第8話 公爵、徹夜する

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モリーが窓ガラスを震わせる夜風に怯えていたとき、マーク・ペンドラゴンはその窓が見える街灯の陰で、身を小さくしていた。




四月とはいえ、夜はまだ冷える。〝蒼い男〟をまとって冷気を遮りたかったが、光体は暗がりでとみに目立つ。メアリー嬢に見つかることを考えると、寒さに耐える方がマシに思われた。




まったく、なんでぼくはこんな真似をしているんだ? 




マークはコートの襟を立てながら考えた。




路地でのメアリー嬢との一悶着がなければ、彼女を護衛するにしても、こんな寒々しい外ではなく、モントゴメリー家の暖炉であたたまりながら、ブランデー片手にのんびりやれたろうに。案外、メアリー嬢との会話も楽しめたかもしれない。彼女は忌むべき予知者の一人ではあるが、美しく、己というものを持っている。彼の歓心を買うことばかりに熱心な御令嬢たちと違い、対等の話ができたろう。




いや、それはないか。彼は首を横に振った。あの母親が首を突っ込んでくるに決まっている。




と、そのとき、何者かの影が通りの角から現れた。


近隣の住民だろうか。


マークは見咎められないよう大きな身体を縮こめた。


通報でもされれば、ややこしいことになる。




ところが、人影はまっすぐにマークの元へやってきた。




「こんなところで何をなさっているのですか?」




街灯のぼんやりした光が、彼の従者、シシリアン・レノックスの銀縁メガネに反射した。




「市民の警護だ」と、マーク。




「能力犯罪捜査局の局長がじきじきにですか?」




「相手はバネ足だ。警察や一般局員では太刀打ちできない」




「そのバネ足が現れました。レリング街です。多数の市民が屋根を踏みしだいて移動するやつを目にしました。周辺一帯はたいへんな騒ぎになっています」




「知ってるよ。奴はメアリー嬢を狙い、ぼくが交戦した」




シシリアンが目を細めた。




「なんですって? 一戦交えた?」




「ああ、エジンバラで警官隊が蹴散らされたのも納得の巨体だったよ」




シシリアンが彼の頬を指した。




「堅牢で知られる〝蒼い男〟を貫き、あなたの生身を負傷させるとは。相当の恩寵者ですね」




「これはーー」




マークは自分の顎をなでた。メアリー嬢に喰らったところが、アザになっているらしい。しかし、女性にやられたとは口が裂けてもいえない。




シシリアンが中指で眼鏡のズレを直した。


「で、メアリー嬢はやはり予知の恩寵持ちだったのですか?」




「ああ。たいした精度だったよ。バネ足の乱撃を見事にかわして見せた。もっとも、あのままかわし切れるとは思えなかったが」




「なるほど、貴方が付いていて幸いでしたね。ただ、今後、誰かに張り付くときは一言ご相談ください。バネ足の出現を受け、二時間前に警察と近衛軍から協力要請が出ています。合同捜査を行いたいそうです」




「二時間前?」




「もっと早くにお伝えしたかったのですが、あなたの所在が掴めなかったのです。情報屋たちを総動員しても、これが精一杯だったのです。さ、メアリー嬢のことは、わたくしと局員たちがお守りしますので本部にお戻りください」




シシリアンはマークの従者であると同時に、彼の遠縁であり、また能力犯罪捜査局のナンバーツーでもある。能力は〝青い手〟。マークの〝蒼い男〟の手に似た光体の手を出せる。




マークはうつむいた。




「いや、合同捜査の調整は君に任せる」




「朝までここでメアリー嬢を守ると?」




「君や局員を信用しないわけじゃない。日が昇ったあとは君たちに任せる」




「いやはや、ずいぶん気に入ったものですね」




「違う!力ある者の義務として警護するんだ。誰が好んであんな女のために徹夜までするものか」




シシリアンが、からかうようにまじめ腐った顔を作った。


「じつにご立派な心がけです」




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