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俺と
正直、そんなに広くてどうするという気がしないでもない。だって、講義に遅刻しそうな時は普通に困る! 校門から学部棟まで十分もかかってどうするんだろう……。
スピーディに生きる俺たち現代っ子にとって、時間は金より重いのだ。
ところでそんな京央大学の敷地内には、学生たちがのびのびと談笑できるようにというありがたいコンセプトのもと、「
そして現在、「憩い」とも「のびのび」とも「談笑」とも相性が悪そうな門倉は、ベンチに腰かけて俺のスマートフォンを熱心に覗いていた。
ややあって、門倉が言う。
「一つ確認してもいいかい?」
「何だよ」
「この人は、
そう訊ねながらも、門倉の視線は依然として小さな画面に向けられたままだ。両手でスマートフォンを握りしめ、慎重に写真をスワイプしていく。
「知り合い……じゃないな。俺、この人と喋ったことないし。強いて言うなら、知り合いの知り合い?」
「ああ、そう……」
自分で訊いたくせに、その返事はどこか心もとない。事が事だからかもしれないが、心ここにあらずという感じだ。門倉は身動きもせず、ただただ俺のスマートフォンに入った写真を食い入るように見つめている。
それはとある女性の写真だった。「知り合いじゃない」とは言ったものの、彼女のプロフィールくらいは俺も知っている。
名前は
立花さんも京央の生徒だったようで、所属は文学部の英文科。ダーツサークル部員。趣味はコスメ集め。
友達もそこそこにいて、恋人もいて、そこそこに楽しい学生生活を謳歌していたらしい。なんでも、「就活ヤダー」がもっぱらの口癖だったとか。もし生きていれば、今年で三年生になっていた。
ところが今から三カ月前、彼女が三年生に上がる前の春休みに、立花さんは自殺した。
以上が、俺が知りうる彼女の全てである。「人って、死んだらウィキペディアの紹介文みたいになるんだね。薄っぺらくて困っちゃう」というのは、立花さんの友人の言葉だ。俺もそう思う。
何せこれらの断片的な情報が真実か──彼女の名前が、本当に立花メルかということすら──俺には確かめるすべが無い。
だが俺のスマートフォンには、わけあって彼女の写真が三十枚以上保存されていた。どれもよく撮れているな、と思う。
テーマパークで友人とはしゃいでいる写真、ファンシーな花畑を背景にした自撮り写真、よくわからない場所での自撮り写真。エトセトラ。
そして最後の十枚──心臓に包丁を突き立てて倒れている写真。
俺のスマートフォンには、立花メルの死体が保存されている。
ここで勘違いしないでいただきたいのだが、俺には死体を愛でるといった特殊な趣味はない。立花さんが亡くなってから、彼女のストーカーを始めたというのでもない。
俺がどうして立花さんの写真を手に入れることになったのか、事の発端は数週間前にさかのぼる。例の「ぼんぼん堂」万引き冤罪事件から、一週間ほど経ったある日のことだった。
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