第4話 用向きはデザートの前に
シャノの記憶にないくらい幼い頃に亡くなった母を欠いているものの、一家は穏やかにディナーを腹に納めて行く。残すはデザートという段で、クロスリードが本題に入った。
「今日集まって貰ったのは他でもない。私が父上の跡継ぎとして陛下に認められた、その祝いだ」
「えっ」
「予定調和と言えばそれまでだが、一つの区切りとしてな」
お祝いの席にしては食卓が普段通り過ぎて逆に吃驚した。
とりあえずおめでとうと祝意を伝え、シャノは父クロノアの顔を窺う。しかし謹厳実直を絵に描いたような、厳めしい面立ちからは何も読み取れない。
陛下が臣下の跡継ぎを認めようなんてわざわざするものか。政治色が強いパフォーマンスだ。いやその場ではありがたく頂戴するしかないにしても。
クロスリードも祝いと言いつつ報告に過ぎない口振り。大事にする気がないからこそ普段通りなのか、家にとって特段の意味はないと。
「とはいえ代替わりなどまだ先、これからやっと正式に学ばせて頂くだけだ」
そこで一息。クロスリードはグラスを置くと、ギンッと目元を険しくした。
そもそも食事前から妙に不機嫌だった事実を思い出し、シャノは反射的にひえっと縮こまる。
「ありがたくも勿体なくも、陛下直々に祝いの品を賜ってな……」
「す、凄いのよ。にー」
「来たる陛下のご即位百年、祝いの品のハードルがぶち上がっただろうが……!」
あっ……(察し)
「よってシャノ、お前異世界から珍しい品物を召喚出来るだろう? 陛下へのお祝いに相応しい、貴重で目新しいものはないか。宝飾品でも酒でも兵器でも、この際なんでもいい。あっと言わせるようなのを出せ」
「む、無茶苦茶言う……!」
ちょっと待てとクロスリードを制し、シャノはあたふた口を開く。
「あのねにー、なんでもかんでも取り寄せられるわけじゃないのよ。私が知ってて、同等の対価を用意しないといけないの。この世界の中でなら魔力だけであっちこっち動かせるけど、世界を超えての転移は基本等価交換なのっ」
「へえ。シャノでも異世界からの転移は、やっぱ代償を伴うんだなぁ」
「ふん、等価で済むなら安いくらいだ。下手に悪知恵の働く奴に備わらなくて幸いだったな。シャノなら悪用する知恵も度胸もない。これが天の配剤か」
「ちゃんとお支払いしてるって事実だけでボロクソ言われるのなぁに……?」
そう、シャノの部屋に散らかった漫画やお菓子も、入手する際シャノの金銭や物品が何かしら消費されているのだ。
異世界からのお取り寄せが出来るようになったばかりの頃。シャノが法則を完全に把握しておらず金銭が足りなかった為に、一番気に入っていた可愛い靴が対価として時空の闇に消えた。あの時はだいぶ泣いた。
痛みを伴う教訓から、シャノは必ず対価を用意してお取り寄せするようになった。そもそも価値の分からない品は怖いので異世界召喚しない。
「知らないものは取り寄せようとしても失敗するの。出来ても価値が分からないと何を持ってかれるか怖いのよ。だからね、他の家がどんなのを贈るのかの目録と、お金いっぱい欲しいのよ。余所と被らない方がいいんでしょ?」
「当然だな、用意しておく。だが自分の能力の底をべらべらと喋るな馬鹿者」
「今後の課題として検討致しますぅ。あと、お小遣いちょうだい」
これは立派なお仕事であるからして、当然報酬があって然るべきだろう。
掌を向けて堂々と金をせびる妹に、クロスリードは鷹揚に頷いて応えた。
「館に届けさせておく」
「やったー」
これで心置きなく寝れるぞ、とデザートの果物をぱくつきシャノは満面の笑みを浮かべた。能天気な末娘の様子をひたと見据え、初めてクロノアが口を開く。
「シャノ、転移に磨きをかけたのだな。他には何か、そうだな……魔法に限らずともよい、習得出来ておるのか?」
「うぐっ……えーと、魔法は何もないです。珈琲豆をブレンドして美味しい組み合わせを研究したりはしましたね」
取り寄せるまま好き放題混ぜて淹れて……を繰り返した結果、やっぱ市販品そのままが一番美味しいですよねというオチが付いた。
無駄ではない、既に最適解は存在していた事実を改めて再確認しただけだ。温故知新的な、そんないい感じのまとめ方が出来るはずだ。多分。
「コーヒー?」
「飲み物なのよ。炒った豆を煮出して飲む、苦いの。ミルクとお砂糖で美味しい。古くは薬効を期待して飲まれてたもの。今は眠気覚ましが一般的」
「それはお前が昔言っていた、前世の世界での一般なのだろう?」
「そうそう。よく覚えてるね、にー」
シャノの姿に息を吐いてクロノアは顎に手をやった。
「ふむ、やはり特化型は他の魔法を習得出来ぬのか……」
転移特化型の魔族個体である末の娘はとびきりの変わり種だ。
幼い頃、自分には前世の記憶があるのだと言い、事実この世界ではお目にかかれない代物をあれこれ転移で呼び寄せてみせた。
当時はすぐに魔力切れを起こし、そうそう気安くは使えていなかったが。
しかしどうしたことか、シャノは魔族なら労せず身に付けられる初歩の魔法をいつまで経っても全く習得出来ない。
代わりにクロノアも真似出来ない、異世界からの物品召喚を幼くしてやってのけたのだ。
魔族には稀にこういう者が現れる。一つの能力の極致に至るが、それ以外をまるきりこなせない偏向性……ないし、純粋な特性を得て生まれ落ちる者が。
加えて前世の記憶がありますとは。せめて野心や知性に溢れ、それらを武器にのし上がってくれるならともかく、シャノはあの通りの性格だ。
クロノアは娘を表舞台に立たせない方がいいと、幼い内は人知れず囲っておくことにした。
この世界、転移を封じる手段はとうに確立している。転移持ちであれ誘拐しようと思えば出来てしまうのだ。事実幼少期にシャノは幾日も行方知れずになったことがある。
抗う術のない娘をわざわざ危険に晒すより、日陰で安全な暮らしをさせようと決めたのも当然の親心だろう。
無事成人として扱われる年頃になってからは、とりあえず生活に困らない程度の環境を用立ててやった。
嫁がせる気がなくとも何があるか分からない世の中だ。社会の枠組みに組み込まれているかいないかは、窮地に瀕して大きく作用するだろう。
……本人のやる気のあるなしは横に置くとして。
転移は言うまでもなく戦略級の魔法。転移に限らず悪用しようと思えばいくらでも悪用出来る能力が多いのも、時空属性魔法の特徴だ。
だからこそ属性を授かる可能性の高い、代々優秀な時空属性持ちを輩出するオ・クロック家は高い地位を得ているし、地位に見合う責任を果たす義務がある。
だがシャノは恐らく地位を守ることも、責務に潰されずに立つことも覚束ないだろう。それ以前に自衛さえ儘ならない──
クロノアは末娘をそのように評価し、理解していた。奇しくも本人の自堕落引き籠り気質と噛み合い、誰も不幸になっていない為、クロノアの読みは正しく働いたのだ。
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