第9話 こっくりさん〈2 くちなわ様〉
室内の少女たちがぎょっとしてかれを見た。指を十円玉に置こうとしていたふたりのうちの片方、気の強そうな少女が声をとがらせた。
「だめって、なにが?」
山内くんは青ざめながらも首を振った。止めなければならないという気がしたのである。
「あの……君たちは、やらないほうがいいんじゃ、ないかな……」
それに対し、気の強そうな少女は不快げに言った。「なんなの、あんた? 口出さないでくれる」しかしそのとげのある言葉には、少なからずひるみが混じっているように聞こえた。
援護は横からだった。山内くんと少女たちを交互にしげしげと見ていた紺が、「なるほど」つぶやいたのちはっきり言った。
「絵美、アッコ。こいつの言うとおりだ。おまえらは盤に触っちゃだめだ」
「はあ!? 意味わかんないんだけど!」
「おまえら、こっくりさんに何聞くつもりだよ? 先に話せ」
「……なんであんたに言わなきゃなんないのよ、そんなこと」
「絵美」紺の声は厳しくなっていた。「それをオレに聞かせるのが代価だろ」
絵美は眉をつりあげてなにかを言おうとした――その袖を、アッコと呼ばれたお下げ髪の少女がつかんで止めた。
「絵美ちゃん。いいよ、わたし話すから」
「アッコ……」
「紺ちゃん、わたし、こっくりさんに探してもらいたいの。三年前に行方不明になったお姉ちゃんを」
――紺が絶句するのを山内くんは見た。アッコはさらに言いつのった。
「おねがい、紺ちゃん……そうでないと、お父さんもお母さんも安心してくれないの。
お姉ちゃんが死んでいてもいいの。ううん、きっと死んでる、それはみんなわかってるの。それでもはっきりさせたいの、どうしても!」
先ほどまで山内くんがアッコに抱いていた印象は、「おとなしくて影が薄い女子」だった。しかしいま、彼女の瞳には悲痛な激情が宿っていた。
何も言えなくなっている紺に対し、アッコの肩を抱いた絵美が強い調子の声を浴びせた。
「紺、アッコのお母さんはいまちょっと心がキツい状態なの。一昨日、町内でおかしな死体が見つかったそうじゃない? あれのせいですっかり限界なんだって」
(黒い蝉……林のなかの焼死体だ)山内くんは気づいた。
あの出来事がいまここで、思わぬ余波を見せているようだった。
「お母さんがこの町にいたくないと訴えてるから、このままだとアッコは二学期になる前に引っ越しちゃうかもしんないの」絵美の声は責めるように高まっていった。「紺、あんたの家が役に立たないから悪いんだよ。この子のお姉ちゃんがいなくなって数年、アッコのお家は何度も十妙院の家に……あんたのところに捜索を頼んだそうじゃない。それなのに、ご自慢の占いはなんの役にも立たなかったんだってね? アッコのお姉ちゃんが見つかりさえしてれば、お母さんだって落ち着いてたかもしれなかったのに」
紺は口を引き結んで無言だった。
しばしして、彼女はようやく口を開いた。
「その件でオレたちが役立たずだったのは認めるよ。でも、こっくりさんに聞くのはだめだ。もしアッコの姉ちゃんが死んでたとしたら……死者の行方を安易に霊にたずねるのは危険なんだ。
だいたいおまえら、すでにおかしなものがくっついてるじゃないかよ。なんだよ、その細長いのは?」
絵美が鼻にしわを寄せ、動揺と敵意を増した表情になる。
「はあ? なによ、当てずっぽうを――」
「……そうだよね、ごめんね。やめとく」
さえぎるようにアッコがかぼそく言った。彼女は肩を落として部屋から出て行った。絵美があわててその後を追い、戸口でふりかえって紺をにらんだ。「大したことないのよ、あんたの家の力なんて」言い捨てるその声には、なぜか勝ち誇る響きがあった。
小走りに絵美の足音が廊下を遠ざかっていく。気まずい沈黙が残された一同の上を覆った。
だれかが小声でつぶやいた。
「……アッコの家って、お姉ちゃんが三年前の神かくしでいなくなったやん……それはみんな知ってたけど、探すのを紺ちゃんの家に頼んでたってのは知らんかった」
戸口を呆然と見ていた山内くんは、それを聞きつけてはっとする。
(テレビのニュースで聞いたことがあるような気がする)
神明郡の神かくし事件と、たしかそう呼ばれていたはずだ。いままでで二桁に達する人数が、なんの前兆もなく、消息を完全に絶っているという。
(あの事件って、明町で起きてたのか)
祭りの夜、この町は危険だと紺に言われたのは誇張ではなかったようである。
うつむいて紺がうなった。落ち込んだような、恥じるような口調で。
「そうだよ。お祖母様が
……アッコには悪いと思ってる」
彼女は、強いまなざしをぐいと上げた。
「でも、それとこれとは話が別だ。こっくりさんをあいつらにやらせるわけにはいかなかった。やっぱりあいつらの後を追って、おかしなことをしないよう釘を刺しておかなきゃ」
● ● ● ● ●
無断侵入した廃屋の土間は、さきほどまでいた公民館の物置よりもほこりっぽかった。壁に窓はなく、入り口の木戸が閉めきられているため、暗さもはるかに勝っている。
アッコ――
「いいのかな……こんなことして」
この木造の廃屋はとある農家のものである。その一家は現代風の新居をかまえてもう三十年も前に引っ越し、以来無人のここは子供たちの「秘密基地」として使用されていた。近くにほかの家はなく、ここでなにを言っても他人に聞かれるおそれはない。そのはずなのだが、アッコのしぼりだした声は細かった。
アッコはためらっていた。
「紺ちゃんは、わたしたちだけで『こっくりさん』やるのは絶対だめって……」
「紺のことなんか気にするのやめて、アッコ」友達の絵美が準備しながら言った。「最初からあたしが全部やったげるって言ってたでしょ。アッコが紺に気をつかうからしかたなくあそこに行ったけど、何様よあいつって結果になっただけじゃない」
絵美は腹立たしげに木戸にかんぬきをかけながら言った。続けて土間にあった石臼のうえに木の板をかぶせ、こっくりさんの盤を置いた。
「だいじょうぶだからまかせなさいよ。紺のやつなんかに頼らなくても、あたしがちゃんと効果高くて安全なやり方知ってるから」
よどみなくしゃべる絵美は学習かばんから、手のひらに乗るサイズのプラスチックケースを取り出した。
「見て、アッコ。ほら。普通のこっくりさんはね、霊なんてなにも関係ない暗示だったりするの。だから正しい答えが出るとはかぎらないの。でも、そこにこういうものを添えておけば」
ケースの中に入っていたのは、黒ずんだ古い縄の切れはしだった。
並みの古さではない。朽ちきって、形がすでに崩れかけている。
「これ、もとは神社の
「青丹センパイに……」
アッコはさらに動揺した。紺はまちがいなくいい顔をしないだろう。この近辺でアオオニという悪名が鳴り響いている中学生、青丹
つまり十妙院家とおなじく、この地では有名な、古くから呪術をなりわいとする家の生まれだった。
(あの人がくれたというなら……この縄は、『ホンモノ』かもしれない)
絵美はピンセットを使って、紙に描かれた鳥居のマークの上に、慎重に縄の切れ端を置いた。さらに十円玉を置いて、ささやくように言う。
「あとね、これはこっくりさんじゃないの。やり方はほとんど同じだけど、こっくりさんじゃなくて、『くちなわ様』って呼ばなきゃだめなの」
「くちなわ様……」
朽ち縄。蛇の別名ではなかっただろうか。
急にぞくりとして、アッコはやっぱりやめようと言いそうになった。
以前から絵美が紺をよく思っていないことは知っていた。今回、こうしてアッコに力添えしてくれるのも、純粋な友情というわけではなく紺への対抗意識がからんでいるはずだ。
けれど……
『もういやよ。とうとう人の死体が捨てられたんでしょう。この土地はやっぱりおかしいわよ!』
そのとき思い出したのは昨日の食卓だった。お父さんの胸を叩くお母さんの金切り声が響いていた。お父さんがお母さんの肩をつかんで言い返していた。
『いつか
『あなた、おかしくなってるわよ。そのうち依子とおなじように敦子まで消えたらどうするの。あなたがこの土地を離れないというのなら、離婚してでも敦子を連れて行きますからね』
(お姉ちゃんがいなくなってから、ふたりとも言い争いが増えちゃった。それでも最近は治まってたのに……)
アッコのふたつ上だった依子は三年前、習いごとに行った帰り道に姿を消した。その後の足取りは一切つかめていない。
非公式に神かくし事件などと呼ばれている、この近辺で起きている連続行方不明事件の一例となってしまったのである。
唇をかみしめる。
(お父さんはお姉ちゃんが帰ってくるのを待ってる。お母さんはずっとおびえ続けてる。お姉ちゃんが帰ってくれば……せめて生死と、いまどこにいるのかだけでもわかれば)
アッコは仲のよかった姉を探し出したかった。神経が追い詰められた父と母に、落ち着きを与えてやるためにも。それが悲哀に満ちた結果だったとしても、少なくとも生死もわからない宙ぶらりんの状態からは脱するのだ。
(警察も、紺ちゃんの家も頼りにならない。お父さんお母さんは十妙院家に依頼したのに、あのひとたちには見つけられなかった)
そうだ。邪魔されるいわれはない。
意を決して、アッコは十円玉に指を置いた。
嬉々として絵美がおなじようにする。
「……くちなわ様、くちなわ様。おいでください」
こっくりさんと同じ降霊の手順。違う呼び名。
「おいでになりましたら、〔ハイ〕のほうにおこしください」
しばらくは、なにも起きなかった。
一分。三分。五分。息をつめて待ちながらも、ふたりは徐々に失望が広がるのを感じている。
「もう一回呼んでみなきゃ……だめかな」
絵美がつぶやいたとき、
ぎち。
一気に体がこわばるのがわかった。じりじりと十円玉は虫が這うように進み、〔ハイ〕へとたどりついた。
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