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冤罪騒動の一件以降、俺は時間さえあれば門倉のいる文学部棟に足を運ぶようになっていた。
退学の危機から救ってもらった義理返し、と言われてしまえばそれまでだが、門倉と話すのが普通に楽しかったというほうが、理由としてはずっと正しく適切だ。それに、そう言ったほうが友情エピソードらしくて素敵だろう。
「はあ、サークル。神尾くんが?」
その日、例の「憩いの場」──屋外ベンチで、俺と門倉は遅めの昼食を取っていた。五月の日差しはさっぱりしていて気持ちがいい。
「神尾くんが、じゃない。お前も一緒にやるんだよ。……あ、そういや聞いてなかったけど、門倉ってスポーツとかすんの?」
「しないが……」
「まあ、だよなー。お前が走ってるとこって、なんか想像できないわ」
コンビニで買ったチキンカツサンドを頬張りながら、門倉はきょとんと目を丸くする。
「じゃあさ、卓球とかどう?」
「……話がよく見えないんだが、もしかして今、一緒に運動系サークルに入ろうというお誘いを受けているのかな。わたしは」
「お誘いを受けてるんだよ、お前は」
それにしても、門倉が口にする「サークル」という言葉はまるで、どこか遠い異国の地名を口ずさんでいるようだった。教科書に書かれた言葉をそのまま読み上げているような、そういう非現実的な響きを内包していた。
変わり者と名高い門倉朱雀とはいえ、あまり人間味に欠けてもらっては困る。
こいつのこういうところが、俺からしたらたまらないのだ。門倉と人間社会の隔絶を否応なしに突き付けられているようで、無理やりにでも何とかしてやりたくなる。
「どうして、こんな時期にサークルなんか……。四月いっぱいで募集を締め切っているところも多いだろう。新歓期も過ぎているし」
「あ、お前もそういう事情は一応知ってるんだな」
「え? 今、馬鹿にされた……?」
俺はこの男に、普通の大学生活を謳歌してほしい。順当に真っ当に。
門倉が俺の日常を取り戻してくれたように、俺だってこいつに平穏を与えたかった。
そこで目を付けたのが、大学生活の醍醐味ともいえるサークル活動である。
浮世離れが著しい門倉だって、しかるべき環境に身を置いて、しかるべき仲間と目標ができれば、きっと今より社会に溶け込めるはずなのだ。
……いや、溶け込む必要はあるのか? それが果たして門倉のためになる? 別にこのままでもいいじゃないか、と思う自分もいる。そのへんのことが、俺にはよく分からなくなっていた。
「でも俺さ、お前と何か一緒にやれたら絶対楽しいだろうなって思うんだよ。これはガチで、マジで!」
そうだ。動機ということならこれだけで十分だろう。友達と同じサークルに入るのに、これ以上の理由は他にない。俺は門倉と、楽しいことがしたい。
「だから一緒に入ろうぜ。サークル!」
これからは昼飯を一緒に食うだけじゃない。サークル帰りにファミレスに寄ったり、同じ話題で盛り上がったり、青春ドラマみたいなあれこれが俺たちを待っているのだ。そんなことを想像するだけで、胸が躍った。
けれど俺の熱意と期待に反し、門倉の返事は非常にそっけないものだった。
いつの間にかサンドイッチを食べ終わっていたようで、門倉はスラックスに落ちたパン屑を払いながら答える。
「無理だ」
「え」
「悪いが、君の気持ちだけ受け取っておくよ」
「俺だって、気持ちだけ渡すつもりはねえけど」
「……あのね、神尾くん。わたしを見ていれば分かるだろう。こんなに集団活動に向いてない人間、他にいないよ」
「そういうこと、自分で言って悲しくならねえの」
「ならないね。それを恥ずかしいと思ったこともない」
「……」
これはこの一週間で学んだことだが、こういうときの門倉は異様に頑固だった。きっと
だがここで引き下がってやるつもりは俺にも毛頭ない。これは門倉に、健康で文化的な生活を送ってもらう絶好のチャンスだった。
「……そういえば、門倉のコートって結構いいよな。なんか、色とか?」
「それはどうも。光栄だな」
取り澄ましたように涼しい顔が、興味なさげにそっぽを向く。
「それにほら、顔も綺麗だしな」
「そんなことは三歳の頃から知ってるよ。君は空の青さにも、そうやって毎日感動するつもりか? まったく安上がりでいいな」
「お前は、たまにとんでもないことを言うな……」
「君が下手くそなご機嫌取りなんてするからさ」
いじけた子供みたいな顔をして、門倉はため息をつく。ため息をつきたいのは俺だった。
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