第21話 蔵の中


 その土蔵は瓦葺き、白漆喰しっくい塗籠ぬりごめ壁。


 暦は八月十三日の迎え盆、午後の陽光は焼きつくすような烈しさを帯びている。にもかかわらず、十妙院家の庭隅にある蔵は、常と変わらず陰々たる雰囲気をかもしだしていた。

 山内くんは履物を脱いでから蔵の扉を開けて入った。蔵の床は土間ではなく板敷きになっていて、土足禁止である。


 中は、エアコンもないのに妙な冷気がただよっていた。明かり採りの格子窓すらなく真っ暗である。幸いというのだろうか。山内くんは闇を見通せるようになっており、懐中電灯の必要はかれにはなかった。……あとから来る仲間たちはそうもいかないだろうけれど。


 暗闇のなかはがらんどうになっていた。人影どころか物もない。

 誰もいないことを確かめて、山内くんは声をはりあげた。


「紺。紺っ。いまどの部屋にいるの? ちょっと戻ってきて!」


 どこかで作業しているであろう少女を呼びながら、かれは考える。


(やっぱりこの蔵、どう考えてもおかしいや)


 なにがおかしいといって――


(なんで扉が四方の壁にあるんだよ)


 外から見たとき扉は入り口一つだけなのだ。広さからいっても、三つの扉がどこかに通じているはずはない――が、


「なんだよ、山内」


 右手の扉が開き、青い炎の明かりが闇を照らす。紺が上体を戸板のすきまから出していた。ほこりで汚れた軍手をはめ、大型の懐中電灯を持っている。


「あの、手伝いに」


「いらねーと言いたいけど、そうだな……正直助かる。まだ見つけらんねーから、こっちから頼もうかと思ってたんだ。入ってこいよ」


 手招きする紺に、山内くんは「それが僕だけじゃなくて」と告げた。


「みんな押しかけてきてるんだ」


「……みんな?」


 けげんそうに紺が聞き返したとき、


「うわあ、なにこれなにこれ! 蔵のなか、前探検したときとぜんぜん違うよ!? 見て見て直文、壁に扉がついてる!」興奮の声が弾むとともに、細い光が闇を切り裂いた。「この蔵の中、前見た時は扉がない代わりにものすっごく広かったよね! バレーボールのコートくらいはあったやん!」


「……穂乃果かよ」紺がちょっと眉をしかめた。うるせーのが来たと顔に書いてある。入ってきた穂乃果がペンライトを振り回しながら元気よく言った。


「だって紺ちゃんに相談に来たら、朝から蔵にこもっとるって山内くんに聞いたもん! 水臭いやんか、探しものならあたしらも手伝えるよ!」


「それでマイタケと直文も引きずってきたってわけか?」


 穂乃果のあとから入ってきた男子二人を見て、紺がため息をついた。


「おまえらは山内ほどじゃなくても受信機能持ってるし、人手はありがたいけどな……」


 いつもの顔ぶれを見回して渋る紺に対し、マイタケがおずおず手を挙げた。


「ぼく、役に立てるのかわからないけど、できるかぎりのことはしたいよ」


 穂乃果がそれに続いた。彼女は珍しくおちゃらけた雰囲気をひっこめ、憤りを面に浮かべた。


「オニどもにお灸すえるために必要なもん探すんやろ。それやったら協力するに決まっとるもん。なあ、直文」


「ああ」


 直文がぼそりと応じた――かれの顔をのぞきこんだ穂乃果から視線を暗くそむけて。穂乃果は口を閉じて心配そうな、歯がゆそうな表情となる。山内くんは穂乃果の「相談事」がなんであったのか大体察した。


 その少年の自尊心は、アカオニに殴られて以来、まだ傷ついたままのようだった。


「……わかった、手伝うなら好きにしろよ」


 紺が態度をひるがえしてそう言ったのも、直文の様子に気づいたからであったろう。


「ただ、いいか、奥の部屋には勝手に行くなよ。みんなで固まって行動するから、『怪しいなにか』を見つけたらオレに知らせるだけでいい。地下へ降りる階段や、半分しかない日本刀といったおかしな雰囲気のモノ全般」


「地下……」


 穂乃果が首をかしげた。


「あの、紺ちゃん、前にあたしらここに忍び込んで探検したよね? そのとき地下への道なんてなかったと思うんやけど」


「あのときは隠されてた。ここはお祖母様のひきこもり場所だ。あの妖怪は自分の張った結界内……この蔵の中をあるていど自由にいじくれるんだ」


 紺がぼやいたとたん、穂乃果、直文、マイタケの三人は微妙に色めき立った。


「十妙院の大奥様!? 会えるの!?」


「会わなきゃしょーがねーかも。オレが探してる、半分になった刀は、お祖母様が持ってるのかもしんねーから。そこに行き着くまでが厄介だけどな」


 言いながら、彼女は自分が半身を出していた扉を大きく引き開けた。


「見ろよ、ほら」


 そこは暗い、板敷きの部屋だった。広さは六畳間である。

 蔵と同じように、四面の壁に扉がついていた。

 紺が、部屋を横切って向こう側の扉を開け放つ。

 隣室も、同じような四つの扉を持つ部屋になっていた。そして隣室のさらに別の扉をあけても……どこまでも、そっくり似たような空間が続いていた。


「見てのとーりだ。たまにごちゃっと物置状態になった部屋があるんだけど……そういう部屋を見つけるのが大変なんだ。しかもこの戸、どの部屋に通じるかってのが、あるていどランダム仕様になってるぽい」


「え……ええと……どういうこと?」


「見てな」


 紺は軍手を片方脱いで、ぽいと隣室の床の上に放った。

 扉を一回閉める。


 次に開けたとき、そこにあるはずの軍手は影も形もなかった。


「まあ、こんな感じで……戸を開け閉めするたびに別の部屋に切り替わっちまうんだよ」


 忌々しそうに紺は唇の両端を引き下げた。懐中電灯で奥を照らしながら息を呑んでいたマイタケがふと思いついたという顔で提案した。


「目につく範囲の戸を、片っ端からぜんぶ開けていけばいいんじゃない?」


「やったけどな……なにかが邪魔しに来る」紺は苦い口調になった。「目を離した瞬間に戸を閉められる。迷宮攻略の定番、『ひもを入り口近くにくくりつけて進む』方法を試しても、気が付くとひもが切断されちまってる。そいつのせいでめんどくせーったらねーや」


「へ、へえ……何がいるの、それ……?」


「わからない。お祖母様の式神かもしれねーけど……

 実はこの奥の部屋のどこかには、ウチの依頼者から引き取ったいわくありの品を昔から置いてる。無理に除霊することもないってんで閉じ込めておいたそうだけど……その品物に憑いてるやつがいまも歩きまわってるのかもしれない。

 だから決して一人にならないようにな」


 紺、僕は外に残ってていい? と山内くんは言いそうになった。地元三人組も引きつった表情になっている。


 が、そこでかえって気炎をあげた者がひとりいた。「じょ……上等やんか!」青ざめながらも胸前で両こぶしをぎゅっと握り、穂乃果が自分を奮い立たせる。


べっちょないどうってことないっ、やったるもん!」


「そうか。そこまで気合入ってるのは頼もしーな」


 紺はぽりぽり頭をかき、


「あ、言い忘れてたけど穂乃果。おまえのすぐそば、戸口の横に貼ってある符――」


「このお札のことやねっ!(ぺり)」


「――には絶対触るなよ、って言ってる端からなにを剥がしてんだコラぁぁ!?」


 がこん。


 からくりが切り替わるような音がして、入り口の扉が叩きつけられたかのように閉じた。蔵の中の闇が一気に濃くなる。


「あわわっ、違っ、剥がすつもりはっ」


「お、おいバカ、はやくそれ貼り直せ!」


 うろたえる穂乃果の手から隣の直文が符をつかみとろうとする。瞬間、その符はろうのようにぐにゃりとけた。

 液体となり、手をすりぬけて床にぶつかり、しぶきとなる。

 みんなと同じく呆然と視線を下げた紺が、はっと顔を上げた。


「まずい、外に出てみろっ」


 山内くんはあわてて入り口の扉を開けた。とたん、息を呑んで立ち尽くす。目に入ってきたのは庭の風景ではなかった。紺が開けていた戸の中とそっくり同じ、四つの戸を持つ暗い部屋が、そこにも続いていた。

 かすれた声でマイタケがあえいだ。


「まさか、蔵の外へ出られなくなった……?」


 沈黙が一同を覆う。


「おい穂乃果……」紺が目を細くして穂乃果をじとっとにらむ。


「ひっ」


 穂乃果は一同の視線を浴びて首をすくめた。汗をだらだら流し、青ざめた笑みを浮かべながらぐっ! と手をふたたび握る。


「べ……べっちょないっ!」


「べっちょあるわボケェ! 人の話を最後まで聞いてから動けっ」


「うう……勢い余ってつい手にとったら剥がれてもーたんよ……」


「もー、しょーがねーなぁ。こうなったら」


 紺は扉の奥を指さした。


「ここから出るためにも、どんどん奥に行くぞ。入り口消えたからにはお祖母様探しだして結界外に出してもらうか、この結界壊すしかねーもん」



   ●   ●   ●   ●   ●



 やってもーたなぁ。肩を落とした穂乃果はみんなの後ろにしょんぼり着いて行く。


 扉を開け放しながら進む紺が、一同を先導している。

 扉を開けても開けても、部屋は尽きることがなかった。闇と静寂が支配する空間を、子供たちはさまよう。十分、二十分……部屋から部屋へと横切り続ける。

 しだいに穂乃果は強い不安にとらわれはじめた。


(ほんとに、終わりがあるんやろか?)


 だがたしかに紺の言うとおり、がらんどうの部屋ばかりではなかった。まれにだが、床に怪しい道具――呪具が積み上がった部屋に行き当たるのだ。


(なんやろここ。お坊さんの杖みたいなもんいろいろ置いとる)


 穂乃果にはそれらの名称まではわからなかったが、最初に行き当たったのは密教法具の部屋だった。錫杖しゃくじょうをはじめ、独鈷どっこ・三鈷・五鈷の金剛杵こんごうしょ金剛鈴こんごうれいが雑然と放り出されている……紺が足を止めて、「使えそうなもんがないか探すぞ」と呪具の山の前にしゃがんだ。


「紺? 最初の目的を忘れるわけにいかないのはわかるけど、いまは非常時だし、先に進んだほうがいいんじゃ……」と山内くんが眉をひそめて懸念を示した。紺がそれに首を振る。


「結界壊せば出られるんだ。そのための呪具が……『中折小狐』が見つかればお祖母様のところまで行く必要もなくなる」


「中折小狐……って、半分になってる刀のことだよね? 小狐って変わった名前ついてるね」


「ああ。ちゃんと由来がある。そのむかし、平安の世に、三条小鍛冶宗近こかじむねちかという刀匠がいたんだ」


 いささか粗い手つきで呪具を選り分けながら、紺は説明しはじめた。


「そいつが時の帝から命じられて刀を打ったときのことだ。神霊が顕現して相槌をつとめ、ともに刀を鍛えたっていう。その神霊の正体は神通力のある白狐びゃっこだったとも、伏見稲荷の神だったとも――そうして出来上がったのが神刀『小狐丸』」


 語る紺の口元を見つめ、穂乃果は目をみはった。


(あ……紺ちゃん、ほんまに火吹いとる)


 唇からこぼれてなまめかしく踊る青い火の緒。それがかすかにだが彼女にも見えたのである。山内くんにはずっと見えており、直文やマイタケもたまに見るというそれを、この日穂乃果は確認したのだった。(はじめて見たー)と目を丸くしている穂乃果の凝視に気づかず、紺は話を続けている。


「で、ウチにあるぽっきり折れた刀は、小狐丸の成れの果てだって言い伝えられてる。ほんとかどーかは知らねーけど、あらゆる外法の術や怪異を断つことができるそうだ。

 この蔵がだだっ広いのは、お祖母様が作り出した結界のなかで空間がねじれてるせいだ。だから中折小狐さえあれば、いつでも結界を斬って出られる。たぶん」


「ふうん。じゃ急いでそれを探さないとね」


 マイタケが持たされていたペンライトを法具の山に当て、山内くんとともに紺を手伝い始める。直文も黙々と作業しはじめ、あわてて穂乃果も参加する。ほどなくしてひととおり検分した紺が「ハズレの部屋だ」とつぶやいた。


「この部屋にはろくなもんはない。先に進むぞ」


 その次に当たったのは修験道系の呪具の部屋だった。三鈷柄剣さんこつかけん最多角念珠いらたかねんじゅ、法螺貝に法弓……見るからに仰々しい品々であったが、紺はここでも一言で切って捨てた。


「またハズレ」


 三番目は神道系だった。霊符、人形ひとがたの紙片、割れた丸鏡に干からびた榊の小枝、麻苧あさお幣帛へいはく……しかしやはり、半分の刀など影も形もなかった。


 ランダムに空間が出現するため、何度も同じ部屋に行き当たる。めげずに闇を進み、ようやく辿り着いた四番目の呪具庫――


 穂乃果は踏み込んだとたん回れ右したくなった。


「逃げたい」山内くんがつぶやいており、全面的に彼女も賛同である。


 嫌な部屋だった。

 闇がほかの部屋より濃く、空気が重くよどんでいる。床に積み上げられたモノも、これまでとは全く趣を異にしている。下あごがえぐられたように欠けたバービー人形。信じられないほどおびただしい髪の毛が絡みついた地蔵。辻で人をむさぼり喰う鬼を描いた日本画。蜘蛛の巣のようなひびが画面に入ったブラウン管式のテレビ。猿かなにかの首のミイラ。


 どれもがおどろおどろしい、もっといえば禍々しい雰囲気を放っている。

 むっつりとそれを見据えたのち、山内くんが手を挙げた。


「紺、あのさ、力があるかないかでいったら、たぶんここにあるもの全部『ある』と思う。黒い蒸気みたいなものが立ち上ってるのが見えるよ……でも、さすがにここは手をつけず通り過ぎてもいいんじゃない?」


「いや、調べる」


 無慈悲に、紺はスルー提案を切り捨てた。


「掘り出し物がありそうなのに見逃すわきゃないだろ。なにかあったらオレが対処してやるから……なんだよおまえら」


 石のように黙りこくった子供たちを見渡して、紺は吐息した。


「わーったよ、怖いなら無理に手伝わなくていい。山内だけ残れ」


「ちょっ、なんで僕!?」


「いちばんサーチ能力高いんだから、だれか残すならおまえに決まってんだろ」


 そういうわけで山内くんひとりが紺に付き合わされることになった。他の子供たちは肩を並べて扉近くの壁ぎわにぐったり座り込み、宝探しの様子を眺める。

 しだいに穂乃果は忸怩たる思いを抱きはじめた。


(あれ……あたし休ませてもらってええんかな)


(怖いけど、やっぱり手伝ったほうがええんちゃうかな)


(だってあたしがポカやらかしてこんなとこまで来たのに、ここでなにもせえへんかったら口だけやん)


 悩んだ末、やはり手伝おうと立ち上がりかけたときだった。ぶっきらぼうな声が隣からかけられた。


「しょいこんだ顔してんじゃねえよ」


 前を見たままの直文が、しょうがなさそうに言ったのである。


「おまえの取り柄はいつもアホ元気でうるさいことだろ。それが暗い顔して静かにしてたら、周りまで余計暗くなっちまう。やらかしたことなんかもう誰も気にしてないから、脳天気にかまえてろよ」


 あまりの言い草に穂乃果は憤慨した。


「そ、そっちこそアホや。ずっと思いつめた顔しとったのは直文やんか」


「……まあな」


 それきり直文が黙りこくったので、穂乃果は気を揉んだ。なにか言おうとする――心臓がはねて声がでなくなった。

 直文とのあいだの床についていた手に、手のひらを重ねられたのである。


(え。直文?)


 手の甲を包み込むようにきゅっと握られて混乱が加速する。顔が熱くなる。


(なんやこれ。どういうこと)


 幼いころならかれと手をつなぐくらいよくあったが、今やられるとどう反応していいのかわからない。どきどきしつつ無言でいると、直文がぽつぽつ語った。


「俺、ものすごく自分が情けなかったんだよ」


「そ、そうなん、や」


「アカオニに食ってかかったけど、腹殴られて黙らされちゃったし」直文がうなだれる。「それでオニどもに復讐してやるって思って、キレてアオオニに突っかかったのに。俺は、アオオニが鼠の頭を食いちぎったときにびびって止まっちまった。山内が川に落とされるのを止められなかった。ここ数日、『俺なんにもできてない、かっこわりい』って心底恥ずかしくて……」


 慙愧が再燃したのか、徐々にかれの声が小さくなっていく。

 穂乃果はうつむいて聞いていた。かれが打ち明け終えたときに、彼女は思い切って手を自分からも握った。


 ささやかな冒険。


「あんな……直文が何もしてないなんて、そんなことあらへん」


 蚊の鳴くような声で言う。


「直文が最初に怒ってくれたのって、あたしのビー玉をアカオニが盗ってたからやろ? それみんなに聞いて……あたし、うれしかったもん」


 ちょっと幸せになったもん。熱と勇気を込めてそう伝える。う、と直文が身をこわばらせた。


「いや、それはな……ええと……」穂乃果の顔を見つめ、恥ずかしさに弱った声をかれはあげた。「いや、でもやっぱり情けねえって俺。結局ビー玉取り戻したのは紺だし、アカオニは気づけば山内がひとりで叩きのめしちまったし……仕返しも自分でできてない」


「そんなん、どうでもええ。真っ先に声上げてくれたんやもん、それだけであたしには直文じゅうぶんかっこいい」


 穂乃果は柔らかく言って、つないだ手をぎゅっと握った。その少しひんやりした手も、同じだけの力で彼女の手を握り返してくる。


 もう少しだけこのままでいよう。それからふたりで紺ちゃんたちを手伝いに行こう。ふわふわした気分で穂乃果はそう思う。直文の向こうでは、マイタケがわざとらしく手団扇うちわで顔を扇いでいるが気にしない。


「ふたりとも元気になろ。な」


「お、おう」


 照れた表情で、直文が両腕・・でひざを抱えた。

 ……ん? 穂乃果は首をかしげる。


 手。つないだままだ。


 見下ろした。

 別人の手だった。背後の扉が薄く開き、青白い腕が一本、隙間からはみ出てきていた。それはつかんだ穂乃果の手を、くいと後ろに引いた。同時に部屋のなかで、子供たちのだれのものでもない声がした。


 〈アソボ〉


 盛大な悲鳴を響き渡らせ、穂乃果は手をふりほどいた。度肝を抜かれた表情の直文やマイタケも見つめるなか、腕はするすると引っ込んでいった。扉が完全に閉まる。

 紺が歩み寄ってくる。


「大丈夫か。なにかうろついてるって警告しただろ。しっかし、見鬼じゃないおまえらにも見えるって相当元気なやつだな。……あ、これ」


 紺はしゃがみこんで、床から黒い長方形の物体を拾い上げた。


「あー、さっき声あげたのはこれかぁ。でかした穂乃果、おまえがちょっかい出されたおかげでひとついいもの見つけたかも」


「ひ、え、何、」


 恐怖に歯を鳴らしながら床から見上げると、紺の手にあるのはスマートフォンだった。


「電源は……もちろん入ってねーか。


 ええと、これは春頃『ときおり変な声が混じる』ってことでうちに持ち込まれたスマートフォンだ。近くにいる霊の声を拾っちまうんだ、たしか」


 紺以外の全員が気持ち悪そうにその携帯電話を見つめる。「なにか聞こえっかな」と紺はそれを耳に当てた。


「もしもーし」


「や、やめなよ紺……」山内くんが気弱に制止しようとしたが、


『いつまで迷っているんだね、紺』


 しゃがれた女の声がスマートフォンからとつぜん流れだした。「え」紺の表情に驚愕がはりつき、そして、


「お祖母様?」


 一同が申し合わせたように静まり返り、耳をすませる。十妙院家の隠居の声はぼそぼそと響き、そのつど紺が「うん。え、うん」こくこくうなずいた。「山内? いるけど……」紺は山内くんにちらりと視線を投げ、


「え。こいつひとりだけに会うの?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る