第14話 予知令嬢とガトリング砲

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モリーは身をひるがえすと、部屋、いや工廠の隅めがけて駆け出した。




「は?」とカルロマンの声が追いかけて来た。




ガトリング砲の回転音が続く。




モリーが鉄の棚の裏に滑り込むのと、弾丸が発射されるのはほぼ同時だった。弾は積み上げられていた銅線の束に命中し、激しい火花が飛ぶ。




バネ足ジャックの身体のなかから、カルロマンがいう。


「動けば撃ちますよ」


ジャックのボディには、内部の音声を拡大して外に放つ仕組みがあるらしい。カルロマンの声は妙に大きく聞こえた。




「もう撃ってるじゃない!」モリーは手袋を外すと、左手の薬指を掌に押しつけた。一秒後の自身の姿をたしかめる。




一秒後、彼女は棚の右側から飛び出し、隣の棚の影に隠れようとした。そこに銃弾が命中する。ドレスがちぎれ飛び、身体に銃弾が侵入する。




ダメ。右はダメ。




カルロマンの声が響く。


「いまのは物の弾みというやつです」




「嘘よ!わたしを撃ち殺そうと狙いをつけてるでしょ!」




彼が笑う。


「やはり、未来が見える相手というものはやりづらいですね。この外骨格機動鎧を着て正解でした。わたしのような恩寵のない人間が生身であなたと渡り合おうとしても、逆にやられてしまうのがオチでしょう」




「機動鎧? そのバネ足のこと?」




「ええ、傑作でしょう? 科学の力があれば、わたしのような〝恩寵ナシ〟でも、恩寵者たちと互角に渡り合うことができるのです」




モリーが棚の隙間から覗くと、カルロマンが、バネ足の両手を大きく広げていた。




「この類稀なる知能こそ、神がわたしに与えし恩寵です。しかし、残念なことに、我が国では超常的な力でない限り恩寵とは見なされない。ある意味、わたしとあなたはお仲間といえるでしょう。ともに偉大な力を宿しながら、正当に評価されることは決してない。いえ、わたしはまだましかもしれませんね。少なくとも、一部にはこの頭脳を評価してくれる方もおりますから」




モリーは棚の隙間から声を張り上げた。


「あなたは予知を偉大な力だというの? 呪われた力ではなくて?」




訳がわからない。バネ足は神聖教団など、予知能力者を排除しようとする超保守団体の一員かと思っていたのに。




カルロマンがバネ足の頭部を頷かせる。


「偉大ですよ。科学の徒にとって、未来の知恵を知ることができる能力のは、この世のなにより羨ましい力でしょう。仮にわたしに予知が宿っていれば、どれほどこの世に貢献できることか」と、カルロマン。




「なら、あなたの代わりにわたしが見てさしあげますわ」




カルロマンが、バネ足の足音を響かせながらゆっくりとモリーの隠れている棚に近づいてくる。




「残念ながら、そうもいかないのです。あなたたち予知の恩寵者はこの世に存在してはなりませんから」




モリーは指を再度、掌に押しつけた。未来の彼女が棚の左から飛び出し、あっという間に銃弾を食らった。




「どうして? なぜあなたは、予知を忌避していないのに、予知能力者を殺すの?」




彼女は指を押しつけた続けた。


ふだんは決して行わない行為だ。恩寵はわずかに触れただけで、かなりの情報を瞬時に脳内にもたらす。発動し続けると、脳が著しく疲弊する。が、そんなことを心配している場合ではない。




予知の力が続け様に発動し、無数のビジョンが流れ込んできた。




棚の上に這い上がり、足を滑らせて落下する。




両手を上げ、「降参するわ!」といいながら棚から出て射殺される。




「じつは予知以外の能力を持っていて、いまからそれを発動する」とはったりをかますも、意にかいされず、つっこんできたカルロマンに棚ごと押し潰される。




彼がいう。


「我が国の未来のためです。我が国の終わりなき繁栄のためには、あなたたち予知者が邪魔なのです」




「繁栄? 十年後もロイグリアは繁栄しているわ!」




予知で見たのだから間違いない。彼女はペンドラゴン卿と共に豪奢な夕食の席についていた。国が繁栄していなければ、あれほどの晩餐は不可能だ。




カルロマンがひとりごちた。


「なるほど、あなたは近未来だけでなく、遠未来もみえるのですね。予知者として超一流です。十年後も帝国は唖然繁栄している。すばらしいことです。しかし、それでもあなたはこの世にいてはならないのです」




「なぜ!?」




モリーは叫びながら、銅線が巻き付けられた木のドラムを棚の右から転がした。一拍おいて自分は左から飛び出す。




立て続けに銃撃音が響き、銅線の車輪がバラバラに吹き飛んだ。




彼女は隣の棚の影に飛び込んだ。




こちらの棚には、薬品や燃料の類が並んでいた。彼女は再び多様な未来を確認すると、くすんだ灰色の瓶と茶色の瓶を掴んだ。一瞬だけ棚の影から身を乗り出し、カルロマンに投げつける。




ガトリング砲の乱撃が二つの瓶を粉々に砕き、中身が床の上で混ざり合った。




途端にもうもうと煙が立ち上る。


テレフタル酸と白リンの化学反応だ。


煙はあっという間に膨張し、室内を満たしていく。




モリーは次々に瓶を投げつけた。


予知で見た通りのフォームで投げた完璧な投擲により、瓶はどれも見事にバネ足の足元で砕け、中身のテレピン油がくるぶしから下を濡らした。途端に、バネ足がバランスを崩し、大音響を立てて転倒した。




モリーは棚の陰から飛び出すと、一目散に倉庫の隅に見えていた搬入用の大型扉に向かって駆けた。




左手の薬指は手のひらに押しつけっぱなしだ。




右に左にステップを踏むと、今先ほどまで彼女がいた空間を弾丸が切り裂いた。




さあ、次はどっちに飛べばいいの!?




彼女はさらに集中して未来を覗き、絶望した。




前後左右どこに動いても弾丸が命中する!




だからといって、生を諦めるわけにはいかない。一分一秒でも行きながらえれば、それだけ未来が分岐する可能性は増える。




彼女はその場にばたりと倒れた。


死んだふりだ。




一秒、二秒、三秒、カルロマンは彼女の行動に戸惑ったのか、弾丸を打ち込んでこない。そして、四秒後、いきなりあり得ないビジョンが現れた。




彼女は目をむいた。そんなことってありえる? 


とても現実に起こりうることとは思えない。




「さようなら、メアリーさん」カルロマンの声と共に、倉庫の天井が崩れ、何かが飛び降りてきた。




その何かは、モリーの眼前に着地し、飛来した銃弾を受け止めた。蒼い巨体が神々しく光を放っている。




「さて、どういう状況なのか説明してもらえるかな?」




〝蒼い男〟に身を包んだペンドラゴン卿がいった。


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