたしから何もかも奪っていく。イートンでも、そして大人になった今でさえも。知っているか? わたしがあの侍従の女を捨てたのは、わたしの子供を身籠ったあとでさえ、彼女が君に好意を抱いていたからだ」




マークは顔を顰めた。


「ぼくはーー」




メアリー嬢が叫んだ。


「爆発させる気よ!背中の蒸気機関!」




マークは間髪いれずに動いた。〝蒼い男〟でバネ足に飛びかかると、背面に取りつき、〝蒼い男〟の手で背中から突き出していた箱のようなものを無理やり剥ぎ取った。ケーブルや配管が千切れ、蒸気が噴き出す。




彼は上方に放り投げた。


箱は猛烈な速度で天窓を突き破って外に飛び出し、大爆発を起こした。




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